で、只今拝読した御文はこういう事ですね。金光明経を大聖人様はお引きになられた。
ですから、大聖人様は今申しました災難興起の原理を「一国が皆正しい仏法に背く、そうすると諸天善神が去るんだ。だから災難が起こるのである」とこう仰せになっておられる。
じゃあ果たしてそういうような事を釈尊の経文にはどう解かれているのか。これを引かなければ世間の人は納得しない。
そこで、金光明経をお引きになったわけであります。
で、只今拝読の一節の前に、このような趣旨の事が経文にはあるんですね。
その元意から言いますと
「この日本国に、もし日蓮大聖人の正しい三大秘法があったとしても、国王はこれを守る心はない。民衆は捨てて顧みない。その時、諸天善神は法味に飢えてしまうのである」
と書いてある。
諸天善神の食べ物法味(いわゆる法の味ですね)、食べ物というのは人々の唱えるお題目なんですね。
「正しいお題目の声を聞かなくなると、諸天は力を失ってしまうんだ」という事が説かれている。
そして、只今の御文に入るんですね。
「世尊、我等四王並びに諸の眷属及び薬叉等、斯くの如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心無けん。
但だ我等のみ是の王を捨棄するに非ず、必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん」
「世尊」というのは釈尊の事に対しての呼びかけの言葉ですね。「仏様よ、教主釈尊よ」という意味であります。
「我等四王」というのは、諸天を代表する四大天王が釈尊にこういう事を申し上げたというんです。
「仏様よ、教主釈尊よ、我等四大天王並びに諸々の眷属は、この国に三大秘法ましますとも国主も民衆も捨ててこれを顧みないという事のその姿を見て、その国土を捨てて擁護の心がない」
どうですか、金光明経にも「諸天がその国を捨て去る」という事が文証としてはっきりとあるでしょう。これを大聖人様はお引きになった。
「但だ我等のみ是の王を捨棄するに非ず、必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん」
「四大天王だけが守護せずに捨てて去るんじゃないんだ。無量の国土を守護する諸大善神、日本の国においては天照大神・八幡大菩薩等の国土を守護する日本の国のいわゆる守護神、これらの善神もことごとく皆この国を捨て去ってしまうであろう」
「既に捨離し已りなば、其の国当に種種の災禍有りて国位を喪失すべし。
一切の人衆皆善心無く、唯繫縛・殺害・瞋諍のみ有つて互に相い讒諂し、枉げて辜無きに及ばん」
「すでに諸天がその国を捨て終わってしまうならば、その国にまさにいろんな災害があって、国主がその地位を失ってしまう。主なき国になってしまうのである。
そうすれば『一切の人衆皆善心無く』といって、人々はみんな善良な心が無くなってしまう。良い心が無くなってしまう。
そして、自分の欲望に任せ、怒りに任せ、目の前の事しか分からないその愚かしさの心に任せて悪い事をするようになる」
「唯繫縛・殺害・瞋諍のみ有つて互に相い讒諂し、枉げて辜無きに及ばん」
「人々が、監禁をしたり、殺害をしたり、そして互いにやっつけ合うんです。
でついにその結果として何の罪なき多くの人々までそれに巻き込まれて、世の中全体に悲惨な事が起きてくる」
という事をこの経文は立証しているわけであります。
で、この「一切の人衆皆善心無く」といって一切の大衆が良い心が無くなってしまうというような事、これはもう今の日本の現状そのままですね。
人ごとに貪・瞋・癡の三毒が強くなってくる。
そして、なぜこの御文が大事かといいますと「一切の人衆皆善心無く」という事がその国の亡びる前兆なんだという事なんです。
ですから、金光明経に大聖人様が引用せられた最後の所に「他方の怨賊来りてこの国を侵略すべし」という言葉をもって金光明経の一節が結ばれているんですね。
すなわち「一切の人衆皆善心無く」という事は、他国侵逼によって国が亡ぶ前兆なんだという事なのであります。
で私は思うんですね。この「一切の人衆皆善心無く」という事。
だから今国に誘拐だとか殺人だとか強盗だとか凶悪犯がはびこってきている。
『そういった事が「一切の人衆皆善心無く」という事なんだなあ』と思う。
平成24年 2月19日 浅井先生指導
- 仏法に背くゆえに起こる大罰の数々
- 諸天善神が仏法に背くゆえ去り、悪鬼が乱入するゆえ人心が荒廃
- 親殺し子殺しが頻発する末法濁悪の姿
- 原発利益共同体の狂った実態