『撰時抄』に宣給わく
天台大師云く「後五百歳遠く妙道に沾わん」と。
妙楽大師云く「末法の初め冥利無きにあらず」と。
伝教大師云く「正像稍過ぎ已って、末法太だ近きに有り」と。
乃至、天台・妙楽・伝教等は進んでは在世法華の御時にももれさせ給いぬ。
退いては、滅後末法の時にも生れさせ給わず中間なる事をなげかせ給いて、末法の始をこひさせ給う御筆なり。
乃至、道心あらん人々は此を見ききて悦ばせ給え。
正像二千年の大王よりも、後世ををもはん人々は、末法の今の民にこそあるべけれ。此を信ぜざらんや。
彼の天台の座主よりも南無妙法蓮華経と唱うる癩人とはなるべし。
本日は、あいにくの雨でありまするが、その中を一層の信心を奮い起こして参詣されました事、皆さんの信心を有難く思います。
只今拝読の『撰時抄』でありまするが、大聖人様の御年54歳の建治元年の6月の御書ですね。
この8ヶ月前には蒙古の襲来という大現証があった。その現証を背景として著わされた大事な御書であります。
この撰時(時を撰ぶ)というこの御書の題号の事でありまするが、時を撰ぶという事はどういう事か。
釈尊は、自分の滅後の時代を3つに区分して「三時」と分けておられる。
すなわち「正法千年」「像法千年」「末法万年」とこれがすなわち3つの時(三時)であります。
釈尊が亡くなった、入滅された最初の一千年を「正法一千年」という。次の一千年を「像法一千年」という。
そして、二千年を過ぎるといよいよ末法である。末法は、万年の他尽未来までも長い期間であります。
その正像末の三時の中には末法を撰取(撰び取る)。これがすなわち『撰時抄』の御意であります。
なぜ末法を撰取するか。末法は、重大な時なんですね。仏法の上から見るとこれほど重大な事はない。
なぜか、釈迦仏の仏法が滅尽してしまって功徳がなくなる。
そして、末法には人々の心が荒んで戦乱の時代になる。
戦乱がだんだん大きくなって、ついには人類が絶滅してしまうかもしれない。
そのような時は釈尊の仏法では到底救えない。
この時、釈尊よりもっと優れた大元の御本仏が出現される。
すなわち、久遠元初の自受用身が末法に出現して、三大秘法をもって日本及び全人類をお救い下さる。
その大事な仏法の大転換がこの末法なのであります。
この事をお示し下さるためにこの『撰時抄』を著わされたわけであります。