さて、だい聖人しょうにんさまほどの御徳の高い仏様ほとけさまがなぜ国中くにじゅうから憎まれてこのような迫害はくがいをお受けになられたのか。
 それは、当時邪法じゃほうをもって国中くにじゅうたぶらかしていたねんぶつしんごんぜんりつ等のあくそう達が国主こくしゅ及び民衆を煽動せんどうしてだい聖人しょうにんさまを憎ませたからこの迫害はくがいが起きたんです。
 では、なぜこれらのあくそうだい聖人しょうにん憎嫉ぞうしつ(憎み怨嫉おんしつ)したのかといえば、これらのあくそうの身に第六天だいろくてんおうはいったからですね。
 この大宇宙には本来仏法ぶっぽうを守護する諸天しょてん善神ぜんじんが存在するのと同時に、仏法ぶっぽうを破壊しようとする魔の生命活動も存在している。
 その魔の中の中心的ちゅうしんてき存在そんざい第六天だいろくてんおうというわけであります。
 この第六天だいろくてんおうの働きについてだい聖人しょうにんさまは『最蓮房さいれんぼうへん』に(これは、佐渡でおおせられたんですが)次のようにおおくだされております。

 「ほんないかんがっいちえんだいひとごとにをきらはず、いちどうててみょうほうれんきょうとなうべし」


 ゆえに、もししゅほんぶつ末法まっぽうに御出現することを知れば、第六天だいろくてんおうは多くの眷属けんぞくひきいてみずから打ち下ってねんぶつしんごんぜんりつ等の高僧達の身にはいって一国を煽動せんどうしてだい聖人しょうにん御命おんいのちを奪わんとするのです。
 かくて、だいだいだい聖人しょうにんさまがかえって国中くにじゅうから憎まれ、あっ口罵詈くめりされ、ついにはざいざいの大難をお受けになったのであります。
 このことを『せんしょう』にはこうおおせになっておられます。

 「ほんているに、だいろくてんおうしゃりてしょうじゃし、ぜんあくす、きょうに『あっる』とはれなり。
 にちれんしゃあらずといえども、だいろくてんおうらんとするに、ねてのようじんふかければけず。
 ゆえに、てんちからおよばずしておうしんはじめとしてりょうかんとうほっばらにりついてにちれんあだむなり」

とこうおおせであります。こういうことですね。
 ねんぶつしゅう法然ほうねんしんごんしゅう弘法こうぼうてんだいしゅうかくしょうとこれらの者どもはことごとく邪師となってきょうを捨てた。
 これも、第六天だいろくてんおうが彼らの身にはいったからであります。
 このように、第六天だいろくてんおうは智者といわれるような者達の身にって堕落させ、邪法じゃほうを弘めさせる力を持っているんです。
 いわんや、全人類成仏じょうぶつの大法をただ一人いちにん知り給う日蓮にちれんだい聖人しょうにんに対しててんが「何としてもだい聖人しょうにんの身にらん」とすることはからないことはありないんです。
 「何としてもだい聖人しょうにんの御身にはいりたい」これが、第六天だいろくてんおうの狙いであります。
 だが、第六天だいろくてんおうだい聖人しょうにんさまの御身にはいことはできなかった。
 それはねてのようじんふかければけず」おおせのこのゆえですね。
 法然ほうねん弘法こうぼうかくしょうは世俗の名利が強く、よくふかくく、かつ臆病おくびょうであったからてんがその身にはいったんです。
 こう前夜の今において池田大作の身にはいったのもこのゆえですよ。
 池田大作もまた世俗の名利が強く、欲深よくふかく、かつ臆病おくびょうであった。ゆえに、てんがその身にるわけであります。


令和3年 9月12日 竜の口法難御報恩勤行会 浅井先生指導