さらに、馬に乗られただい聖人しょうにんさまはまに出られた所で近くに住む条金じょうきん殿どのの元にくまおうという少年を走らせました。
 そして条殿じょうどのを召し出だされたわけであります。
 急を聞いて条殿じょうどのきょうがくしてはだしのまま駆けつけた。
 そして、馬のくつわに取りすがり、たつくちまでおんとも申し上げたんですね。
 この条殿じょうどのに対し、だい聖人しょうにんさまは馬の上から諄々じゅんじゅんおおせられた。

 「こんくびられまかるなり、ねんあいだねがいつることれなり。
 しゃ婆世ばせかいにして、きじとなりしときたかにつかまれ、ねずみとなりしときにはねこわれき。
 あるいは、に、に、かたきうしなことだい地微ちみじんよりおおし。
 ただし、法華ほけきょう御為おんためにはいちうしなことなし。
 されば、日蓮にちれん貧道ひんどうまれて父母ふもへの孝養こうようこころらず。くにおんほうずるべきちからなし。
 こんくび法華ほけきょうたてまつりてどく父母ふもこうせん、あまりはでしだんとうにはぶくべしとこうもうせしことこれなり」

おおせになったんです。こういうことですね。

 「今夜これよりくびを切られにまいる。この数年が間願っていたことはこれである。
 このしゃ婆世ばせかいにおいて、あるいはきじと生まれた時はたかにつかまれ、ねずみと生まれた時はねこに食われ、また、人に生まれた時は妻や子のために、あるいはかたきのために命をうしなことはあっても、法華経のためには一度も命を捨てたことはない。
 されば、日蓮にちれんは貧しき出家の身として父母への孝養心に足らず。国の恩を報ずる力もない。
 しかし、今度くびを法華経にたてまつってその功徳をまず父母に回向したい。
 さらに、その余りは・檀那等に分け与えるであろう」

とこうおおせになっておられるんですね。
 理不りふじん極まる死刑を前にして、何という澄み切った崇高すうこうなるお心であられるか。
 条殿じょうどのはただぼうたる涙の中にこのおおせをお聞きしたんです。
 この時条殿じょうどのはすでに心に決めていたんですね。
 「もしだい聖人しょうにんさまおんくびねられたならば、その場を去らずにい腹切ってだい聖人しょうにんさまおんとも申し上げる」とこうけつしておったんです。