映画批評なんか見ると、SPのTVファンでさえ、野望編を理解できてなくて、変だという人が多いようです。
シーンをちゃんと見ていればだいだいわかる、予備知識があればもっとわかる、という作りですから。
今回は、この予備知識を元に、ラストのテロでのSPの行動を説明してみます(笑)。
◆もろネタバレ&濃い専門知識(笑)注意!◆
・何度も襲われるのに警察の応援を呼ばないのはドラマがカッコよくなるから?
違います(笑)。
第1波の後、まず上司の尾形警部へ連絡しますが、連絡がつかない。どうするか。警備部に緊急支援部隊の出動システムでもあれば別ですが、存在しないでしょう。
北朝鮮のミサイル発射で緊急招集された閣僚の待ち伏せ。明らかに情報漏洩してます。つまり警察への通報も、テロ犯側への位置情報になり得ます。
相手に位置把握されるのは危険です。
狙撃、爆弾、火炎瓶…いくらでも方法があるし、包囲されたら防御も突破も困難。
そのため「移動」が基本的に最善策になります。
官邸までタクシーならすぐ、徒歩でもいける距離なら、移動&警備重点地域を目指す、がもっとも安全でしょう。
また、分単位なら応援は所轄の数名レベル。しかし訓練を受けたと思しきテロ犯相手では、障害になる可能性の方が高いです。
彼らの業務は一般犯罪者の検挙で、戦闘でも警護でもないからです。訓練、対処法、技術レベルがまったく違うため、不確定要素を増やすだけです。平たく言えば足手まとい。
逮捕が目的ならある程度は有効です。でもSPは要人を殺されてしまえばおしまいです。また警邏警察官は拳銃を持っています。敵がプロなら簡単に奪い武器化することが可能です。
・相手がナイフなのになぜ拳銃を抜かない?
それが日本の警察です(笑)。
どんな場合も、人への発砲は必ず問題になります。警職法上ではそんなこともないのですが、実際はそうです。そのため、発砲以外方策が皆無の場合以外、発砲は事実上禁止です(慣習として)。
SPでは、この部分を丁寧に描いています。TVでも銃を抜く前に盾になれ、と教わり、TVラストでは本当に盾になって何人も被弾します。
(防弾ベスト防護範囲でしたが(笑)。ちなみにベストに当たっても衝撃は一緒なので、失神や打撲はもちろん、肋骨骨折も起こりえます)。
警棒くらいは? これもその人次第。相手が長物(鉄パイプや日本刀)所持の場合は警棒ですが、ナイフでは微妙です。
警棒では体術の技を自ら封じる事になるから、ナイフなど基本的にリーチが素手とあまり変わらない場合は、素手での対処の方がバリエーションがある分有利です。もちろんこちらもナイフを使うのがベストですが、SP装備にはありません(笑)。
・ボウガンで狙われて、なぜ銃を抜かずに突っ込むわけ?
拳銃も、遠(中)距離では、脅威という意味では大きくありません。拳銃の実用有効射程は25m、でも実際は10m以下、が常識です。つまり、まず当たらない。
もちろん、アメリカなら間違いなくボウガン射撃直後に反撃します。本当の銃撃戦では弾幕効果があります。もしかすると当たるかもしれない反撃で、相手の攻撃・動きを制する効果です。でも、日本ではまずあり得ません。
で、井上は走ったわけです。
「ここなら間違いなく当たるぞ、わかるだろ」の位置まで突き進んで止まり(ここ大事(笑))、初めて拳銃を抜いて、ウィーバースタンスと呼ばれる射撃姿勢をとりました。
これで、この詰め将棋は井上の勝ちです。
連射できないボウガンで、至近距離で銃を持つ相手に攻撃を続けるのは自殺行為に近いです。
もちろんテロ犯が再び射撃姿勢をとれば実際井上は撃ったでしょう。撃たなければ、逆に井上が間違いなく死ぬ距離だからです。
死ぬくらいなら撃つ! という明白な射殺予告。
自分自身を撃たなきゃ死ぬ状況に追い込み、それを見せる。
テロリスト相手に唯一効果のある、究極の「撃たずに制す日本警察官」。自分の命を使った抑止戦だったわけです。
・SPの拳銃の秘密(笑)
アメリカでは、普通の刑事ですらグロック17などを装備しています。よく刑事ドラマで出てくるショルダーホルスターでは、銃の反対側に予備弾倉×2、が普通です。つまり9mmパラベラム弾17発×3=51発携行している事になります。
SPでは、警察制式採用のSIG SAUER(シグ・ザウエル or シグ・サワー)のP230JPというスイス(SAUERはドイツ)製日本向け特注モデルが使われています。
.32ACP弾8発。予備弾倉はありません。
実はこの銃自体、特殊な事情がからんだ銃です。
P230はドイツ警察向けに開発されたものです。ドイツは第二次大戦後の配慮で、世界的傾向になる軍用9mmパラベラム弾使用を避け、護身用拳銃のワルサーPPシリーズを採用していました。
P230はこの後継として開発されたのですが、結局ドイツ警察も9mmパラベラムを採用したため制式化を逃しました。
つまり、本来は護身用拳銃=隠密携行しやすい小型の拳銃(と弾)なわけです。
9mmパラベラムから見たら、その下に9mmポリス(マカロフ)、.380ACP、.32ACPとあり、3ランク下の弾薬です。この下には実質.25ACPと.22LR、.22ショートくらい。3つとも主に女性用、手のひらサイズの超小型拳銃用といっても過言ではありません。(過言か?(笑)まあざっくりな話)
制服警官の持つニューナンブM60などのリボルバーは.38スペシャルという弾。威力としては.380ACPとほぼ同等でしょうか。
威力の話は非常に難しいのですが、エネルギー比で言えば、9mmパラを3とした場合.380ACPが2、.32ACPが1、くらい差があります。
護身用拳銃は、乱暴な言い方をすれば素手より安心、が基本(笑)。プロのテロリスト=プロ兵士と戦うためにははなはだ心もとないツール、なわけです。
もちろん襲撃された時、弾幕を張るのも不可能。50発持ってればあり得ますが、8発では一時的な攻撃阻止にほとんど使い切ることになります。
普通の使い方では、とてもテロリストを無力化し要人を守る武器として不適合。さらに日本警察の慣習で使用自体が強く制限されています。
それを重々わかった上で、このドラマは描かれています。
基本的に使えない、使わせてもらえないの二重苦の拳銃には頼らない、がSPの行動原理になってきます。なぜなかなか抜かないか。抜く意味が希薄だからです。
でも、野望編では抜きます。
戦闘のプロは、まず何でも使います。ボールペン1本が攻撃ツールになります。
プロなら、道具は使い方次第。要人警護装備としてはダメダメなP230でも、使い方はあるぞ! という逆発想を見せたのがあのシーンなわけです。
SPだからこそ命を賭けて、銃を使える武器にした、もの凄いシーンなわけです。もちろん命令どおり、あくまで最後の最後まで撃たない戦法、を守りながら。
バンバン撃ちまくるジャック・バウワーが霞んでしまう(笑)、井上の拳銃使用シーン(でも撃たない!)、どう?かっこいいでしょ(笑)。
PS:
ちなみに相手がボウガンだったわけ。素人だから銃じゃなかった、わけじゃないんです。
実は軍用ボウガンってのもあり、永田町近くなだけに隠密性の高さがひとつ。また、この襲撃の本当の目的が「暗殺事件発生という事実+可能なら井上排除」であったこと。
つまり本当のターゲットは井上=SPだったから、防弾ベスト貫通可能なボウガンが武器になるわけです。細く先端が尖った、低速で突き刺さる武器を、防弾繊維は止められません。
第1波には拳銃があったのに、第3波ではボウガンだった事で、笹本は井上暗殺を察知した可能性があります。だから盾になった…ようにも見えました。井上の能力を高く評価する笹本は、あのチームでは最も勘の働くメンバーです。さて、この後どうなるか(笑)。楽しみです。
ブログネタ:道を歩いている時、鏡があったら自分チェックしちゃう? 参加中自分を映す鏡、って意外な物がありますよね(^^)。
とあるブログで、「純インド風カリーの店」という看板写真があり、純なのに風? という突っ込みがありました。
オレも確かに違和感を感じました。でも、それはオレ自身のせいみたい。
そう、それはまるで鏡。
純インド風、という言葉はおかしくないと思います。
間違っているのは、使い方じゃなく、オレの受け取り方の方じゃん、と思ったんです。
例えば和風と純和風。
和風建築=日本的なエクステリアやインテリアを持ちながら、鉄筋構造など現代技術も入ったものを含む。
純和風建築=木造で伝統の日本様式の建物。
和風料理=日本的ながら、調味料や食材に現代的な材料・アイディアを取り入れたものも含む。
純和風料理=明治以前の調味料など、伝統の食材に拘った日本料理。
という分け方があるそうです。
「~風」は、現代では「~っぽい」とイコールなイメージがありますが、本来は風俗・様式を指す言葉です。
言葉は流行、変遷無しには語れないのですが、今は特に薄っぺらい記号化傾向が強いと思います。
和風パスタ、イタリア風コロッケ、インド風サンドイッチ…こういう別の物との組み合わせで使われる場合が多いため、○○風はまがい物、というイメージが逆に定着してしまいつつあります。でも表面的な事に流されるままになれば、文化の意味さえ見失う場合があります。
例えば、「一所懸命」が今はほとんど「一生懸命」に変わってしまいました。実に残念な変遷だと思います。
言葉の意味は一所懸命の方がずっと深いのに、今では元の一所懸命を使うと「間違ってますよ」と言われかねません(笑)。
現代では、日本文化に興味を持った外国人の方が、日本文化、言語に詳しい場合も往々にしてありますよね。
さらに、「インド風カレー」ではどこまでインド様式なのか、あまりにバリエーションが多くて曖昧です。つまりカレーという食べ物、言葉に対する我々の定義も曖昧すぎるのです。
おそらくこの店の経営者は、本物のインドのカリーだ、と言いたかっただけでしょう。そしてその言葉の使い方に間違いはありません。
違和感は、相手ではなく自分の方に原因がある場合が意外と多いものです。
自分より愚かに見える誰かがいた時、それは映し鏡かもしれません。
やっぱこっちに書こう(笑)。
あれはアリなんだろうか。だんだん悩んできました(笑)。
オレには、ダイジェストに見えてしまうんです。それぞれのシーンにちゃんと意味があるのに、端折りすぎてて伝わらないだろ、って思うんだけど…今オンタイムな学生にはわかるのかなぁ。
例えば、自称ブスの恵美子と彼氏のシーン。最初の袖をつかむシーンと、教室でつかむのは意味が変わってる。言葉にできない葛藤を「わかってよ」ってすがる彼女の想いが痛いシーン…だけど、早過ぎてわかんねー(笑)。
CDネタもそう。これは絶対オチがあるなー、ってのが、クラス全員のCDが出てきて総毛立っちゃった(笑)。あれは是非とも丁寧に書いてほしかった。ある意味一番いいシーンで、そのあとに「でもコイツはギャグキャラだけどね」の脱衣所シーンが粋なオチ。でもこれも早過ぎて一連のギャグエピソードに見えてしまう。
入院中の久保と赤毛の民子のシーンは抜群に久保がカッコイイ!しかも後の作曲シーンも、一度弾いた部分を主旋律を上げてGに書き直して「前を向く」歌にしていく。久保の言葉がホントに伝わってるなぁ、って実に細やか…だけど、あれでわかるか?ふつー(笑)。
ホント、こんだけアイディアもテーマも深いのに…原作丸写しシナリオ?とか疑っちゃうワケ。
(追記:原作つきじゃなかったです。失礼)
ドラマにするには、誰かをごっそり削る必要があるんですよね、普通は。でもアレで伝わるんなら、黙って見ます(爆)。
心臓疾患はないけど、あの「不公平」はわかります。だから鉄塔好き(だからQ10が好き)の意味もわかるんだけど、そこを「でも電線あるよな」にもってく凄さには舌を巻きました。
原作知らないけど、なぜQ10なのかも匂ってきてます(笑)。アンチテーゼかなって。放置プレイみたいな位置にいる今の子どもたちと、1から学習するロボットが双曲線のように近づいていくみたいなビジョン。
現代の閉塞感すら、Q10から見ればキラキラしたモノに見えてる、それは今の彼らにとっても光なんじゃない?…そんな絵が、EDの意味なのかなって勝手に思ってます。
だとしたら、これが伝わるのなら、このドラマは傑作なのか、が、今の疑問です(笑)。
PS:
屋上のシーンなんて…意味がわからなかった(笑)。
これはちゃんと見てないせいかな?なんであそこでSPの予知シーンみたいになるのか(笑)、なぜ富士野が妄想で出てくるのか不明です。結局落ちるんだから、妄想→結果変更、じゃないでしょ?「誰も信じないようにしてやる」という富士野の脅迫もオチがなかったし。原作ではある、っつーんならちとヒドイ。
もし、富士野の存在感を上げる伏線だけなら、丸々ムダ…。
あれはアリなんだろうか。だんだん悩んできました(笑)。
オレには、ダイジェストに見えてしまうんです。それぞれのシーンにちゃんと意味があるのに、端折りすぎてて伝わらないだろ、って思うんだけど…今オンタイムな学生にはわかるのかなぁ。
例えば、自称ブスの恵美子と彼氏のシーン。最初の袖をつかむシーンと、教室でつかむのは意味が変わってる。言葉にできない葛藤を「わかってよ」ってすがる彼女の想いが痛いシーン…だけど、早過ぎてわかんねー(笑)。
CDネタもそう。これは絶対オチがあるなー、ってのが、クラス全員のCDが出てきて総毛立っちゃった(笑)。あれは是非とも丁寧に書いてほしかった。ある意味一番いいシーンで、そのあとに「でもコイツはギャグキャラだけどね」の脱衣所シーンが粋なオチ。でもこれも早過ぎて一連のギャグエピソードに見えてしまう。
入院中の久保と赤毛の民子のシーンは抜群に久保がカッコイイ!しかも後の作曲シーンも、一度弾いた部分を主旋律を上げてGに書き直して「前を向く」歌にしていく。久保の言葉がホントに伝わってるなぁ、って実に細やか…だけど、あれでわかるか?ふつー(笑)。
ホント、こんだけアイディアもテーマも深いのに…原作丸写しシナリオ?とか疑っちゃうワケ。
(追記:原作つきじゃなかったです。失礼)
ドラマにするには、誰かをごっそり削る必要があるんですよね、普通は。でもアレで伝わるんなら、黙って見ます(爆)。
心臓疾患はないけど、あの「不公平」はわかります。だから鉄塔好き(だからQ10が好き)の意味もわかるんだけど、そこを「でも電線あるよな」にもってく凄さには舌を巻きました。
原作知らないけど、なぜQ10なのかも匂ってきてます(笑)。アンチテーゼかなって。放置プレイみたいな位置にいる今の子どもたちと、1から学習するロボットが双曲線のように近づいていくみたいなビジョン。
現代の閉塞感すら、Q10から見ればキラキラしたモノに見えてる、それは今の彼らにとっても光なんじゃない?…そんな絵が、EDの意味なのかなって勝手に思ってます。
だとしたら、これが伝わるのなら、このドラマは傑作なのか、が、今の疑問です(笑)。
PS:
屋上のシーンなんて…意味がわからなかった(笑)。
これはちゃんと見てないせいかな?なんであそこでSPの予知シーンみたいになるのか(笑)、なぜ富士野が妄想で出てくるのか不明です。結局落ちるんだから、妄想→結果変更、じゃないでしょ?「誰も信じないようにしてやる」という富士野の脅迫もオチがなかったし。原作ではある、っつーんならちとヒドイ。
もし、富士野の存在感を上げる伏線だけなら、丸々ムダ…。