荒川区の吉村昭記念文学館、そして文京区の森鴎外記念館。

久々に二つの館を訪れ、展示を見終えた後、私の中に

残ったのは、「寡黙」という静謐で重厚な余韻だった。

 

学生時代に文学好きな友人とよく通った鴎外記念館の

建物は、古びた公民館のような佇まいから、現代建築風の

立派なものに一新されていた。

 

しかし、そこで触れた資料の核心は変わらない。

鴎外は軍の仕事、さらに翻訳や評論といった多忙な

仕事に追われながらも、実際には

 

「もっと創作の時間を求めていた」

 

という。

 

展示資料に見る軍人としての「公」の姿と、娘の体調を

案じる葉書に見る「私」の愛情とを厳格に分け隔てて

いた姿勢は、彼の文学の「堅さ」を支える揺るぎない

土台となっていたように感じられる。

この「寡黙」は、展示された原稿がそうさせるのだろう。

鴎外と吉村昭、二人の文学の根底にあるのは、感情を

排した静かで客観的な描写という共通の姿勢だ。

感情的な誘導がないからこそ、読者は、目の前の

事実や倫理的な問いの重さと、自らの理性で向き合うことになる。

 

私は当然ながら、このような硬質な文章を書くことは

できないが、そこに文学に対する作家の誠実さを感じる。

その誠実さこそが、読後の「面白かったなぁ」という

消費的な感動ではなく、「しばし沈黙の余韻に浸る」という

深い内省の時間をもたらす構造なのだろう。

 

対照的に、読後に清々しい高揚感や明るい希望を感じる

作品といえば、私にはまず夏目漱石の『三四郎』が思い浮かぶ。

主人公が最後の場面で「ストレイシープ(迷える子羊)」

とつぶやく結末は、青春のほろ苦い曖昧さを、心地よい

諦念とともに受け入れる見事なエンディングだ。

 

しかし、漱石も常に清々しく終わるわけではない。

前期三部作の続編である『それから』『門』から、

それは始まる(後期作品はどれもが厳しい)。

私が初めて『門』を読んだ時、ラストで主人公の妻が

春の訪れを喜んで語り始めると、主人公が

 

「またじきに冬になるよ」

 

と、その「全否定」の言葉にがっかりしたのを覚えている。

逃げ場がなく、読後はこちらも「沈黙」となる。

だが、この沈黙は、鴎外や吉村昭がもたらす

「普遍的な運命や倫理の重さ」による沈黙とは質が異なる。

『門』の沈黙は、主人公の個人的な苦悩と罪からの閉塞感が

循環することによる、より暗く、救いのないものだ。

 

それにしても衝撃的だったのは、吉村昭記念文学館で見た、

吉村の小学六年生時の文集である。

「楽しかった」「**君とお弁当を食べた」といった遠足の

生活記録とは異なり、吉村少年は芦ノ湖について、

詩的で内省的な視点から描写していた。

そこには個人的な感情はなく、その硬質な客観性は、

後の非凡な作家の才能が、すでにこの頃に「出来上がっていた」

ことを示唆している。

 

こうした作家の初期資料に触れると、彼らがどのようにして

その作風を確立していったのか、また、それは

いつ頃完成したのか──その過程が見えてきて、実に興味深い。

ブルックナーの初期交響曲(交響曲第00番、第1番、第0番)

から、後の偉大な交響曲(第8番、第9番)の片鱗を探る行為

にも通じているように思われる。

 

静かで硬質な文学の背後には世界を、そして自己を深く

見つめようとする揺るぎない眼差しがある。

その静謐な力に接すると、私は自然と寡黙になってしまう。