人間が抱く最も強い感情の一つである「恋心」。
それが拒絶や裏切りによって180度反転したとき、そこに生まれる憎悪の
エネルギーは、時として人間の想像を超える不気味な冷徹さを帯びる。
「好き」という強烈な関心のベクトルがそのまま向きを変え、攻撃性へと
変貌するとき、そこにはわめき散らす怒りではなく、脳内が
冷え切ったような「冷徹な合理性」が宿る。かつての好意が大きければ
大きいほど、反転した殺意は純化され、一切の迷いや躊躇を
削ぎ落とした「絶対に変えられない気迫」へと姿を変えるのだ。
心に沈殿していく。消えることはない。
この領域に達した人間の精神状態は、凄まじいまでにブレない。
そこにあるのは、「自分の人生がどうなるか、周辺の人生がどうなるか
など関係ない、とにかく殺す、殺すしかないんだ!」という強烈な
発想である。
通常の人間であれば踏みとどまる理由となるはずの、法による処罰、
社会的な破滅、あるいは自らの未来や命といった抑止力は、
すべて最初から放棄されている。己の身を焼き尽くすことすら、目的を
完遂するための軽いコストに過ぎないという領域。
この「すべてを賭してでもやり遂げる」という圧倒的なエネルギーが、
サスペンスにおける最大の脅威を生み出す。
しかし、このブレない気迫の根底にあるのは、極限まで肥大化した
被害者意識と、圧倒的な「身勝手さ」に他ならない。
犯行の瞬間に放たれるであろう、次のような独白がそれを象徴している。
「絶対、絶対、殺してやる!! お前が俺の人生を狂わせたんだ!!」
客観的に見れば、自分の感情をコントロールできず、相手に異常な
ほど執着して自滅していったのは自分自身である。
しかし、その惨めな現実を直視できない弱さと傲慢さが、
「お前がすべてを狂わせた。お前が会社に来なければ...」
という責任転嫁へとすり替えられる。
自分の人生が狂ったのだから、その原因(と自分が思い込んで
いる標的)の命で贖わせるのは当然だという、究極の自己中心的な
論理。そこでは相手の人生や都合は完全に無視され、己の感情
だけが世界の法律と化している。
自分を縛り続けてきた激しい執着と歪んだ被害者意識から、
実行によって一気に解放されるという、破滅と引き換えの独りよがりな
充足感なのだ。
かつての純粋な好意が裏返り、盲目的な逆恨みとなって燃え盛る
殺意へと変わる時、人間はどこまで非情に、そして身勝手になれるのか。
憎む対象が現れるまで待ち続ける。凶器を隠し持って。
一つの目的に向かって狂気的に突き進む執念の恐ろしさは、
人間の心の奥底に潜む「執着」という魔物の底知れなさを、
私たちに静かに突きつけている。
殺人犯の心境はそういう状態なのだ。