両親のこと・続報 | 神産巣日神(かみむすびのかみ)のブログ

神産巣日神(かみむすびのかみ)のブログ

古来、日本では、「愛」と云う字を使わないで、「産巣日(むすび)」と言いました。「むすび」と云う言葉は、「愛」と云う言葉よりも非常に深遠な意味を含んでいるのです。ときに、神産巣日神は「造化の三神」の内の一柱の神であり、獨神(ひとりがみ)で御座います。唯々感謝。

 このブログ(英語:blog)に御訪問頂き、誠にありがとうございます。

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 さて、去る 7年前の3月12日(土)の「両親のこと」のブログを記させて頂きました。

 

 ときに、去る 5年前の3月6日(火)の「母親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、母親が 亡くなりました。 また、去る 昨年の3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 続いて 亡くなりました。

 ところで、親父おやじさん そして おふくろさんには、自由に きさせてもらえて 心より感謝致しております。本当に ありがとうございます。

  つぎ に、困難につまずたおれ、苦痛に まさに悶絶せんとするときに、かくれたる 意識の奥にて ささえてくれたのであります。誠に有り難いことに、困難にえるちからを鼓舞し、「悲しみの奥に 聖地がある(オスカー・ワイルド[アイルランド出身の詩人、作家 そして 劇作家]の言葉)」ことを、それとなく 意識の奥底から ささやきかけてくださり、再び 立ちがるちからはぐくくださいました。

 

 さて、一昨日おととい すなわち 6月18日(日)の「父親のこと・8」のブログ そして 去る5月15日(月)の「父親のこと・7」のブログの下段に、

「(前略)去る 昨年の7月11日(月)の『父親の 初盆(新盆)での 挨拶』のブログの下段に、

『(前略)親父おやじさん そして おふくろさんには たいへんな世の中でありましたね。(後略)』と記させて頂きました。ちなみに、お二人ふたりの御冥福を 心より お祈り申し上げます。(後略)」と記させて頂きました。

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)