破水から12日目、最後通告 | すみれときいろとフィリピン生活

すみれときいろとフィリピン生活

不妊治療備忘録→娘ふたりの成長日記・家の売買リフォーム記録・フィリピン(BGC)生活記録

なんとか夜を越して、翌21週0日目。
内診後、先生からお話があるので家族を呼んでほしいとのこと。
早朝から私の両親と夫を病院に呼び出し、話を聞きました。

先生からのお話は、
・感染を食い止める抗生物質と張り止めを投与して様子を見てきたが、もう子宮口が開いてきており、早ければ今日にでも本格的な陣痛が来るだろうこと
・陣痛が来たらお産を止められないこと
・まだ21週なので、双子の肺はできておらず、外に出てきても生きてはいけず、お産は流産扱いになること
・感染症も進んでいて、母体に危険があるため、できるならすぐにでも堕胎手術を勧めたいこと

要するに、遅かれ早かれ流産してしまうのは必至なので、母体保護を優先してすぐにでも手術をしましょう、という提案でした。

夫は私の身体を慮ってすぐの手術を希望、私は最後まで諦めたくない、両親は私たちの意見を聞いてじっと黙っていました。

このとき、正直私はどうなってもいいとさえ思っていました。あと1週間もてば、早産扱いになり、双子を生かせられるかもしれない。
また、そうは言っても大人の私の体はそうそう死なないだろうと。ここでもまた現代医療への多大な過信が。
のちに「コウノドリ」のドラマで妊婦さんが急逝する様を観て、こんなこともあるのか、と愕然としたりしました。

結局私の「待ち」の意見が通り、様子をみることに。
まだ、希望は捨てきれませんでした。