35歳にもなると
悲しみを分離して
生活を送ることができる
涙を流さずに
生活を送ることができる
生活を送りながら、
心で泣くことができる
35歳にもなると
別れが多くなる
ちょうど10年前に
お会いして
一時期は毎週ご飯を
ご馳走になっていました
「それが、その家庭の形で、
それがいいのよ」
絵に書いたような
理想な夫婦像を目の前に
実家を比較したときに
頂戴した言葉
私の価値観を
根本から崩しました
涙はでませんが、
身体は正直で
駐車チケット無くしたり、
財布見落としたり
心にポカンと
欠陥がでた感じ
今はただ、
悲しくて
ただただ
感謝しかなくて
時が
癒やしてくれるのを
待つばかり
それでも
生きていかなければ
自分のためにも、
周りの人のためにも
後悔の無い
人生なんて無い
後悔を一つでも
少なくする人生はある
幸福論の
言葉が突き刺さる
われわれは
疑いのない
事柄においては、
明らかに
聞くことができる。
たとえば、
他人の子供が
瓶をこわしたならば、
だれでも直ぐ
心でいうだろう、
それは
ありがちのことだと
だから、
きみのがこわれた時にも、
他人のが
こわれた時にとる態度と
同じ態度を
とるべきである。
そして
これをさらに
重大な事柄にも
適用するがよい。
他人の妻子が死んだ。
するとだれでも、
「それは人間の運命だ」
と言う。
ところが、
自分の家族の一人が
死んだとなると、
だれもが
「ああ、悲しい、
自分はなんという
不幸者だろう!」
と嘆き悲しむ。
だが、われわれは、
これと同じことが
他人の身に起きた場合、
どんな感情をもって
それを受け取るか、
思い起こすべ ある。
本当に、
この言葉は突き刺さる
突き刺さった先には、
勇気が湧いてくる
不思議なものだ
ある意味では、
真理を捉えている
言葉なのだろう
まだまだ精進せねば
死ぬ1秒前まで
本日も最高に創造的で、
ワクワクする一日に
しましょう!
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