五輪の記憶 長野のフナキ  舟木一夫 | 武蔵野舟木組 2024

武蔵野舟木組 2024

               さすらい

 

舟木さんの人気絶頂で寝る暇がなかった頃に、1964年の東京オリンピックがありました。

まだ生徒だったさすらいは、毎日の様にテレビにかじり付いて、熱戦を見ていたものです。

ロシアとの戦いとなった、バレーボールの決勝に勝った時には、我が家で歓声を上げましたし、ご近所からも歓声が聞こえてきました。

 

1972年の札幌オリンピックでのスキージャンプ、金銀銅の日本選手独占の時は、さすらいは入院中で、病院で見ました。同じ時期に、あさま山荘事件の中継も、ベッドから出て、勝手にテレビを見ていた事で起こられた事も思い出します。

 

船木和喜選手のスキージャンプも、勿論見ていましたし、原田選手の「フナキィ~!」の絶叫も良く覚えています。

舟木さんと船木選手の話題があった事も良く覚えています。