小説 舟木一夫 第四章 希望の園 その6 | 武蔵野舟木組 2024

武蔵野舟木組 2024

               さすらい

第四章 希望の園 その6

P歌謡学校と言う、流行歌手の養成所に連れて行った。

部屋の壁に、流行歌のスターの写真を、ずらりと集めたこの学校は、華やかなスターの座に憧れる、地方青年を狙った、おざなりの指導所だった。しかし、先生はこうした場所が、あるいは成幸の、こうした甘い夢を打ち砕くのに役に立つのではないか。と考えたのである。が、結果は駄目だった。2,3日通っただけで、成幸はこの学校をやめてしまった。そして先生に「あの学校はインチキでしたよ。あんなことをしていたら、一生歌手には、なれそうにありません」と報告するのだった。進学するか、音楽を目指すか、成幸にはそれが、大きな問題だった。音楽と言う希望が、いつか主と言う現実の限られた目的にすり替わったのか、それは成幸自身にも判らなかった。しかし当時の成幸にとっては、歌手になる事が、そのまま人生の目的と繋がっていた。少年が大空を翔るパイロットを夢想し、また大海原を白波をけって進む、航海士に憧れる様に、歌手と言うのは、上田成幸と言う、地方の一少年の、幼い憧れであり、希に過ぎなかった。が、彼はその幼い希に、情熱を注ぎこもうとしたのである。もし歌手を志して、その世界に入り、仮に見事に失敗したとしても、成幸は後悔しなかったに違いない。自分の思った道を、力いっぱい進む。

多くの少年たちが、例外なく備えている未来への輝かしい夢想を、成幸も歌手としての目的に繋ごうとしたのである。「しかし、高校だけは出ていた方が良いぞ。きっと西原先生も、その意見に違いない」かつての受け持ちだった、山口先生も、機会があるたびに、成幸に進学をすすめた。たとえ公立でなくても良い、私立で良いから高校に進むべきだというのが、周囲の大多数の意見だった。成幸は、ふとあの少女に、じぶんの将来をどうすればよいのか、聞いてみたい衝動にかられた。それは他愛のない思い付きだった。しかし少女の言う事なら、じぶんも聞けそうな気がした。また、少女だったら、きっと自分の考えが、誤ったものでない事を、判ってくれると思った。しかし先日の補習や、放課後の音楽部の実習などに終われて、成幸はそれから、また少女の姿を見る事はなかった。夜など、成幸は、ぼんやりと踏切りの前まで散歩に出掛けて、一宮に向かう尾西線の電車を眺めている事があった。が、水色の少女は、ようとして姿を現さなかった。