小説 舟木一夫 第三章 早春歌 その5 | 武蔵野舟木組 2024

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               さすらい

 

第三章 早春歌 その5

時が過ぎた。成幸は、中学二年生に進級した。大きくなっても、ハーモニカは相変わらず好きで、どこへ行くにも持って歩いた。音楽部に入った彼は、コーラスの伴奏の太鼓を受け持たされた。太鼓も好きだったが、ハーモニカの持っている、あの素朴な、そしてどこか淋しい旋律の魅力は彼を捉えて放なさなかった。今西は文芸部に入り、同人雑誌に発表したりしていた。斎藤は既にラグビー部のキャプテンで、彼の豪快なファイトは、ちかくの学校にまで鳴り響いていたのである。「みんな、少しずつ別の方向に向かって歩き始めているのだ」この頃になって、成幸はふとこう考えるようになった。かくれんぼをしたり、ザリガニ取ったりする事だけが、生き甲斐のすべてだった幼年時代。そんな時代をいつの間にか通り越して、今西も斎藤も、すこしずつ自分自身の将来の方向を目指して、進み始めている様だった。「俺はいったい、どんな人間になれば良いのだろう」成幸は思った。しかしまだ判らなかった。ハーモニカで身を立てるつもりはなかった。まして、テレビやラジオに毎日の様に出て来る、歌い手になろうと言う事など、夢にも思わなかった。それは遠い世界の、遠い出来事のように思われた。「自分の家を継ごうか」父親の栄吉は、江戸屋興行社を解散し、その代わりに小さなPR映画の制作会社を経営していた。

しかしそれもあまり気が進まなかった。周囲が少しずつ成長していく。その中で成幸もまた、人生と自分の未来と言う、大きな問題について考え始めるようになっていた。

夏が来ても、成幸はもう以前の様に、カブト虫や蝉取りに、うつつを抜かす事はなかった。

今西も斎藤も、仲の良い友人であることはかわりなかったが、あってももう、子供の時の様にふざけたりせず、萩原神社の裏手にある、例の小さな丘に寝そべって、何となく話をしている事が多かった。「もうすぐ祭礼だな」斎藤が言った。毎年七月には、この神社のお祭りが行われる。境内は舞台が組まれ、夜はお神楽や演芸が人々を楽しませた。昼は昼で、町の若い者たちの手によって、神輿が担がれて、威勢よく町内を練り歩く。「俺は神輿を担ぐんだ。神輿は面白いぞ」成幸は言った。父親の栄吉は、ここの所、夏祭りの下相談で忙しかった。彼は町内の、役員を務めていたのである。「俺はお神楽が好きだよ。笛や太鼓は良いような。あの雰囲気はハーモニカは無理だよ」また斎藤がからかった。悪口を言い合い、口げんかする事で、お互いの親密さを確かめるようなところが、彼らにはあった。

「良いから良いから、せいぜいお祭りには、柿沼照枝とでも見に来るんだな」成幸は言った。未だに斎藤は、この都会的な少女に憧れているのだった。ただ気の毒な事に、、斎藤はその感情を表すことが出来ないので、ただ一日一日、美しく成長していく少女を、遠くから眺めているだけなのだった。斎藤と言う少年には、堂々たる体格に似合わない。そんな内気な所があったのである。