2006年の年頭の記事を見てみた。

目標及び願いは大きく4つあった。

①朝早く出勤すること

②結婚相手を見つけること

③ゴルフで100を切ること

④家族みなが健康であること


しかし、どれも達成できなかった気がする。

①に関しては朝、のんびりな性格が変わらず、深夜まで仕事の日々であった。とりわけ、12月には新記録の翌朝午前6時半退社という事すらあった。今年は無理せず、自分らしい出勤時間でやります。


②に関しては、少し見えてきた気がする。兄貴が奥様を見つけた結婚紹介所への登録も行い、パーティーに5回ほど参加し、見合いも2回し、写真で応募した方と1回会いました。パーティーでお会いした方(4人くらい)とデートもしました。10月に見合いで知り合った方とは2ヶ月付き合いましたが、今一相性が合わず、お別れしましたが、その後、12月のパーティーで知り合った方とも良い感じでお付き合いしております。てな感じで、2007年中に何とか相手を見つけるつもりでおります。


③に関しては、8月までは毎月1回はゴルフをしていたのですが、それ以降、仕事やデートや母の見舞いやらでラウンドしてませんで、年末の家族ゴルフも前半は自己最高タイの53であったにも拘らず、後半75(17番で屈辱の17)で110の壁すら破れてません。今年は取り合えず、ハーフ50を切ることを目標にします。


④に関しては、母の病状が気になる限りです。自分も10~12月の過労で少し消耗しましたが、来週9日までの長期冬休みで英気を養って、年始からの仕事に備えれば大丈夫だと思います。皆が元気に過ごして、来年も楽しい正月を迎えたいです。


去年と同じだけど、こんな抱負ですね。今年は。にひひ


いよいよ、2007年に突入した。

新年明けましておめでとうございます。病気の母が居ながら、新年を皆で楽しく迎えられたことを喜ばしく思う。


去年の正月までは信じられなかったが、10月に母のガンが発覚して以降、少し暗いMurphyの実家であったが、そんな中常に明るい雰囲気を作ってくれる甥っ子のS太に感謝したい。S太は若干1歳9ヶ月のため、母の病気も知らないし、母がばあちゃんであることを知っているが、ばあちゃんがどういう存在かは分かっていない。しかし、少なくとも、彼は母が相当近い親類であり、守ってくれる人であることは認識しているようである。


正月に遊びに来た甥っ子は母に向かって、

「ばあちゃん。」

と言って喜んでいた。それを聞いた母も

「は~い、S太君」

と受け答えしていた。微笑ましい風景である。


11月以降の母はと言うと、親父が懸命にガン関係の書物を読んだ結果、抗がん剤による治療に対する懸念を感じ、方向を転換した。当初は、外科的手術を強く勧めたが、進行度合いから考えて、外科的処置は現状無理であるとの見解を医者から得た。それに加えて、抗がん剤による治療を勧められた訳だが、3回打った抗がん剤の効果は殆ど分からなかったが、副作用の激しさだけが痛々しかった。白血球が著しく減少し、抵抗力が低下していく訳である。この冬の寒い時期は、風邪が流行りやすい時期である にも拘わらず、白血球が低下しては元も子もない。


そこで、抗がん剤治療を一切取り止めて、一旦退院し、自宅で食事療法、漢方薬、気孔による治療へ切り替えた。現在もこの方法は継続されているが、病院に居たときと比べてQOLが向上したこともあり、見た目には元気である。食事療法の考え方は、玄米、野菜を中心とした食事にし、動物性たんぱく質、糖分を一切取らないと言うものである。何でも、がん細胞を活性化させない方法のようで、抗がん剤と比較したら、理論的には真っ当な方法であるようである。この説を訴えている先生も結構居るようである。


以下、数冊紹介しておくが、抗がん剤によって完治した患者はあまり聞かない。ガンを治す方法としては、外科的手術か骨髄移植(白血病の場合)しかないのである。それに加え、昨今は東洋医学による(漢方薬、食事療法、気孔等)方法も脚光を浴びてきているようである。


本田美奈子.の場合も早すぎる死は抗がん剤の副作用によるものもあったのではないであろうか?


母の体調が悪化しないのは何よりのMurphy家の慶びである。これがずっと続いて欲しいと思っている。


矢山 利彦
気の人間学
代替医療問題取材チーム
検証 免疫信仰は危ない!―「がんビジネス」の実態に迫る
帯津 良一
がんは心で癒せる―自然治癒力を高める「ホリスティック」の方法
帯津 良一, 上野 圭一
がんを治す食事療法レシピ―代替食事療法と現代栄養学が1冊に

お見合いで知り合った彼女を別れた私はクリスマスを前にして、寂しい年末を過ごすことになることを恐れた。

と言うよりむしろ、病気の母親のことを思うと、Hと別れたことは切り出しにくい話題であった。

嘘をつくと言う手もあるのであろうが、きっとばれるし、ばれたときにはもっとがっかりするであろう。


てなことも考えていたが、何はともあれ新しい彼女を探さないといけないと思い、21日木曜の夜に担当者へメールした。


土曜日にパーティーがあると連絡を受けましたが、未だ空きはありますか?


すると、朝一で担当者から返信が来ていた。


朝一でメールをいただきましたので、最後の1名分が空いてました。お待ちしております。


という事であった。本当に最後の1名であったかは定かではないが、それはあまり重要ではない。ここでは、何らかの機会に参加して、理想の女性と出会う事が重要なのである。


という事で、今日午後からのパーティーに行ってきました。7月以来だから、5ヶ月ぶりだが何となく同じ雰囲気である。

とりあえず横の女性と話すが、初参加でかつ海外に長く行っていたとかで、何か今一話が合わず。

すると、2人目の女性が来る。


彼女が発した二言目にはインパクトがあった。


Murphyさんはこういうところで知り合った女性と長く付き合ってご結婚されたいですか?それとも、すぐにでもって感じですか?


すっごい直球だなあ。とおもいつつ、


それは難しい質問だけど、人によると思いますよ。相手が好きであれば、すぐに結婚したくなると思うし、そうでないと少し時間が必要かもしれないと思います。


と正直なコメント、だか一言加えた。


でも、Tさんの印象はすごく良いですよ。何となく、第一印象は良い印象です。


と素直なコメントをした。

その後の4分間で何を話したかは覚えていないが、連絡先として、メールだけだと何だから、電話番号を教えて、と言いその場は過ぎた。


その後も数名と話したが、ピンと来たのはTさんであった。ちなみに、13名と話したが、年下は4名のみで、後は皆様年上でした。何かお互い話が合わなかった人が多かった気がする。



夜、帰宅後Tさんへ電話した。


もしもし、今日お会いしたMurphyですが、また会いませんか?


良いですよ。


じゃ、いつにする?明日とかは?


明日良いですよ。楽しみにしてます。


という事で、24日に会うこととなった。


先週まで10月にお見合いで知り合った子と会っていた。正確に言うと、16日に一緒にディズニーシーへ言った訳だ。

しかし、10月から一刻に関係が深まらない我々であった。と言うのも、ディズニーシーとか行くと、多くの場合女子の方から手を繋ぎたがったり、こちらの手を掴んできて、ベタベタしたがるものだと思っていた。


しかし、彼女(仮にH子としよう)は全くそのような素振りを見せず、「はぐれるから手を繋ごう」と言っても、

「大丈夫、見てるから。」と言ったりする。ていうか、はぐれないために手を繋ぐのは小学生までの親子だろうと思った。

大の大人が手を繋ぐのは、一緒の温もりを感じたいからだろう。

2回目にデートをしたときには、自然と手を繋いだが、その手に力強さもなかった。若干、仕方なく弱い手の握りであった。


それはさておき、そんな感じで午後から行ったディズニーシーもクリスマスの季節という事もあり、あまりアトラクションに乗れず、空いていたファミレス風の店で食事をして10時半頃に分かれた。


その後、ただいまとメールすると、彼女から来たメールがある。


Murphyさんが私のことをどう思っているか分からなくて、プレゼントは買ってませんが、交換しますか?


と言う内容であった。


私も考えた末、


少し考えさせてください。


と返信した。Hとこのまま恋愛を続けることも出来なくはないが、会わない日々にあまり切なくないのである。普通に耐えられる感じがある。友人としては話せても、恋人、将来の妻にはならないのではないかと思えた。Hの家庭、学歴、性格等は申し分ない方である。しかし、フィーリングって別ものかなと思った。


前々から、①かわいらしさ、②適度な学力、③料理をするのが好きであることを将来のお嫁さんを選ぶときのポイントにしようと思っていたが、それ以前にフィーリングがあうことが大前提となっているのである。当たり前であるが。


という事で、いつまで考えるのか分からなかったが、疲れていたこともあり、しばらく考えようと思っていた。


親父から電話があって、明日は外泊許可が出たから、お袋が帰宅するらしい。

一ヶ月ぶりの再会で嬉しい。何かマザコンかな?俺。


今日は友人とその奥さんと新橋の串焼きやで少し飲んで、吉祥寺で2時間半ほどカラオケした。

何か、涙もろくなっている。先週『涙そうそう』観たせいかしら。


明日、午後に両親に会えると思うとまた、涙が。。。。

お袋には感謝の言葉しか思い浮かばない。


昨日、親父が言ってくれた。

父「担当医に聞いたんだよ。『因みに、こんなになるまでどれ位掛かっているのか?』と。で、医者は『10年位でジワリジワリ来たんじゃないか』と言ってたよ。」

M「そうっか。」


親父は泣いてたね。あの、気丈な親父が涙ながらに電話していたのを聴いて、言った。

M「お父さんは大丈夫?」

父「お父さんは大丈夫だよ。」


親父は人生の厳しさ、仕事の大変さ、やりがいを伝えてくれた。その一方で心優しいお袋は優しさを教えてくれた。

お袋は今では存在しない、古き良き時代の女性だ。九州男児よろしくの親父について来て、36年くらいかな。


親父は3月に定年退職となり、色々なことを考えていた。それは勤続中に家を支えてくれた妻であり、兄と僕の母であるお袋に対する感謝の気持ちとして。年1回は海外旅行行くんだよ。2週間前にイタリア旅行から帰国したばかりだった。


来年はカナダ、その翌年は飛鳥で世界一周豪華客船の旅だと意気込んでいた矢先の「がん告知」に親父も動転していたことだtろう。


でも、Murphyも責任を感じないではいない。自分自身苦労した大学受験から会計士試験受験の間で何度なく投げ出したくなる気持ちを持ちながら、支えてくれ、誰よりも心から応援してくれたお袋には迷惑を掛けてしまったと思っている。アメリカに単身赴任していた親父が居らず、一人暮らしをした兄貴が居たせいで、実家でお袋と10年以上2人っきりで過ごした気がする。今に思えば、非常に心地よく至福の数年間だった。


親父がアメリカから帰国して、30過ぎで実家にいるのも変だと実家を出て、一人暮らしをしたものの実家に帰宅すると、お袋の料理、洗濯してくれる洋服、帰りに持たせてくれる料理をもらうと、その心地良さは筆舌に尽くしがたいものだった。


リリーフランキーの東京タワーではないが、お袋をこれから限られた時間の中で心行くまで応援したい。きっと、まだまだこれから良いことあると思うし、孫(甥っ子)がせめておばあちゃんの記憶が残るまでは生き続けてもらいたい。お袋がどんなにMurphyの家を36年間に渡って支え続けたか、伝えたいから。


そして、僕はお袋が生きている間に自分を今後支えてくれる伴侶を紹介して、安心してもらいたい。Murphyが大丈夫であり、親父もこのお嫁さんなら仲良くできると思ってもらえる人を見つけたい。


タイムマシーンがあるなら、10年前に戻ってお袋の膵臓がんを処置してもらいたい。


ねえ、神様、居るなら教えて欲しい。これだけ、健康に気を遣い、みんなにも感謝され尊敬されるお袋(S子)がなぜ若くしてガンにならないといけないの。何とか助ける方法はないの?


朝起きると、親父の電話は夢だったんではないかと思うんだよね。

少なくとも亡くなる前にフィアンセを連れて実家へ帰りたい。お袋には安心してもらいたいから。


昨日、親父から久々に電話が掛かってきた。

自宅から電話が掛かることはあるが、だいたい親父が出ることは珍しい。


「お母さんが肩が痛いからと言って、病院に行ったが、少し具合が悪い。

元気なんだけど。どうも、膵臓が。。。。明日、検査をして結果が出るからまた知らせるね。」


という内容だった。


で、昨日から気が気でなかった。それで、さっき電話がまた掛かった。


「お母さん、やっぱり病気が結構進行しているみたいだ。膵臓は癌が蔓延していて、

リンパ節が腫れたようだ。」


今週末には病院に行くが。


思い出すだけで、泣けてくる。おふくろとの色々な思い出が走馬灯のように思い出されてくる。

まだ、62歳であれだけ健康に気を使い、僕らのことを心配してくれたおふくろが居なくなるなんて、

到底信じがたい。


でも、これから闘病なんだから、前向きに頑張ってもらいたい。


本当に悔いが残らない親孝行をしないといかんな。

独身の私は当然、子供も居ないから孫の居ないことを考えると、何とかせんとな。

何か久しぶりにBlogを更新したくなった。


覚えている範囲内で3か月分も少しずつ埋めて行こうと思う。

過去のことを今更、書いても意味があるのかないのか良くわからないが、最近忙しいとかやることが多いと言ったことを言い訳にして、あまり考えていない。あるいは反省したり、復習していない。


という事で、やはりもう少し考えて行動するために、色々と書いていこうと思う。


実は、昨日車で事故った。と言っても、自爆してガードレールに車の左側面を擦った程度だが。BMWに持ち込んだら、修理代は100万円位だろうって。幸運にも保険が下りるので、保険会社が10万円を超える部分は払ってくれる。しかし、運転していて、何でガードレールなんかに激突したのか、今1日経って落ち着いて考えても思い出せない。

ただ、①集中力を欠いていたせいか、②暑さのせいか、③最近、女の子に振られたせいか、④夏休み中にぼうっとしていたせいか。その全部なのか?


しかし、一人暮らしをしていて、以前と比較してバタバタしていて、心の落ち着きがない気がする。今、彼女も居ないから、何か悩んでも、少し抱え込む傾向にあるかもしれない。



お見合いパーティーを主催している会社の担当者との打ち合わせのために外出した。

打ち合わせと言うのは、そもそもこのお見合いパーティーにはメールで申し込んで、そのままパーティー会場で入会して、特に御見合いのシステム等を把握していなかった。



という事で、時間を取ってもらって担当者S氏(女性)から説明を受けた。


S氏「で、Murphyさんはどういう女性の方が好みなんですか?」

M「そうですね。自分をしっかり持っている方と言うか、自分らしさをもって良く考えて行動する方ですかね。」

と少し、抽象的な表現。

本当はきっと、美人で自分より年下の人って感じのイメージはあるが、美人というのも案外抽象的と言うか主観的なものである。かつ内面的なものの影響が大きいから、幅広く美人の方はいると考えている。

しかし、分らしさを持つと言うのは話していて分かると思う。この子なりに考えているなあと感心したり。


私からも質問

M「年収とか気にする方って多いんですか?」

S氏「そうですね。いらっしゃいますけど。みなさんがと言う訳ではありませんよ。両方いらっしゃいます。経済力を重視される方とそれ以外の面を重視される方と。でもね、多くの女性の方がどういう方が良いっておっしゃると思います?」

M「何でしょう?」

S氏「『尊敬できる方。』って、皆さんおっしゃりますよ。年齢を重ねれば、色々と外見も変わるし、おじさんっぽくなると思うんですよ。仕方ないですよね。でも、年を取っても尊敬し会えるような関係が重要ですよ。」

M「ああ、良いですよね。私もお互い尊敬できればと思いますけどね。」


S氏「じゃあ、少し探したりしてみますけどね、Murphyさんの方でこれだけは外せないって条件はありますか?」

M「う~ん、出来れば年齢は自分と同い年かせいぜい1つ上かな?あとは職業柄、難しい話をすることはあると思うので、そういう話に全く興味がないと、長い目で見ると会わなくなるかもしれない気がして。」

S氏「話はね、結婚して家族が増えたりすると、変わるものみたいですよ。趣味とかもね。絶対同じ趣味である必要は無いと思うよね。でも、相手の趣味に興味を持つことは重要だと思うのね。例えば、女性はゴルフは出来ないけど、彼がゴルフ好きだから習ってみようかとかね。」

M「そうですね。趣味は最初からあってなくても良いと思いますよ。」


なんて、話しながら数名ご紹介頂いた。

しかし、その方々と実際に会えるかどうかは相手次第であり、相手がMurphyの写真とかプロフィールとか見て、いまいちと思ったら、会えない。


S氏「だから、プロフィールとかが大事なのよ。写真もね。女性のみなさんは写真館とかで撮られているのよ。」

M「でしょうね。綺麗に撮れていて印象が良いですもの。」

S氏「そう、会わないことには何も始まりませんからね。だから、女性から『会いたい。』と言われたら、まず会うことですよ。それをお勧めします。」

M「何か、他に気になる女性が居るときに、他の女性とお会いすると悪い気がして。」

S氏「未だ、付き合っても無い段階なんだから、そこは柔軟に考えて良いと思いますよ。Murphyさんのように真面目にお考えの男性は多いですけどね。」


そうっか。本当にどういう女性と結婚したいのか、また考えないとなあ。

でも、何か光明が見えてきた気もした。少し今月後半から動きがある予感がした。


夏休みが終わろうとしている今、次の目標はクリスマスだなあ。大分先の気もするが、頑張ります。


8月になった。

ということで、返信のないKSにメール。『8月になったね。』などと無難な内容のメールだった。

最後に会ってから1週間以上経つというのに、全く連絡が無いものだから、多分脈は無いということをほぼ認識していながら、KSからの具体的な返信をもらいたいと言う性格が出てしまった。痺れを切らして、コンファームしたくなった感じだ。

しばらくしてから、KSから返信が来た。

---------------------------------------------------------------------------

色々考えた結果、本当に申し訳ないですが、お断りさせていただきます
本当にごめんなさい

---------------------------------------------------------------

と言うか、KSこれじゃ、わかんないよ。理由は?と思った。

しかし、理由なんて必要なのだろうか?理由は「何となく」って感じだと思っている。


仕方ないなあ。次ぎ頑張ろう。

8月1日になってもTAから返信が無いから、再度メールした。

--------------------------------------------------------------

TAさん、こんばんわ。たびたびすみません。昨日メールしましたMurphyです。
何か昨日の印象が強くて、またメールしてます。私はTAさんより年下ですし、
至らない点もあるかと思いますが、何かまたお会いしたいです。
こんな私で良かったら、よろしくお願いいたします。

-----------------------------------------------------------

で、しばらくして返信が来た。

-----------------------------------------------------------

Murphyさん、返信遅くなってすみません。メールをどうもありがとうございました
。実は申し訳ないのですが、他にいいかな?と思う方がいたのです。ごめんなさ
い。Murphyさんのお幸せをお祈りしています。

-----------------------------------------------

無難なお断りメールであった。残念ショック!