8月になりました。

毎日暑いですね滝汗

こちらムルマンスクでも数日前から夏日になりました。

太陽が一日中上がったままなので気温も上がっていきますが、

それでも日本の一昔、いや二昔三昔前の夏のようで、過ごしやすいと思います。

北極圏ですらこの陽気なので、日本が阿鼻叫喚な夏日なのは、当然ですね・・・。

 

こんな暑い日は、オクローシカ(окрошка)に限りますね。

オクローシカはロシアの冷製スープ。

「飲むサラダ」とも言われ、作り方も簡単。

暑くてだるくて何もしたくない夏に、

暑すぎて食欲がない日々に、嬉しい料理です。

ケフィールというヨーグルトを炭酸水で割ったよう飲み口の乳製品で作るやり方と、

クワスという黒パンを水の中で発酵させた清涼飲料水で作るやり方があります。

材料

 茹でたジャガイモ 1個

 きゅうり (短いのだったら)2~3本

 ゆで卵 1個

 ハム(カルバサ・ドークトルスカヤという種類がおすすめらしい) 150gくらい

 ラディッシュ 2個

 ディル 数本

 わけぎ 数本

 にんにく 1かけ(卸金で卸す)

 ケフィール(脂肪分数%の発酵した牛乳) 1リットル

 フレン(西洋版わさび) 小さじ1~2

 塩 小さじ1~1.5

 水 300ccぐらい

 

作り方

使う調理器具&食器は全て煮沸消毒しておく。

じゃがいも、きゅうり、たまご、ハム、ラディッシュは全てサイの目に切る。

ディルとわけぎは小口切りにする。

切った材料を鍋に入れる。

別椀にフレン、塩、にんにくを入れておく。

 

ママ、ハムちょうだい猫ハート

 

ケフィールを鍋に流し入れる。

空になったケフィールの容器に水を流し込み、蓋してシェイクし、一部をにんにく&フレン&塩が入った別椀に注ぎ、残りを鍋に注ぐ。

その別椀をスプーンでよくかき混ぜて、全て溶けたら、鍋に入れる。

鍋をお玉でよくかき混ぜる。

食べる直前まで冷蔵庫に入れて冷やしておく。

できあがり。

 

***

ここ近年、保守点検のための温水の断水回数が多いような気がします。

確か10年以上前は年に1回だった気が・・・。

それが今年は既に3回目。

7月28日~31日までというお知らせだったのに、8月1日になってもお湯が出ません。

2回目のときは温水断水が2週間続いたな。

配管あちこち老朽化酷いですか?

備品不足ですか?整備不良ですか?人手不足ですか?

今日もデカイ鍋に湯を沸かして入浴せねばなりません。

何だか、村にでも引越して来たようだわ・・・ちょっと不満

 

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今ロシア(以下、露)とアゼルバイジャン(以下、アゼル)の中が、険悪&最悪ガーン

 

両国関係悪化の発端は、2024年12月にアゼルのアクタウ市近郊で発生したアゼルの旅客機撃墜事件でした飛行機。アゼル政府は露政府に対し、責任を認め、徹底的な調査を行うよう要求。露政府も「この悲劇的な事件は露領空で発生した」と謝罪。

しかしプロパガンダ戦が始まり、アゼルにある「バクーのロシアの家」という露の施設が、スパイ行為の疑いがあるとし閉鎖措置。

 

その後2025年には、応酬とも言える出来事が次々に起きました。

 

露のエカテリンブルク市でアゼル人数名拘留(うち2名殺害)。これを受け、アゼル国内の全ての文化イベントに露の参加を拒否。露メディア傘下である「ロシア・セゴドニャ」傘下の「スプートニク・アゼルバイジャン」編集長を拘束・逮捕。RTテレビ傘下の「ルプトリー」編集者を拘束。ラジオ・スプートニクのロシア人職員2名拘束。露外務省がアゼル大使に「バクーの非友好的な行動」と抗議。一方、アゼル大使は露外務省に抗議の書簡を手渡し。バクーで8人のロシア人グループを「イランとの麻薬密売、違法薬物のオンライン取引、サイバー詐欺の容疑」で拘束・・・ゲッソリ

 

現在もこの応酬の連鎖が続いています。

 

露の特別軍事作戦の長期化でアゼルvs隣国アルメニアとの紛争が再燃し、紛争地ナゴルノ・カラバフをアゼルが奪取したことで、アルメニアと露(2国の仲介役だった)の関係は決裂、アルメニアは欧米やアジアに向き始めました。

 

そしてアゼルとはこのような事態になり、アゼルも露と決裂しそうです。アゼルはウクライナへの支援をするようになりました。

 


世の中どんどんきな臭くなって、ほんと嫌ですね・・・しょんぼり

 

 

 

さて、気持ちを切り替えて、ブログのタイトルどおり

「夏の風物詩太陽

についてお話しします。

 

青果店でトマトアボカドを購入。

トマトはアゼルバイジャン産。1キロ380ルーブル(715円)。

アボカドは、確かメキシコ産。1個70ルーブル(132円)。

 

とても大きく、女性の掌からはみ出る大きさ。

ずっしり重く、今手にしているのは、400g近くあります。

ヘタから隆起するモリモリガチムチのいかり肩。

眩いルビー色、完熟で果汁たっぷり、酸味は少なく爽やかな風味。

今日明日にでも食べ切らないと、すぐ腐ってしまいそう。

これが、ロシア人が心待ちにしている夏の風物詩、

アゼルバイジャン産のトマトの特徴です。

テンション上矢印上矢印です。

 

こんなトマトはやはり、サラダにするのが一番ですサラダ

大きく角切りにしたトマトとアボカドに、

塩と酢で予め辛味抜きした千切り新玉葱、

みじん切りしたニンニクと乾燥バジルをふりかけ、

塩・砂糖・酢・オリーブ油で作ったドレッシングをかけて、

さっくり合えて。

 

トマトとアボカドのサラダ、できました。

付け合せで作ったこのサラダの方が、メインの肉より3倍の量でした。

美味しかった。お腹いっぱい照れ

 

この夏の風物詩がなくなる可能性があるのは、誠に寂しいです。

早く良くなって欲しいです。

 

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2年ぶりのブログ更新です。大変ご無沙汰しております。

まだ戦争は続いていますが、私は北方の僻地で元気です。

 

北海道民の方々がパニックを起こしているアノ植物、ジャイアント・ホグウィード

 

生命力&繁殖力が半端ないので、ムルマンスクのような北方の辺境地の彼方此方にも生えています。本来は南の植物だったのですが、ここ最近の気候変動と人為的な繁殖で、あっという間に世界的に分布してしまいました。一昨年夏通勤途中近くで見たものは丈が180cmぐらいあって、花部が動画のようにまるで大きな花笠のように形成されてました。

 

今北海道で職員の方々が丹念に花部を切り取って繁殖を防ごうとしていますが、コイツは越年草&多年草でしぶといので、根まで掘り起こすか、除草剤を撒くなどして文字どおり「根絶やし」にしないとダメです。

 

こちらでは誤って近づかないように、有害植物の1つとして子供のうちから教えます。

 

wikipediaによるとジャイアント・ホグウィードは別名、

・バイカルハナウド(←これも現在報道でよく言われている)

・カートウィール=フラワー(英語: Cartwheel-Flower)
・ジャイアント・カウ・パースニップ(英語: Giant Cow Parsnip)
・ホズベイン(英語: Hogsbane)
・ジャイアント・カウ・パースリー(英語: Giant Cow Parsley)
・ワイルド・パーシップ(英語: Wild Parship)
・ワイルド・ルバーブ(英語: Wild Rhubarb)
・スターリンの復讐(←怖っガーン!)

 

ハナウドはロシア語ではБорщевик(ボルシェヴィク)。ビーツで作る美味しいБорщ(ボルシチ)とか、それともソ連邦創設のリーダー・レーニンが率いた左派のБольшевики(ボリシェヴィキ)とかと間違えそうですねゲッソリ

 

ジャイアント・ホグウィードはロシア語でБорщевик Мантегацци(ボルシェヴィク・マンテガッツィ)、伊の医学者マンテガッツァ氏に因むそう。

 

ジャイアント・ホグウィードの恐ろしさを、ヒューマンバグ大学で有名な「孤高のアンデッドマン・佐竹博文さん」が身を持って(?)解説しています。

 

このアニメにもありますが、2020年7月に中国から米国、日本ほか多くの国々へ謎の種子が発送されましたね。いくつか写真を見ましたが、あのうちの1つがこの種子によくにていました。

 

皆さんもお気をつけて。

 

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先日作業中に在ロ日本大使館領事部のNさんから電話がありました。
Nさんには10年前に設置した渡辺大剛さん慰霊碑などの関連で大変お世話になったので、
「うわ~、懐かしいなあ」と思いながら応答。
6月下旬に領事部から「在留邦人実態調査へのご協力のお願い」のメールを受け、
変更無しだったので放置してましたら、再確認電話が・・・ということなのでしょう。

「いやぁ、もう大変なことになりましたよ~。」

と切り出され、私と子供の安否を確認してきました。
私も子供も無事であることを伝えました。

また帰国予定を聞かれ、
「帰国はしますが、またムルマンスクに戻ります。」
と答えたら、一瞬天使が通ったような静寂な空気が流れた気がしました。
そして、
余程のことがない限り、永久帰国はしません。」
と伝えたら、また一瞬天使が通った・・・ていうか、
「え?今ソノ『余程』の時じゃないんかーい!」
と突っ込み入れられている気がした・・・いや気のせいか。

そんな大変温度差がある回答を返したので、
「ムルマンスクは本当に大丈夫なんですか!?」
と驚きを持ってNさんに訊かれる始末。

まあ、そりゃそっか。
大使館があるモスクワではよくドローンが飛来し建造物を爆発損傷させたり、
テロリストらが徘徊していて、
連日安否確認に追われる日々。
最近あった露国防省近くのモスクワシティでのテロ事件ではその数百メートル先に、
日本からの留学生も通う国立バレエ学校がありますから。
戦争が始まってから、労働時間爆上がりでしょう。

ムルマンスクは本当に、何事も無く本当に本当に本当に平穏なんですよね。
例年の如くこの季節は多くのムルマンチャーネがバカンスしに南下しています。
多くはウクライナ周辺を回避していますが、
割とそこから近いアナーパ(Анапа)という町で過ごす、
という強心臓の私の知り合いが1組います。

それからムルマンスクは今年、+30度超えが1週間続く夏日が3回もあり、
ムルマンチャーネは遅くまで日光浴を楽しんでいます。
 

**********


ついでに残留組は何人いるのか、訊いてみました。
「ざっくり勘定で」という前置きで、
モスクワ 1300人→400人 に大減少
サンクト 既に100人切っている
と回答いただきました。
両都市共に千人を越える日本人がいたのに・・・。
残っているのは大使館関係、メディア関係、学校関係者、バレエ留学生ぐらいだとか・・・。

本当にウンザリしますね。


7月20日にプーチン大統領(オリジナルか2号か3号かわかりませんが)がムルマンスク市を訪れました。
専用機でムルマンスク空港へ降り立ち、そのままヘリに乗り換えて、更に航行。
市郊外のベロカメンカ地域にある、世界初の浮体式ガス液化プラント用の巨大海洋プラットフォームに向かいました。


プーチン大統領訪ムルに関する報道はこちら(1TV)

▼▼▼以下はクレムリン公式サイトで発信されている情報です。▼▼

ノヴァテック社の大型海洋構造物建設センター(ЦСКМС)へ訪問
http://www.kremlin.ru/events/president/news/71709
GBS(重力プラットフォーム)上での液化天然ガス(LNG)の第2生産ラインの建設を視察。
ノヴァテック取締役会のミケルソン会長が大統領に説明を行い、北西連邦管区の大統領全権代表グサン氏とムルマンスク州知事のチビス氏も同行。
大統領はまた、重力プラットフォームに立ち、北極海航路経由でギダン半島(ヤマル・ネネツ自治区)のウトレンニェ油田まで牽引する最初のLNG列車(総重量60万トン以上)の初運転式典に参加した。
更に企業の敷地内で、ЦСКМСの搭載問題に関する会議を開催した。

ノヴァテック社の大型海洋構造物建設センターへへの積み込みに関する会議
http://www.kremlin.ru/events/president/news/71710
プーチン大統領は、ノヴァテック社の大型海洋構造物建設センターへの積み込みを議題とした会議に参加して開会の辞を述べた。

北極圏におけるZATO(軍事目的等で閉鎖された都市)およびその都市開発に関する会議
http://www.kremlin.ru/events/president/news/71711
大統領は北極圏における閉鎖している行政領域と入植地の開発に関する会議を開催した。
大統領は北極圏の戦略的重要性と、それに関連してムルマンスク市と周辺閉鎖地域の公共インフラや住宅ストックの深刻な劣化に対する改善の必要性を述べた。
1)閉鎖都市の住宅、エネルギー、社会インフラ、そして北極圏全体の居住地の開発のための行動計画の調整の完了。
2)集落の統合。
3)軍人の家族の雇用・社会的支援。
4)北極圏の拠点集落と入植地のリストの決定。
5)優遇金利が2% を超えない北極住宅ローンの採用と、 2030 年まで有効であることの提案。

ムルマンスク州知事チビス氏との会談
http://www.kremlin.ru/events/president/news/71712
ムルマンスク地域への出張を終えて、大統領はチビス知事と会談。


当記事が未完のまま(前記事をコピペして放置)アップロードされてしまいました。
スミマセン。
只今6月中旬から浴衣7着製作しており、関連品含め8月中旬まで製作がかかりそうです。
なぜ浴衣7着も製作しているのかは、後日ブログで報告します。
まあ、このような状態で更新が滞っております。
 

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この記事は2月中旬に予告しました追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」の詳細報告です。
これまでの記事は弊ブログの以下の記事をご一読ください。
Харухиса Ватанабэ - 10 лет (渡辺大剛・あれから10年)
故・渡辺大剛さんの慰霊碑の所在地とアクセス
10周年追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」開催報告①
10周年追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」開催報告②
10周年追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」開催報告③
 

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10周年追悼企画「渡辺大剛・あれから10年」プロジェクトは、ムルマンスク州を縦断リレー式で開催されました。
中国・ウルムチ~ロシア・ムルマンスクの自転車の旅で、故・渡辺大剛さんが果たせなかった残り区間を走破するように。

最後に開催した場所はムルマンスク市です。ムルマンは北方の人々の意味を持つ「ノルマン」の音便、スクは町という意味。つまり「北方の人々の町」。



最後の地は筆者の居住地域なため、出張時のハプニングやアクシデントなどもなく、比較的楽に身軽に取り組めました。

開催場所は、いつもお世話になっている州立学術図書館です。図書館のイベントで演者として参加したり、こちらのイベント開催時も場所を提供してくださっています。5年前にあった、2ヶ国語(日・露)で製作された渡辺大剛さんの追悼サイト「Haruhisa Watanabe Expedition(http://www.haruhisawatanabe.com/)」のプレゼンテーションもここで開催しました。

より多くの方々に来てもらうために、「渡辺大剛・あれから10年」単体だけでなく、手工芸教室、ゲーム、着付け教室を盛り込んだ祭典「Сакура на Севере(北の桜)」の中の1イベントとして共催という形をとらせて頂きました。

広告もしっかりと。公共交通機関の中に掲示したポスターです。弊協会側が作成しました。



図書館側も作成しました。



催場入口には渡辺さんの等身大バナー広告を置き、ご来場の皆様をお迎え。
叶わなかった故人との写真撮影にと用意しました。


 

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13時になったので、写真展開催です。
ネットなどに出回っている写真だけでなく、生い立ちや旅の写真など未公開のものを展示。

初日に「Мечтатель за той горой(あの山の向こうの夢想家)」を公開しました。
渡辺さんの生い立ちと軌跡などを30分弱に編集した、ドキュメンタリービデオです。
多くの方に観て頂きました。

その後は、日本文化を体験してもらうため、手芸教室、書道教室、着物着付け教室を開催。

着付け教室はいつも人気です。協会メンバーが先ず着物の歴史や着方をレクチャーして、
その後は手分けして参加者に着付けました。

  



書道教室では、先ず歴史や毛筆運びのテクニックを軽くレクチャーしてから、書きました。
カンダラクシャ市とオレネゴルスク市では「旅」「山」など渡辺大剛さんをテーマに書きましたが、
ムルマンスク市では新年明けの開催ということもあり、
テーマは今年の干支である「卯」「うさぎ」を書きました。

 



手芸教室でも内容を少し変えました。
カンダラクシャ市とオレネゴルスク市では栞タイプの姉様人形を作りましたが、
ムルマンスク市では手毬作りにチャレンジ。



さらに他市ではしなかったゲームもしました。
テーブルゲームでは、坊主めくりと囲碁将棋。
アクティブゲームでは、けん玉と「達磨さんが転んだ」をしました。

   



b-port他以下のサイトとSNS「フコンタクテ」で告知されました。
https://b-port.com/news/275838
https://www.murmansk.kp.ru/online/news/5078682/
https://ru24.net/murmansk/339424738/
https://nashsever51.ru/afisha/4131

結果報告も以下のサイトでされています。
https://b-port.com/news/276148
https://www.hibiny.ru/murmansk/news/item-v-murmanske-proshli-meropriyatiya-posvyashchnnye-pamyati-yaponskogo-puteshestvennika-haruhisa-vatanabe-281185/
http://www.mgounb.ru/news/4138-zavershilas-bolshaya-poznavatelnaya-programma-sakura-na-severe/
https://news.myseldon.com/ru/news/index/277786208
https://obshestvo51.ru/news/2122
https://mvpmk.gov-murman.ru/news/nat_pol/477892/


ロシアにもDC、JBC、AMERICAN EXPRESSなどの各種信販会社はあります。
侵攻開始後SWIFTが停止し、海外の買い物の際カード決済ができなくなって久しいですが、
国内での買い物の際は依然として機能しています。


右側の2つのカードはズベルバンク銀行のもので、シルバーの方は2022年12月が有効期限。
侵攻開始してから、別機関からの給与受取ができなくなったので別口座を開設し、
2027年11月が有効期限のグリーンのカードを貰いました。
(別口座開設までのトラブルについては、後日書きます。)
左側の2つのカードはVTB銀行のもので、上の方は2023年3月が有効期限、下のドル建ての方は2024年3月が有効期限。

左下以外のカードは、現在でも国内決済時に機能してます。
さらに有効期限を過ぎた上2つのカードも、現在でも国内決済時に機能してます。

何だか奇妙な感じです。


カードといえば・・・・今年ぐらいからこんなカードが登場しました。
「Единая карта жителя Мурманской области(訳:ムルマンスク州民統一カード)」。
つまり、州民のみ(申請すれば)貰える、ご当地カードです。


緑白色に輝くオーロラの下、山とトナカイのシルエットが何とも美しい・・・。
ムルマンスク州のスローガン「На Севере - жить(北に生きる)」という戦略計画の一環として開発されたカード。

ロシアの決済システム「МИР(ミール)」を使い、以下のサービスが受けられます。
メリディアンホテルへの宿泊全室30%OFF
州内スキーリゾート利用の割引&迅速手配
図書館の有料サービスが割引or無料
公共交通機関運賃割引
キーロフ名称文化宮殿イベント5%OFF
などなど・・・

VTB銀行、ソブコムバンク銀行、郵便局で手続きすれば、15分で無料で貰えます。
ただ、対象者は14歳以上のロシア国籍を有するムルマンスク州民だけ。
日本国籍の私は、ムルマンスク市に16年住んでる州民ですが貰えません、残念!


すでに1万人を越える州民に発行され、大活用されているらしい。
侵攻開始後、商機ダダ落ちしていただけに、ビジネスチャンスと捉え、参加する企業が今後も増えそうです。

==地元紙SeverPost.ruが報じたニュース==
ムルマンスク地域では、ご当地カードを利用したミール決済システムの効果により、2 か月間で旅行代金が 350 万ルーブル以上節約されました。
(中略)ムルマンスク地域の居住者が 1 枚のカードで支払う場合、乗客の特典は 11 ルーブルです。 結局のところ、ミールシステムによる割引はカードの料金に追加されます。
=====================

全露で都市経済「スマートシティ」のデジタル化の発展への貢献に対する、第1回全国コンペもあったとか。
全露51箇所200を超える応募機関があり、約100件の応募が最終審査に進み、
ムルマンスクのご当地カードが「デジタル住民カード」部門にノミネートし、銅賞を受賞したそうな。

まあ、おめでとう。


この記事は2月中旬に予告しました追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」の詳細報告です。
これまでの記事は弊ブログの以下の記事をご一読ください。
Харухиса Ватанабэ - 10 лет (渡辺大剛・あれから10年)
故・渡辺大剛さんの慰霊碑の所在地とアクセス
10周年追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」開催報告①
10周年追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」開催報告②
 

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10周年追悼企画「渡辺大剛・あれから10年」プロジェクトは、ムルマンスク州を縦断リレー式で開催されました。
中国・ウルムチ~ロシア・ムルマンスクの自転車の旅で、故・渡辺大剛さんが果たせなかった残り区間を走破するように。

次に開催した場所はオレネゴルスク市という町です。オレネはロシア語でトナカイ、ゴルスクは町という意味。つまり「トナカイの町」。


11月25日。朝10時にムルマンスク駅を出発して、昼12時頃オレネゴルスク駅に到着。
カンダラクシャよりも近いので、少し楽です。

駅には、今回会場となる市立中央図書館職員のスヴェータさんが迎えに来てくださいました。
早速車に乗り込もうと移動したところ、突然のハプニング。
私達のところにが男性が1人来て、身分証提示を求めてきたのです。
最初少々パニクりましたが、これはオレネゴルスク市がガルニゾン(гарнизон。軍隊が駐屯している地)と呼ばれる地域であるためです。
市郊外にあるオレネゴルスクー3というところには戦闘機が待機していて、衛星写真でその様子がわかります。
男性曰く、軍事作戦開始後様々な国籍の人が北方へ来るため、警戒しているとのこと。

どこかへ連れて行かれることはなく、私達は市立中央図書館へ向かいました。
中央図書館がある市中心は、駅からちょっと遠くにあるので、車やバスなどの利用が必要です。

中央図書館では、館長のナージャさんらが満面の笑顔で出迎えてくれました。
オレネゴルスク滞在時は、エレーナさんが私の生活面をサポート。
そういえばオレネゴルスクでのイベント手配は、カンダラクシャのときと比べて格段に迅速&スムーズでした。
「ガルニゾンなのに不思議だな」と思い、エレーナさんに質問したところ、
館長は市議会議員もされていて、それで迅速&スムーズにできるんだ、と聞きました。
なるほど、どおりで。

既に届いていた展示物を皆で手分けして配置。
図書館には専属の技師もいて、掲示もスムーズ、マイク調節もスムーズ、何もかも滞りありませんでした。

その後はエレーナさんと共に宿泊先へ。
市内唯一の宿泊施設「ゴルニャク(Горняк)」を予約してました。
この施設は2013年秋に追悼サイクリングを開催した際に、ご遺族が利用したところです。


ホテル外観はソ連時代を髣髴させるというか、10年前に利用したので懐かしかったです。
でも内装がガラリと変わってモダンになっていました。

コロナ以前は中国人観光客が押し寄せていたため、外国人客に対してはパニックなく手続き終了。
中国ではオーロラを見ると子宝に恵まれるという言い伝えがあり、特に女性客が多いと聞きました。
でもロビーの人曰く「有害電磁波で逆に子宝に良くないのにねぇ・・・」

その晩は近くで夕飯を済ませ、就寝。
翌朝。パンなどで軽く朝食を済ませ、エレーナさんとロビーで待ち合わせ。
イベント開始まで時間が有ったので、図書館まで軽く市内観光をしました。
 

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さて14時になったので、写真展開催です。
初日と2日目にプレゼンテーションとして、「Мечтатель за той горой(あの山の向こうの夢想家)」を公開しました。
渡辺さんの生い立ちと軌跡などを30分弱に編集した、ドキュメンタリービデオです。
土日だったので、多くの方に来て頂きました。

その後は、日本文化を体験してもらうため、手芸教室、書道教室、着物着付け教室を開催。

手芸教室では、栞タイプの姉様人形を作りました。
30人以上子供達が会場に押しかけ(!)、その多さに戸惑いながらも一緒に作りました。
最後のクリスタルシールで髪飾り、やっぱりウキウキしてましたね。

書道教室には、美術学校の生徒さんが挑みました。
絵は各自うちに帰ってから書くとして、毛筆運びのテクニックを一生懸命聞き、一生懸命書いていました。
途中、BGMにLisAの音楽を聞かせたら、リラックスして書けたようです。
こちらもで「鬼滅の刃」、人気のようでした。

着付け教室も多くの人が体験されました。
ナージャさんも着物体験を楽しみにしてくれていて、早速緑の浴衣を着てご満悦。

各種メディアはコムソモーリスカヤプラウダ
https://www.murmansk.kp.ru/online/news/5031112/
をはじめ、Подслушано в Оленегорске、Оленегорский центр социального обслуживания、Комсомольская правда - Мурманск. Новости региона、hibiny.com、Новости Мурманск | Мурманская область、Оленегорск - новости、Редакция газеты "Заполярная руда"が一斉に報道。
中央図書館もサイトで報告。
https://www.ol-cbs.ru/index.php/5152-yaponiya-stala-blizhe
他にオレネゴルスク市庁舎「Администрация города Оленегорска」も、その様子を取り上げてくれました。


この記事は2月中旬に予告しました追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」の詳細報告です。
これまでの記事は弊ブログの以下の記事をご一読ください。
Харухиса Ватанабэ - 10 лет (渡辺大剛・あれから10年)
故・渡辺大剛さんの慰霊碑の所在地とアクセス
10周年追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」開催報告①
 

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10周年追悼企画「渡辺大剛・あれから10年」プロジェクトは、ムルマンスク州を縦断リレー式で開催されました。
中国・ウルムチ~ロシア・ムルマンスクの自転車の旅で、故・渡辺大剛さんが果たせなかった残り区間を走破するように。
事故地点はカンダラクシャ地域郊外でしたので、そこから最も近い町カンダラクシャ市からスタートしました。
地名の由来は諸説あるようで、「カンダ川畔の町」とか、サーミ語の「«кант(荷袋)»と«лухт(湾)»」の合成語とかから来ているらしい。
 


11月2日。朝ムルマンスク駅を出発して、昼3時頃カンダラクシャ駅に到着。
250kmも離れているので、移動が大変です。

 



駅には、今回会場となる市立図書館第3分室の室長のカーチャさんが迎えに来てくださいました。
早速大荷物と共に第3分室へ。
数時間かけて全展示物を配置。

  


もうすぐ極夜ということもあり、完成した6時頃には辺りはすっかり暗くなってました。
その後はカーチャさんが宿泊手続きと中心地の案内をしてくださいました。
先ずはお宿。市内最安値の「ベロモリエ(Беломорье)」を予約してありましたので、入館。
ソ連時代を髣髴とさせる、ホテル外観とロビー。

 


滅多に来ない外国人客にロビーは少々パニックになってました。
無事手続き終了し、自室へ。

   

  


中もやっぱりソ連感・・・・。ソビエト懐古趣味がおありの方々にとっては、ジワリくる内装でしょう。
その晩は近くで夕飯を済ませ、就寝。

翌朝。ホテルの朝食を摂りにレストランへ。

  


ソビエト懐古趣味の方々の期待を裏切らない「ソ食」でした・・・・(写真左から店内の様子、1日目、2日目の朝食)。

時間が有ったので、周辺を少し散歩しました。
ホテル前は大広場になっていて官公庁施設も有ります。
カンダラクシャ市は市創設から500年も経過しています。
ムルマンスク市より先輩です。
そして国家の肝いり現代化プロジェクト「Национальные проекты」が少しずつ入り、所々デザインアップされてますが、
室長のカーチャさん曰く「昔と全然変わってない」そうです。

   



中心地から少し離れると、このような感じです。
やはり「全然変わってない」?
たまに、プロジェクトの1つである壁画アートが見受けられます。
市近くにある白海はベルーガ(シロイルカ)の故郷とされているので、こんなかわいい壁画も登場。

   



市立図書館第3分室に移動し、まだ時間があったので、近くの海辺にも行ってみました。

  


水が透明です。この辺も、観光地にすべく海浜開発が進んでいます。

開始前の腹ごしらえ。分室近くのカフェで昼食。

  


シンプルでしたが、美味しかったです・・・・(写真左から店の外観、1日目、2日目の昼食)。
 

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さて14時になったので、写真展開催です。
初日と2日目にプレゼンテーションとして、「Мечтатель за той горой(あの山の向こうの夢想家)」を公開しました。
渡辺さんの生い立ちと軌跡などを30分弱に編集した、ドキュメンタリービデオです。
初日は平日なのにも拘らず、多くの方に来て頂きました。

 



その後は、日本文化を体験してもらうため、手芸教室、書道教室、着物着付け教室を開催。

手芸教室では、栞タイプの姉様人形を作りました。
特に子供達に受けて、最後のクリスタルシールで髪飾りするときが一番テンションが上がってました。

書道教室は、渡辺さんを表す漢字をいくつかピックアップし、毛筆を使って書きました。
ちょっと私の気合が入りすぎたようで、見本となる絵の背景画が凝ってしまいましたxxx。
でも皆さんも気合を入れて書いてくれました。

着付け教室も多くの人が体験されました。
いつも思いますが、ロシアの方は全てのサイズが大きく、特に手足が5~10cm長いです。
このため、日本の規格の着物を着せると、ツンツルテンの七分袖ぐらいになってしまいます。
通常の和服だとそれじゃアウトですが、その点浴衣は多少短くても構わないのでいいですね。
ロシア人のための浴衣を今度協会メンバーと作りますので、その点をしっかり反映させなくては。

   



カンダラクシャ市は、前回は渡辺さんの追悼サイクリングで訪れ、今回で2回目となります。
いろいろな市民の方と交流できてとてもよかったです。
でも仕事で慌しかったので、今度訪れるときは私用で十分な時間を割いて、いろいろな所を見て廻りたいです。


この記事は2月中旬に予告しました追悼行事「渡辺大剛・あれから10年」の詳細報告です。
これまでの記事は弊ブログの以下の記事をご一読ください。
Харухиса Ватанабэ - 10 лет (渡辺大剛・あれから10年)
故・渡辺大剛さんの慰霊碑の所在地とアクセス
 

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10周年追悼企画「渡辺大剛・あれから10年」プロジェクトは、6月から開始しました。

プロジェクト内容は、以下の3つでした。
写真展(生い立ち、世界七大陸最高峰挑戦などの未公開写真を含む30点)
ドキュメンタリービデオ公開(写真、旅日記、追悼サイクリング、目撃者情報などを盛り込んだ30分ビデオ)
日本文化紹介(書道、手工芸などの普及)

開催地・日程については、以下の3都市でリレー開催
2022年11月3日~11月18日 カンダラクシャ市(ムルマンスク州の中で事故地点から最も近い都市)
2022年11月25日~12月9日 オレネゴルスク市(2013年に開催した追悼サイクリングイベントで宿泊した都市)
2023年1月14日~1月31日 ムルマンスク市(最期の旅の終着点だった都市)
彼の命日である12月26日の開催は、避けました。
こちらでは12月中旬から1月初旬まで新年&クリスマス期間のため、関心が薄くなる理由です。

露のSNS「フコンタクテ」にも特設ページを作り、同SNS上にあるサイクリング、山岳、旅行、日本関連コミュニティにrepostしてもらえるように依頼しました。地元紙の「コムソモリスカヤ・プラウダ」「b-port」や地元サイト「Hibiny.com」などでも告知をしてもらえました。
▼特設ページのTOP画像


▼各メディアの関連記事
道の走破者の最期の旅(ロシア語) https://dzen.ru/a/X6PUWkejSBLO1GGi
悲劇から10年 ムルマンスク州で事故死した「日本のフョードル・コニュホフ」とは(ロシア語)
https://www.murmansk.kp.ru/online/news/5078682/

またムルマンスク市内だけではありますが、イベントに顔出して告知させてもらったりもしました。
写真は、9月27日の「世界ツーリズムの日」に青少年図書館で開催されたイベント「旅行者の日記」での告知の様子です。
通常だったら掴みはいいのですが、昨今の世界情勢のせいで日本は「アウェイ」なので、告知を聞いてくれた参加者の中には「坊主憎けりゃ袈裟まで」よろしく、筆者の方を明らかに睨んでいる方もいらっしゃいました。
おーこわ。
政治と文化は分けましょうね。しかも追悼行事じゃないですか。静かに平和に迎えましょう。



次回はカンダラクシャ開催のときの様子を報告します。