5月3日 火曜日
朝から メテオラを見物、周りは高さ数百メートルの断崖絶壁、どうしてこんなところに資材を運び上げ城壁を築けるのか、死者は出なかった のか、14世紀に建てたというから驚き。
午後からアテネに向かう。バスは最前列だったが、運転手が危なっかしい。渋滞に切れまくるし、運転しながら巻きタバコを作り吸う。携帯はイヤホンとはいえしょっちゅうしゃべる。今日はairbnb,アテネに着きオモニア駅に迎えに来てもらった。
5月4日
朝からパルテノン神殿に行く。ここは2001年、2007年に来て以来、3回目になる。入場料が一気に12ユーロから20ユーロに値上がりしていた。最新の電子版ガイドブックによると12ユーロになっていたから最近値上げしたに違いない。2人で5千円、値上げしていたのがわかっていたらちょっと出費を考える値段である。神殿の維持費を入場料でまかなおうということだろうが高すぎて辟易、僕自身、そんなに遺跡に関心 ないから、外から見るだけでも十分だったと思う。ただ使徒パウロがはるか昔、アレオパゴスの丘で宣教したことを思うと感慨深い。
途中で手話会衆の兄弟たちに会い、今日は手話会衆に参加すると伝える。実はアルバニアのティラナでイタリア語会衆に意図せずに参加したのだがその時に手話会衆の兄弟と短い時間交わりをもてた。イタリア語もアルバニア語も全くわからないので手話会衆に参加すれば良かったと思ったものである。そこで今回アテネでは手話会衆に参加することにする。曜日も水曜日でバッチリ。ところがKHに行くが全く手話会衆の兄弟たちが時間になっても見えない。掲示板を見てわかったが、今週は巡回訪問で火曜日が集会であったようである、非常に残念、「今日は集会で会いましょう」という約束はうまく通じていなかった。しかたがないからという訳ではないが、ギリシャ語会衆とアルバニア語会衆が同日に集会を開いていたのでアルバニア語会衆に参加する。実は今回の旅行、地元の言語で参加したのはルーマニアのブカレストだけであり、それ以外は全部外国語会衆に交わったことになる。
ロサンゼルス、ニューヨーク、パリでコリアン、ブカレストでルーマニア語、モルドバでロシア語、アルバニアでイタリア語、ギリシャでアルバニア語というわけである。
ここの会衆は日本の1980、1990年代のように子どもが多い。子どもはけっこう自由に動いていて笑ってしまう。
集会後、別のフロアのKHにいた若者が積極的に近づいてくれる。そして「Which church are you come from?」と尋ねてくる。🤔うーむ、これはわれわれのことを関心ある人と勘違いしていて、普段は何の宗教をしているのか、という質問なのか?「わたしはJWですよ」と答えると「もちろんわかっています」という返答。「われわれは旅行者なんです」と答えるとようやくわかってくれた。きっと、彼らはcongregationという単語がわからず、苦しまぎれに会衆をchurchといったことがわかった。
その後、2家族と食事に出かけアルバニア事情を尋ね理解を深めた。