アイザック・タイグレットにサイババによる最初の神秘体験が起こったのは子供の時です。
彼の先祖はスコットランドのバプティスト派(プロティスタント最大教派)の、それも極右の牧師でした。
タイグレットの先祖はアメリカに渡り、企業家として、銀行や鉄道で成功して名家となります。
彼が子供時代に通っていたのは 『アイザック・バートン・タイグレット』 と名の付いた学校でした。
町の大人たちは、誰もが有力者の息子である彼に媚び、見せかけの敬意を払い、特別扱いしていました。
しかし、子供は違いました。
そうしたことを快く思わず、彼をひそかに脅したり殴ったりして毎日いじめていました。
家に帰ってもそこに愛はなく、暴力的な圧力や、恐怖や死や崩壊が支配していました。そのため彼は子供のころからずっと 「自分は呪われているのだ」 と思っていました。彼が13歳の時、二つ下の弟が彼の腕の中で息を引き取ると、その思いはさらに強まっていきました。
そんなとき、彼に最初の神秘体験が起こります。
それは教会での出来事でした。
そこである説教師が
「世界中のヒンドゥ教徒たちは、キリストを信仰していないため、永遠に地獄の業火焼かれることになるであろう。世界中のイスラム教徒たちは、キリストを信仰していないため、永遠に地獄の業火焼かれることになるであろう。世界中のユダヤ教徒も、…カトリック教徒さえも、永遠の地獄の業火焼かれることになるであろう」 と熱弁をふるい始めたのです。
「なぜなら、イエスがそう言ったからだ!」 と。
しかしそれを聞いていた時、何かが彼の頭の中にやってきてこう告げたのです。
「イエスは、そんなことは言わなかった」
その声にタイグレットもまた 『そうだ、聖書のどこにもイエスがそんなことを言ったとは書いてない。なのに、説教師たちは、なぜそんなことが言えるのだろうか?』 と思いました。
彼は、それまで周りの人々によって押し付けられてきた、人為的で独断的な宗教に疑問を持ち、やがて別れを告げました。
アメリカで名家となった彼の家は、やがて没落し、両親は離婚し、彼は父親についてイギリスへ渡ることになりました。
イギリスに渡った彼はビスケット工場でビスケットの地をこねる少年として働き、1年半で600ポンド(当時のレートで約60万円)を貯め、その金で母親に車を買って贈ることにしました。
買ったのは、ロールスロイス社の1954年製シルヴァードーンです。
買値は、値切りに値切りぬいた結果、ちょうど600ポンドになりました。
タイグレットはその車をニューヨーク行きの船に乗せ、ニューヨークの港で車をおろしていると、一人の男が近づいてきて彼に声をかけました。
「それは1954年製のシルヴァードーンかい?」
彼が 「そうです」 と答えると、相手の男は 「私ならその車を3万ドルで買うよ」 と告げました。
3万ドルとは、当時のレートで1080万円です。
彼の脳裏には、母親のこと、その車を手に入れるためにしてきたこれまでの苦労が思い返されていました。
一瞬躊躇した後、彼は相手にこう告げました。
「この車はあなたのものです!」
彼はそのままイギリスへ引き返し、その資金を元手に車を5台買い、ニューヨーク行の船に乗せ、ニューヨークタイムズに新聞広告を載せました。
車は、ニューヨークに着く前に完売していました。
彼は再びイギリスに引き返し、18台の車を購入し、それをニューヨークに運び、完売します。
その好景気は9か月後に突然終わることになりますが、その荒波に飲み込まれることなく、幸運にも彼の手元には50万ドル(約一億八百万円)の利益が残りました。
その時、彼はまだ18歳でした。
タイグレットは、あの時教会で「イエスはそんなことを言わなかった」という声を聞いて以降、人生のあらゆる場面でその声の主の加護を感じていました。
突然大金を得た彼の生活はヒッピー文化が猛威を振るうイギリスの世相の中で、麻薬中毒患者と言っていいような退廃したものになっていきましたが、それでも仕事だけは成功し続けました。
そんな中、1971年6月、ロンドンに『ハードロックカフェ』をオープンします。
開店の夜、彼の店の一方にはビートルズが座り、もう一方のエリアにはローリングストーンズが座っていました。さらに、その向こうの席には、レッドツェッペリンと一緒にエリック・クラプトンが座っていました。
そして『ハードロックカフェ』は、その時代の音楽シーンの象徴になっていきました。
そんな乱れた日々の中に生きていたときも常に、彼は、誰かが自分に『私はあなたを待っています! 私はあなたを待っています!』と呼び掛けているような気がし続けていましたが、彼にはそれが何を意味するのかが分かりませんでした。
そんな日々の中で彼は次第に東洋に、特にインドに引き寄せられていきました。
そして1974年、彼は半年の休暇を取り、インドへ渡って自分を呼んでいる声の主を探すことにしました。
彼は自分に呼び掛けているのかもしれない霊性の師たち、評判のヨーギたちを求めて、インド全域を探し回りました。しかし、半年だった休暇を九か月に伸ばして探し続けても、結局探し出すことは出来ませんでした。
彼は声の主を探すのをあきらめ、インドを離れる決意をしました。
帰国の準備をしていたある日、デーリーで知り合った家族が 「あまり知られていないけど、バンガロール近郊に凄いグルがいるらしい」 という情報を持ってきてくれましたが、その時の彼にはもはやその手の話に期待はなくなっていました。
もはや9か月間延長してきた休暇を、これ以上延長してインドに居続けることはできなくなっていたのです。そう考えて、帰国して片づけなければならない仕事のことを考えながらホテルで食事をとろうとしていた時のことでした。彼の耳に『私はあなたを待っています』という、あの聞き覚えのある声が聞こえてきたのです。
声のした方を見ると、そこにあったのは壁に飾られていたサイババの写真でした。
そして、その写真を目にした瞬間に、彼には、自分が探し求めていたのはその写真の人物だとハッキリと分かったのです。
彼は帰国を取りやめ、そのままサイババのアシュラムへと向かいました。
その頃のインドにおいてサイババの存在はまだほとんど知られておらず、アシュラムで彼を取り巻いていた人々の数もわずか200人程度でした。
サイババのアシュラムに辿り着いた時のタイグレットはサングラスをかけ、頭にはヒッピー風のヘアバンドをまいたまま、人々の後ろで建物の壁に寄りかかてサイババが建物から出てくるのを待っていました。
ほどなくして姿を現したサイババは、待ち受けていた数百人の群衆を迷いもなくかき分けて彼に歩み寄ると「よく来ましたね」と声をかけたのです。
そしてこう続けました。
「私はずっとあなたを待っていました。私たちにはやるべき仕事がたくさんあります。あなたはここで待っていなさい」
そして、手のひらを下に向けてくるくると回してヴィブーティを物質化して与えた後、その場を何事もなかったかのように立ち去って行ったのです。
サイババをある程度深く知っている帰依者なら誰でもわかることですが、サイババの言葉には、私たちには計り知れない意味が隠されています。
それをその場で知ることはできませんが、後になってその言葉の重みを思い知ることになります。
彼がその時かけられた最後の言葉は 「私たちにはやるべき仕事がたくさんあります。あなたはここで待っていなさい!」でした。
皆さんはタイグレットがこの言葉を聞いた後、どれほどの時間を待たされたたか想像がつくでしょうか?
タイグレットはその瞬間から、15年という歳月を、サイババから二度と言葉をかけてもらえず、一瞥も与えられないまま、再び声をかけてくれるまでただ一人で待ち続けねければなかったのです。
その後タイグレットは毎年、忙しい仕事の合間を縫って、時間の許す限り、イギリスからサイババのアシュラムに通い続けました。
年に2~3回、時には二週間、時には一か月と滞在しながら。
しか、サイババは、1974年に一度だけ声をかけて以来、その後の15年間にわたって彼を完全に無視し続け、二度と声をかけなかったばかりでなく、目を合わせることさえしてくれなくなったのです。
それがもし、彼が再び声をかけられた1989年以降の話なら分かります。その頃はすでに、サイババの信者は膨大な数に膨れ上がっていて、彼の周りには常時1万人近い人々が押し寄せていたからです。
しかし、タイグレットがサイババのアシュラムを頻繁に訪れていたのは、まだ200人程度の人しか取り巻いておらず、信者たちの誰もが親密にサイババと接することができていた、サイババを知る者にとっては神話のような蜜月の時代なのです。
信者の数が少なかった分、サイババとの関係は親密でも、そこでの生活は過酷なものでした。
特に西洋人にとっては。
そこは、車でたどり着くことができる道さえ通っていない、コブラやサソリのうろつく灼熱の南インドの、西洋人にとってみれば『地の果て』のような場所だったのです。
その当時、まともな宿泊施設はおろか、トイレさえありませんでした。
当然、西洋人が飲めるような水もありません。
その頃にそこに導かれた西洋人はわずかでしたが、誰もが常に命にかかわるほどに体を壊していて、20キロから30キロ体重が減っってしまう人はざらにいたと言われています。
以下に貼り付けている動画の中の10:32と23:21あたりに、その頃のサイババのアシュラムで生活したことのある西洋人が「まるで地獄のようだった」と語っているインタビューがあります。
サイババのアシュラムの中はサイババの許可を得た撮影隊以外撮影禁止なので、マンディール以外の部分はyoutubeにもほとんどアップされていませんが、これには(25年以上前のアシュラムの様子ですが)かなり詳しく紹介されていて、貴重なものです。アシュラム内の施設や、生活空間の映像や、著名な西洋人帰依者の個人インタビューなどで構成されています。インタビューは前半と後半の二部構成になっています。サイババの団体による公式な動画です。
そんな場所にタイグレットは通い続けたのです。
普通であれば、そんな人間を15年間も無視続けることのできる人間などいません。
そしてまた、15年間もそこへ通い続けることのできる人間もいません
そんな地に、なぜアタイグレットは15年間も通い続けたのでしょうか。
彼は言います。
「最初の2~3回の訪問で、私には、サイババに声をかけてもらう必要はなくなっていた。なぜなら私には、そのときすでに、彼が何者であるかがはっきりとわかっていたからです」
彼が最初にサイババのアシュラムを訪れた翌年、彼は事業を世界展開していたアメリカで 『サイババが何者であるか?』 を決定づけるような体験をしています。
そのころの彼の周りには薬物常習者で溢れていました。
彼もまたその日、ロサンゼルスで開かれていた大きなパーティに出席し、ありとあらゆる薬を使っていました。
そこはそうした人々の集まりだったからです。
午前3時、彼は使用した薬物で完全な酩酊状態に陥ったまま、会場を抜け出し、自宅があるマリブの海岸まで車を走らせました。
車はポルシェタルガで天窓を開け放ったまま、もちろんシートベルトもしていませんでした。
酩酊はしていても、通いなれた走りやすい道でもあり、車は時速100キロを超えたスピードで軽快に走り続け、マリブ渓谷に差し掛かりました。
そこで彼はアクセルを踏み込み、ハンドルを握ったまま眠りに落ちてしまったのです。
車はあっという間に道路をはみ出し、ガードレールを突き破って崖下へと転落していきました。彼が意識を取り戻したとき、彼の乗ったポルシェは、崖にぶつかり大破しながら斜面を転がり落ちているところでした。彼はそんな状況のなかで、自分の肩が何かに掴まれているような感覚を覚え、助手席を見ました。するとそこには、彼の肩に手をまわして彼を抱きかかえるかのようにして座っているサイババの姿があったのです。
何かの信じがたい力が自分を覆い尽くしているような感覚の中で、車は崖下にまっすぐタイヤから着地しました。
その間彼は、恐怖ではなく、サイババの存在だけを感じていました。
奇跡的に車は爆発しませんでしたが、車の前方は完全に壊れ、フロントガラスはぺしゃんこになり、天井にあったはずのロールバーは彼の肩の下で折れ曲がっていました。エンジンもドアも大破して車体から剥がれ落ちていました。
しかし彼だけはかすり傷ひとつない、全くの無傷だったのです。
そのあと彼が何をしたかというと、大破し、なかば潰れている車から自力で這い出すとそのまま空港に向かったのです。サイババのアシュラムへ行き、サイババに 「一言お礼を言うために」 です。
サイババのアシュラムに駆け付けた彼にサイババはどうしたかというと、何の関心も示さず、ただ無視したのです。
彼ほど徹底的に、誰の目にも分りいやすい形でサイババに無視された信者はいませんが、似たような試練にさらされた人間は大勢います。
そうした人々にサイババはこう言っています。
「視線を向けないからと言って、私があなたに気づいていないと思うのか? 誰かを避けるのは、目を向けている人間より、その人物にはっきりと気づきているからだ。あなたがそこにいることに気づいていなければ、どうして避けることができようか」
ではなぜそうした扱いをするのかについてはこう述べています。
「普段私は穏やかに話しているが、鍛錬については決して譲歩せず、徹底して従わせる。あなた方の段階に合わせて手加減するようなことはしない。そんなことをすれば、あなた方をダメにするからだ。私はあなた方の最上のものに注目しているのだ」
そうした扱いに耐え切れず、去っていく者や、アンチとなって誹謗中傷をし始める人々もいます。
そしてそうした人々についてはこう語っています。
「私はあなたがたを見放しません、たとえあなたがたが私を見放したとしても。私はすべての人のために来たのです。私を拒否する人を見捨てる考えは、私の中にはありません」
「あらゆる人間の眠れる神性を目覚めさせるために、神のエネルギーの総体が、サティヤ・サイとして人類にやってきました。私はあなた方を見捨てません。私はあなた方を助け、寄り添い、運ぶためにやってきたのです」
そして、世界中から自分の下に集まってくる人々にはこう言います。
「私はあなた方の信仰が欲しいのではありません。あなた方の変容が欲しいのです。あなたがたはケーキのようなものです。あなた方が、私により近く、より親しいほど、焼かれる機会はより大きくなります。私はかき混ぜ、捏ね、打ち付け、ねじり、焼きます。私はあなたを作り変え、変容させるためにやって来たのです」
タイグレットは、そうした究極の飴と鞭のような扱いの中、学ぶものを学び、変容していきます。それは究極の苦行でありヨーガでした。
サイババに無視され続けた日々の中で、彼は手に入る限りのサイババの教え、サイババについて書かれた本を手に入れ、熟読しました。
そして、世界中の『ハードロックカフェ』の店頭に巨大なサイババの写真を飾り、何百万というTシャツ、帽子、ボタン、バッジに、サイババが人々に与えた標語である
『LOVE ALL , SERVE ALL(すべての人を愛し、すべての人に仕えなさい)』
『HELP EVRE , HURT NEVRE(常に助け、決して傷つけない)』
という言葉をプリントしました。
そしてついに、15年に及んだサイババの課した試練が終わる日が来ます。
その日彼は、彼の仲間たちと一緒にインタビューに呼ばれ、幾つかの質疑応答があった後、個別のインタビュールームに連れていかれ、サイババから「何か質問はありますか?」と尋ねられました。
彼は素直に「はい」と答え 「なぜ私は、あなたに会うまでに15年も待たなければならなかったのですか?」 と尋ねます。
サイババは 「大きなエゴのせいです!」 と答えました。
彼はその瞬間 「わかりました! 理解できました!」 と答えました。
そして実際に彼はその瞬間に、サイババのメッセージのすべてを理解し、素晴らしく幸せな気分に包まれたと語っています。
サイババはそんなタイグレットに 「ほかに何か質問はありますか?」 と声をかけ、彼はどうしても聞きたかったことを尋ねました。
「私はどうして、愛情がなく、暴力的で、死、崩壊、恐怖に満ちた家庭に生まれたのでしょう? 何故なのでしょう?」
「私は子供のころからずっと、罪悪感と恐怖を背負って生きてきました。そうした自分の人生が、呪われたものであると確信しながら生きてきました。でもそれはいったいなぜだったのでしょう」
そんなタイグレットをサイババは愛に満ちた眼差しで見つめながら、こう答えました。
「それは、あなたの心を柔らかなものにするためです」
サイババの答えを聞いたとき、彼の中で、それまで自分を苦しめてきたもののすべてが、自分を変容させ、神がその手で救済するための恩寵だとわかって、自分を苦しめてきた罪悪感と恐怖のすべてが消え去っていきました。
彼は薬物とも、それ以前に付き合っていた人たちとの縁も断ち切って、神とともに歩む人生への道を探し始めました。
サイババはそのチャンスを与え、タイグレットはその恩寵に応えるために、世界中に展開していたハードロックカフェの権利を手放し、それで得た一億八千万ドルを使いサイババの巨大病院を建設することにします。
その病院建設に関するミーティングの席上で、サイババは、その場に居合わせた人々の注目を自分に集めた後、こう告げました。
「タイグレット! 私はあなたの命を一度救ったことがありますね。そうでしたか?」
それに対して、アイザック・タイグレットは 「はい、スワミ。その通りです!」 と答えました。
会場から拍手が沸き起こると、サイババは対グレットの耳元に口を寄せて 「他にも何度かね」 と、いたずらっぽくささやき、ウインクをして見せたのです。
実際彼は、かつて誤った生き方をし、薬物中毒で生死をさまよっていたとき、サイババが何度も自分の前に現れ、命を救ってくれたのを感じた経験を持っていました。
そしてその他にも、自分が事業を拡大し、疲労困憊していたときに、スワミはいつも助けてくれる人を差し向けてくれたと感じる体験持っていました。
そのため彼は、ずっと前から秘かに、自分の事業は人類に奉仕し、何かを残すためのものだと固く心に誓っていたのでした。
『ハードロックカフェ』 のすべてを手放し、サイババの巨大な病院を建てたことによって彼が手に入れたのは、エアコン一つ、断水しないまともな水道一つ無い質素な部屋をあてがわれて暮す、サイババのアシュラムでの生活です。そこにはパーティも、酒やたばこも、肉や魚や卵を使った普通の料理さえ存在しません。
しかし、アイザックにとってはそれで十分でした。
なぜならそこには、サイババがおられたからです。
もはや彼にとって、サイババ以外に価値を持つものは存在しなくなっていたからです。
しかし、サイババは言います。
「普段私は穏やかに話してますが、鍛錬については決して譲歩せず、徹底して従わせます。あなた方の段階に合わせて手加減するようなことはしません。そんなことをすれば、あなた方をダメにするからです」
つまり、その人にさらなる成長の余地がある限り、サイババの与える試練から逃れることはできないということなのです。この問題の根底にあるのは《カルマの法則》の「過去に犯した罪や間違いの報いは、その後どれ程善行を積み重ね、徳を積んだとしても、ゼロにはならない」という問題ともつながっています。
だからこそ、すべての宗教の聖典や経典は、「決して罪に手を染めるな、常に善をなせ」と教えているのです。
アイザック・タイグレットの天国のような生活は、二度目のインタビューを与えられた日から20年間続きました。
しかし、2009年、突如として終わりました。
その日アイザックは、サイババに呼び出されこう告げれれます。
「(ここを出て、テキサスのダラスに住んでいる)娘に会いに行きなさい!」
彼は驚いて「スワミ、私は行きたくありません。あなたはここで、心の平安という素晴らしいものを下さいました。私はそれを失いたくありません」
「私は弱い弱い人間なのです。これ以上、俗世間の一部にはなりたくないのです。私はここに、あなたと共にいます。どうか『残りの人生をここで過ごしなさい!』 と言ってください。あなたがこの世を去られる瞬間まで、私はここにいます」と懇願しました
彼は涙ながらにそう頼みましたが、それが彼の魂をさらなる高みへと成長させるための導きである以上、そうした泣き言をサイババが聞くことはありません。
サイババは、そんな彼に向かって 「行くのだ!」 と強い口調で命じたのです。
彼は 「わかりました」 と告げその場を去りました。そして、落ち込み苦しみました。
彼は、その時、サイババの帰依者でいることによって得ていたものを、すべて失ってしまったと感じていました。
(これがどれほど絶望的なものかを、私は私なりに理解することができます。私もそれと同じような経験を、彼と同じプッタパルティのアシュラムで経験したことがあるからです。サイババを知ったことによって手に入れたもののすべてを、失ってしまったと感じさせられる、絶望しかない経験です)
彼は、落ち込んで泣きました。
彼は部屋に閉じこもり、ダルシャン(サイババの姿を拝謁すること)に行くことも拒否して、一人親に見捨てられた子供のように泣き続けていました。
そんな彼のもとに 「『タイグレットはどこだ?』 とスワミが探しておられます」 という知らせが届きました。
彼は渋々、サイババのもとに向かいます。
彼はその瞬間まで、一晩中サイババに祈っていました。
「どうか私に心の平安を返して下さい! ほんのちょっとでいいので、どうか私を認めて(承認の印を)ください! 私があなたを見上げるとき、あなたに私を見ていただきたいのです! そして、私を認めるその瞬間に、心の平安を返してください!」
彼がダルシャン会場に座っていると、サイババは、すぐそばまで来られましたが、30数年前に経験したあの日々と同じように、彼に一瞥も与えずに立ち去って行かれました。
しかし彼はその瞬間にサイババの言葉をはっきりと聞いていました。
サイババは彼にこう告げていたのです。
「(私の)承認ではなく (自らの中に眠っている)叡知を求めなさい!」
そしてその言葉が、彼への励ましであり、導きであることも感じ取っていました。
その言葉によって、彼はすべてを悟り、ダラスへと旅立っていきます。
サイババが逝去したのは、その二年後のことです。
みんな幸せになりますように。
サイラム<(_ _)>