馬医”5話。
どうか...こいつを助けて下さい...!!
クァンヒョンを探し続けるインジュは牧場にやって来たが牧場主は子供はここで生まれた奴しかいないと答える。馬(ヨンダル)に轢かれたソンハはチニョンが呼びかけても反応しない。クァンヒョンは急いで牧場主に知らせに行った。人々が集まっているのを見たインジュはソンハの応急処置を始め、その様子を見たチニョンはすっかり魅了される。
ソンハが轢かれたと聞いたミョンファンは慌てて現場に向かうが、ミョンファンの声がした途端インジュは驚いて身を隠してしまう。ミョンファンはチニョンから内医院{ネイウォン}の医女が応急処置をしたと聞いてその処置に関心し、気を失ったままのソンハを典医監{チョニガム}へ運ばせる(ソンハは王族じゃないのでミョンファンが所属する内医院では治療できない)。遠くからそれを見つめるインジュ。
頭に来たチョンドゥは牧場主のところへ行き馬をひいていた子供(クァンヒョン)と馬医はどこかと聞く。厩舎に来たチョンドゥはクァンヒョンがいないことを知るとヨンダルを刀で切ってしまい、馬医のキベとチャボンを連行する。これを隠れて見ていたクァンヒョンは傷を負って血だらけになったヨンダルを生かすために自分を助けてくれた男(舎岩{サアム}道人)がいる洞窟小屋へ連れて行こうとする...

馬医3話。
暴漢たちとミョンファンの手下カン・ジョンドゥから逃げるクァンヒョンとヨンダル。
鍼で人を殺す場面を直接目撃したクァンヒョンとヨンダル。ヨンダルが驚く声をあげたので二人は暴漢たちから追われ、二人は川の中へ飛び込むが泳げないヨンダルは気を失う。そこでクァンヒョンが口から息を吹き入れるとヨンダルは息を吹き返すが女みたいな話し方をするのでクァンヒョンがお前は女の子かと聞くとヨンダルは秘密にしておいて欲しいと頼む。
暴漢の倉庫に戻ってきたミョンファンはわらじとふろしき包みを見て子供たちが最初からすべてのことを見たことに気づく。子供たちを逃したというとチョンドゥが暴漢を殴るが、ミョンファンは興奮する必要はないと言う。ミョンファンの顔も見たし、人が死ぬのも見たと...それならその子供たちがどうするかは明らかでないかとする。
案の定クァンヒョンとヨンダルは捕盗庁{ポドチョン}へ行くが、クァンヒョンは軍官に熱心に説明するのにヨンダルは頭を下げるだけで何の話もしない。クァンヒョンが鍼で人を殺したのを見たというが、話にならないと追い返されてしまう。ただ話を聞いた軍官の1人がず っとヨンダルを疑わしく見つめて、どこかで見たことのある顔のようだが思い出せずにいる...
馬医2話。
僕も一緒に行きます師匠。僕も連れて行ってください!
トジュンの子供を連れて逃げようとするインジュ。しかし既に官軍がトジュンの家の前庭にまで押し寄せてきて赤子を取り上げ殺そうとするが、その時突然現れたソックが「カン・ドジュンの子供は男の子ではなく女の子だ」と言うので、確認してみると赤子は本当に女の子だった。
インジュが部屋を離れた隙にソックが密かに自分の子供とトジュンの子供をすり替えたものだった。胸が張り裂けるように痛いが、トジュンのおかげで生まれることができた自分の娘とトジュンの子供を変えたソックは、そうしてでもトジュンに恩を返さなければならないと考えたのだった。
そしてソックはトジュンの息子を連れてどこか遠くに行くことにし、インジュはトジュンの子供に既にトジュンが決めていた"輝く光、眩しい炫"で"光炫{クァンヒョン}"という名前をつけてほしいと頼む。
またソックの娘は楊州{ヤンジュ}の官衙に官婢として送られた。
そしてインジュも権力にまみれた宮中にいたたまれなくなり 内医院{ネイウォン}を去っていった...
逆転した二人の子供の運命。そして時が流れて...
馬医1話
私たち三人はそうして初めて会った...
牧場で暴れる馬を瞬時に制圧するイ・ミョンファン。牧場を訪れたカン・ドジュンは馬をすぐに治療する馬医たちを見て、卑しい身分の馬医も命を救うことは同じだと馬医のきらびやかな医術に感心している。
馬医の息子ミョンファンは脈をつかむこともせず患者の病気が分かり、これに感心した医員はミョンファンを養子にする。
トジュンとミョンファンは同時に典医監{チョニガム}に入学することになって、二人は塀を超えて書庫に行って珍しい医書を一緒に読んで友情を築いてゆく。
大提学{テチェハク}*1の長男で班家出身にもかかわらず典医監に入学したトジュン、卑しい身分の馬医の子ミョンファン、書庫で出会った内医院{ネイウォン}の鍼の鬼と呼ばれるチャン・インジュの三人は医学に対する情熱で身分や性別を超えた友情を積み上げ、トジュンとミョンファンはそれぞれ優秀な成績で内医院の医官の試験に合格する。
“馬医”偉大な功績。
身分の低い“馬医”から“御医”になったペク・グァンヒョン…ドラマよりドラマチックな人生
韓国で19日に放送されたMBC月火ドラマ「馬医」(演出:イ・ビョンフン、チェ・ジョンギュ、脚本:キム・イヨン)でペク・グァンヒョン(チョ・スンウ)がいよいよ御医(オイ:王の主治医)になった。
劇中で顕宗(ハン・サンジン)は、小腸や大腸の中に膿が生じ、お腹が痛くなるという重病にかかり、生死が問われる状況になった。その中ですべての医者は治療が難しいと判断し、宮廷内の雰囲気は喪家のように変わっていった。
そんな中ペク・グァンヒョンが開腹術、つまり腹を切る手術をして顕宗を救うと宣言し、再び反対意見にぶつかった。今回は臣下らの反対はもちろん、反逆だと中傷までされるが、結局ペク・グァンヒョンの手術は成功し、その功績が認められ御医になったのだ。
ドラマ「馬医」でペク・グァンヒョンは、物語の序盤から数々の危機を乗り越えてきた。身分の入れ替えで馬医になり、馬医出身だという理由だけであらゆるところから冷遇されたことはもちろん、命を狙われることも多かった。そんな厳しい時間を生まれつきの才能と努力、そしてたくさんの人々の支えで乗り越えてきた。
ところで、ドラマはさておき、実在した人物のペク・グァンヒョンはどのようにして御医になったのだろうか? 記録によると、彼はドラマ同様に馬医出身で、独学で医術を身につけたという。最初は馬の病気を治していたが、彼の鍼治療が人にも効果があったため転業し、名声を得て内医院の医官になったと記録されている。その後、彼は顕宗と孝宗(ヒョジョン)の王妃、仁宣王后などを治療し、やがて顕宗の病気を完治させ、御医になったという。
身分が変わったという設定やあらゆる危機を乗り越えていく過程、そしてカン・ジニョン(イ・ヨウォン)とのラブストーリーは、すべてドラマとしてのフィクションである。
当時、朝鮮は身分制度が厳しい社会だった。賤民が自分の能力を発揮することは、実に難しかった。実際にドラマで描かれたことよりも、さらに厳しかっただろう。ドラマだからこそペク・グァンヒョンには危機と同時にチャンスも与えられ、彼の身分を全く考慮せず彼を助けるコ・ジュマン(イ・スンジェ)のような師匠もいたのだ。
実際にペク・グァンヒョンが御医になることはさらに難しかったと見られる。もちろん、史料に詳しい記録が残っていないため、ドラマのように命が狙われるなどの危機を経験したのかは分からないが、当時の士大夫の偏見を破ることは本当に簡単ではなかったはずだ。
朝鮮後期の作家であるチョン・レギョや、朝鮮末期の記者チャン・ジヨンは、「腫れ物を切開したりと、傷口を切って治療する方法は、ペク太医、つまりペク・グァンヒョンから始まった」と書いた。これを見れば、実際にペク・グァンヒョンは自分の天才的な能力で馬医という低い身分から、御医にまでなったと推測できる。
卑しい馬医から医員としては最高の光栄だと言える御医になったペク・グァンヒョン。彼の人生そのものが本当にドラマチックだと言わざるを得ない。ひょっとすると彼は、実際にドラマよりさらに険しい人生を生きたのかもしれない。

“馬医”NHK放送へ。
韓国ドラマ「馬医」 NHKで年内放送へ
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ドラマ出演陣ら=(聯合ニュース) 韓国MBCで放送中のドラマ「馬医」(原題)が、日本のNHKで放送される。
「馬医」の広報担当会社が8日、明らかにした。NHKは年内に放送を開始する予定だ。同局が放送中のドラマを買い付け、放送するのは異例という。
同ドラマは香港やフィリピン、トルコ、ミャンマー、台湾などにも販売された。
制作会社側は「アジアではイ・ビョンフン監督の時代劇が高く支持されている」と説明した。同監督は人気ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」「トンイ」「イ・サン」なども手掛けた。
「馬医」はチョ・スンウ、イ・ヨウォンが主演。韓国では今月末に最終回を迎える。

“馬医”にハラハラ。
朝鮮末期顯宗{ヒョンジョン}の時代、朝鮮最初の漢方外科医として独歩的なでき物治療で"神医"という呼称を得た医官ペク・グァンヒョン(白光炫1625~1697)の波乱万丈な生涯と奥深き医学世界をドラマで構成する。
賎民の身分で馬医から出発して獣医師として名声を得て続けて内医院{ネイウォン}*1の医官になって御医{オウィ}*2になって、韓方医学界に史上初めて"韓方の外科的施術"という新しい分野を切り開いて天下に名を知らした鍼医ペク・グァンヒョン!
貧しい国民らのために70年の生涯を献身的な医術を広げた神医ペク・グァンヒョン!
獣医師から始まった彼の波瀾万丈で立志伝的な医術人生と彼が一生追求した医術ヒューマニズムは冷酷で世知辛い今日の医療界の現実にこの上なく大きい警鐘を抱かせるだろう。
人の病気の治療を扱ったドラマ"ホ・ジュン"や"チャングムの誓い"とは異なり家畜の病気を扱った獣医学の世界では、特に"馬医"で始まるペク・グァンヒョンの序盤の医学の世界では、人間の病気の治療とは全く異なる新しい内容を示す。
またこのドラマで製作陣は生死を行き来する"強烈な劇的効果"と"医術を通じたヒューマニズムの追求"という医学ドラマの純粋機能を極大化させ、視聴者には様々な健康情報を提供しながら興味のあるドラマとして視聴吸引力も高める。
医学関連素材に加えて、本ドラマは朝鮮時代のもう一つの風景が新しい見どころとして提供される。
朝鮮時代風俗文化の花と呼ばれた別監{ピョルガム}たちの世界をはじめ、朝鮮時代の離婚と再婚、王も訪ねてきて食事を楽しんだ漢陽{ハニャン}一番のレストラン"武橋湯飯"{ムギョタンパン}などを再現して視聴者たちに今日と似ていながらも他の朝鮮の風変わりな風景をのぞく楽しみを提供しようとする。
馬医司僕{マウィサボク}とは
朝鮮時代司僕寺{サボクシ}に属していた獣医。
司僕寺は宮中の乗輿・馬匹などの事務を受け持つ官庁だが、朝鮮時代の司僕寺官員は堂下官{タンハグァン}である正{ジョン}(正三品) 1人と副正{プジョン}(従三品) 1人、僉正{チョムジョン}(従四品) 1人、判官{パングァン}(従五品) 1人、主簿{チュブ}(従六品)2人を置いた。
また、司僕寺に所属した技能職官員は馬医10人をはじめとして安驥{アンギ}(従六品) 1人、調驥{チョギ}(従七品) 1人、理驥{イギ}(従八品) 1人、保驥{ポギ}(従九品) 1人と牽馬陪{キョンマベ}10人などを置いた。
車馬と養馬に関する業務を受け持った司僕寺は諮問機関で提調{チェジョ}2人を置き、兵曹{ピョンジョ}とともに馬医の選抜任用を主管した。
司僕寺は車と馬など軍事と関連したことを管轄したので兵曹の統制を受けた。
兵曹で司僕寺提調とともに馬医書の一つの《安驥集》{アンギジブ}の講読試験を実施して馬医を選抜した。
ペク・グァンヒョン(白光炫)とは
朝鮮末期の御医。初めは馬の病気を治す馬医だったが、人のでき物も鍼で裂いて治療する外科的治療法を開発して多くの患者を完治した。
本貫は林川{イムチョン}であり、字は叔微{スクミ}である。独学で鍼術を習って初めには馬の病気を治した。
鍼術で馬の病気を治めるのに自信を持つと、人のでき物も鍼で裂いて毒を除く手術をしてみて、効能を得た人が多かった。
その後馬医であるのに人のでき物を治療する医員に専念して豊富な臨床経験を積んだ。
毒気が強くて根元が深い悪性のでき物で死んでいく患者を生かすと人々から神医と呼ばれた。
たとえ医科榜目*3には載ることができなかったが、優れたでき物治療術で顯宗の時代治腫の教授で内医院医官を兼ねた。
また、顯宗の首にできた大きいでき物と孝宗{ヒョジョン}妃である仁宣王后{インソンワンフ}の足首にはれ上がった炎症、肅宗{スクチョン}ののどのでき物とヘソのでき物などを治療した。
1670年顯宗の病気を完治したことで他の医員とともに品階がより増したし、ついに御医に上がった。
1683(肅宗9)年康翎県監{カンリョンヒョンガム}(従六品)に任命され、引き続き抱川県監{ポチョンヒョンガム}に移された。
1691年には知中樞府事{チジュンチュブサ}(正二品)になったし、翌年崇祿大夫{スンロクテブ}(従一品)に上がった。
張志淵{チャン・ジヨン}が「我が国で皮膚を裂いて治療する方法は白太医(白御医)から始まった」というように、鍼で手術する外科的治療術の元祖ということができる。(1625~1697年)
賎民の身分で馬医から出発して獣医師として名声を得て続けて内医院{ネイウォン}*1の医官になって御医{オウィ}*2になって、韓方医学界に史上初めて"韓方の外科的施術"という新しい分野を切り開いて天下に名を知らした鍼医ペク・グァンヒョン!
貧しい国民らのために70年の生涯を献身的な医術を広げた神医ペク・グァンヒョン!
獣医師から始まった彼の波瀾万丈で立志伝的な医術人生と彼が一生追求した医術ヒューマニズムは冷酷で世知辛い今日の医療界の現実にこの上なく大きい警鐘を抱かせるだろう。
人の病気の治療を扱ったドラマ"ホ・ジュン"や"チャングムの誓い"とは異なり家畜の病気を扱った獣医学の世界では、特に"馬医"で始まるペク・グァンヒョンの序盤の医学の世界では、人間の病気の治療とは全く異なる新しい内容を示す。
またこのドラマで製作陣は生死を行き来する"強烈な劇的効果"と"医術を通じたヒューマニズムの追求"という医学ドラマの純粋機能を極大化させ、視聴者には様々な健康情報を提供しながら興味のあるドラマとして視聴吸引力も高める。
医学関連素材に加えて、本ドラマは朝鮮時代のもう一つの風景が新しい見どころとして提供される。
朝鮮時代風俗文化の花と呼ばれた別監{ピョルガム}たちの世界をはじめ、朝鮮時代の離婚と再婚、王も訪ねてきて食事を楽しんだ漢陽{ハニャン}一番のレストラン"武橋湯飯"{ムギョタンパン}などを再現して視聴者たちに今日と似ていながらも他の朝鮮の風変わりな風景をのぞく楽しみを提供しようとする。
馬医司僕{マウィサボク}とは
朝鮮時代司僕寺{サボクシ}に属していた獣医。
司僕寺は宮中の乗輿・馬匹などの事務を受け持つ官庁だが、朝鮮時代の司僕寺官員は堂下官{タンハグァン}である正{ジョン}(正三品) 1人と副正{プジョン}(従三品) 1人、僉正{チョムジョン}(従四品) 1人、判官{パングァン}(従五品) 1人、主簿{チュブ}(従六品)2人を置いた。
また、司僕寺に所属した技能職官員は馬医10人をはじめとして安驥{アンギ}(従六品) 1人、調驥{チョギ}(従七品) 1人、理驥{イギ}(従八品) 1人、保驥{ポギ}(従九品) 1人と牽馬陪{キョンマベ}10人などを置いた。
車馬と養馬に関する業務を受け持った司僕寺は諮問機関で提調{チェジョ}2人を置き、兵曹{ピョンジョ}とともに馬医の選抜任用を主管した。
司僕寺は車と馬など軍事と関連したことを管轄したので兵曹の統制を受けた。
兵曹で司僕寺提調とともに馬医書の一つの《安驥集》{アンギジブ}の講読試験を実施して馬医を選抜した。
ペク・グァンヒョン(白光炫)とは
朝鮮末期の御医。初めは馬の病気を治す馬医だったが、人のでき物も鍼で裂いて治療する外科的治療法を開発して多くの患者を完治した。
本貫は林川{イムチョン}であり、字は叔微{スクミ}である。独学で鍼術を習って初めには馬の病気を治した。
鍼術で馬の病気を治めるのに自信を持つと、人のでき物も鍼で裂いて毒を除く手術をしてみて、効能を得た人が多かった。
その後馬医であるのに人のでき物を治療する医員に専念して豊富な臨床経験を積んだ。
毒気が強くて根元が深い悪性のでき物で死んでいく患者を生かすと人々から神医と呼ばれた。
たとえ医科榜目*3には載ることができなかったが、優れたでき物治療術で顯宗の時代治腫の教授で内医院医官を兼ねた。
また、顯宗の首にできた大きいでき物と孝宗{ヒョジョン}妃である仁宣王后{インソンワンフ}の足首にはれ上がった炎症、肅宗{スクチョン}ののどのでき物とヘソのでき物などを治療した。
1670年顯宗の病気を完治したことで他の医員とともに品階がより増したし、ついに御医に上がった。
1683(肅宗9)年康翎県監{カンリョンヒョンガム}(従六品)に任命され、引き続き抱川県監{ポチョンヒョンガム}に移された。
1691年には知中樞府事{チジュンチュブサ}(正二品)になったし、翌年崇祿大夫{スンロクテブ}(従一品)に上がった。
張志淵{チャン・ジヨン}が「我が国で皮膚を裂いて治療する方法は白太医(白御医)から始まった」というように、鍼で手術する外科的治療術の元祖ということができる。(1625~1697年)
“馬医”がますます面白い。
韓国で19日に放送されたMBC月火ドラマ「馬医」(演出:イ・ビョンフン、チェ・ジョンギュ、脚本:キム・イヨン)でペク・グァンヒョン(チョ・スンウ)がいよいよ御医(オイ:王の主治医)になった。
劇中で顕宗(ハン・サンジン)は、小腸や大腸の中に膿が生じ、お腹が痛くなるという重病にかかり、生死が問われる状況になった。その中ですべての医者は治療が難しいと判断し、宮廷内の雰囲気は喪家のように変わっていった。
そんな中ペク・グァンヒョンが開腹術、つまり腹を切る手術をして顕宗を救うと宣言し、再び反対意見にぶつかった。今回は臣下らの反対はもちろん、反逆だと中傷までされるが、結局ペク・グァンヒョンの手術は成功し、その功績が認められ御医になったのだ。
ドラマ「馬医」でペク・グァンヒョンは、物語の序盤から数々の危機を乗り越えてきた。身分の入れ替えで馬医になり、馬医出身だという理由だけであらゆるところから冷遇されたことはもちろん、命を狙われることも多かった。そんな厳しい時間を生まれつきの才能と努力、そしてたくさんの人々の支えで乗り越えてきた。
ところで、ドラマはさておき、実在した人物のペク・グァンヒョンはどのようにして御医になったのだろうか? 記録によると、彼はドラマ同様に馬医出身で、独学で医術を身につけたという。最初は馬の病気を治していたが、彼の鍼治療が人にも効果があったため転業し、名声を得て内医院の医官になったと記録されている。その後、彼は顕宗と孝宗(ヒョジョン)の王妃、仁宣王后などを治療し、やがて顕宗の病気を完治させ、御医になったという。
身分が変わったという設定やあらゆる危機を乗り越えていく過程、そしてカン・ジニョン(イ・ヨウォン)とのラブストーリーは、すべてドラマとしてのフィクションである。
当時、朝鮮は身分制度が厳しい社会だった。賤民が自分の能力を発揮することは、実に難しかった。実際にドラマで描かれたことよりも、さらに厳しかっただろう。ドラマだからこそペク・グァンヒョンには危機と同時にチャンスも与えられ、彼の身分を全く考慮せず彼を助けるコ・ジュマン(イ・スンジェ)のような師匠もいたのだ。
実際にペク・グァンヒョンが御医になることはさらに難しかったと見られる。もちろん、史料に詳しい記録が残っていないため、ドラマのように命が狙われるなどの危機を経験したのかは分からないが、当時の士大夫の偏見を破ることは本当に簡単ではなかったはずだ。
朝鮮後期の作家であるチョン・レギョや、朝鮮末期の記者チャン・ジヨンは、「腫れ物を切開したりと、傷口を切って治療する方法は、ペク太医、つまりペク・グァンヒョンから始まった」と書いた。これを見れば、実際にペク・グァンヒョンは自分の天才的な能力で馬医という低い身分から、御医にまでなったと推測できる。
卑しい馬医から医員としては最高の光栄だと言える御医になったペク・グァンヒョン。彼の人生そのものが本当にドラマチックだと言わざるを得ない。ひょっとすると彼は、実際にドラマよりさらに険しい人生を生きたのかもしれない。

“馬医”はまる。
MBC月火ドラマ「馬医」(脚本:キム・イヨン、演出:イ・ビョンフン)に出演している女優イ・ヨウォン、ユソン、キム・ソウン、チョ・ボアたち4人の女優が笑う日は果たして来るのだろうか?
「馬医」でそれぞれカン・ジニョン、チャン・インジュ、スクフィ姫、ソ・ウンソ役を演じている4人の女優は現在波乱万丈な運命のせいで涙が枯れる日のない状況に置かれている。苦しい歳月に耐えながら鍛えられ、明るくてハツラツとした性格に強さまで備えたキャラクターだが、彼女たちを襲った試練は決して侮れるものではない。
そんな中、4人の女優が撮影の途中で見せた太陽のように明るい笑顔を集めた写真が公開され、注目されている。劇中では依然として運命が与えた試練によって常に涙を流しているが、撮影途中や待機時間には爽やかな笑顔を見せている姿が映っている。
制作会社のキム・ジョンハクプロダクションは「厳しい氷点下の冬の天気とハードな撮影スケジュールの中でも疲労回復の薬より爽やかな笑顔を見せる“馬医女(『馬医』に出演している女優たち)”によって撮影現場は幸せな雰囲気が続いている。『馬医』で重要な役を担当している女優たちがいつ笑顔を取り戻せるのか、期待してほしい」と伝えた。
前回の放送では自身の出生の秘密を全部知ることになったカン・ジニョンが自分の身分を失う危険があるにもかかわらず、愛するペク・グァンヒョンのため秘密を明かす姿が放送された。ペク・グァンヒョンと身分が変わったことで豊かな生活を享受してきたと思ったカン・ジニョンがペク・グァンヒョンの身分と家門を返す決心をしている中、この行動がどのような結果を招くのかなどを含めたこれからの展開に関心が高まっている。

“馬医”が面白い!
月火ドラマの視聴率の順位がまた変わった。
視聴率調査会社ニールセン・コリアの集計結果によると、韓国で11日に放送されたMBC月火ドラマ「馬医」は、視聴率18.8%(以下、全国基準)を記録した。5日に記録した視聴率18.5%より0.3%上昇した数値で、同時間帯1位となった。
SBSの月火ドラマ「野王」は視聴率18.5%を記録し、5日に記録した視聴率18.6%より0.1%小幅下落し、「馬医」に1位の座を譲った。2作の視聴率の差はわずか0.3%で、追いつ追われつの視聴率競争を繰り広げている。
一方、KBS 2TV月火ドラマ「広告の天才イ・テベク」は、視聴率低迷が続いている。「広告の天才イ・テベク」の視聴率は3.5%で、5日に記録した視聴率4.2%より0.7%下落し、月火ドラマの最下位から抜け出せずにいる。
