冬の富士見公園(2)
三森至樹
一方同じ公園の別の一角には、もう一本別の桜の木がある。
こちらの方はまだある。しかし、あるとは言っても、この桜の木はもう生きてはいない。死んでいて枯死しているのだ。
この桜の木は数年前から、枯死した状態のまま、ロープが張り巡らされて、立ち入り禁止になっている。
二年前の春には、この立ち枯れた桜の木と、もう一方の爛漫と花を咲かせている桜の木とは、とても対照的だと思われた。枯死した桜の木には誰も近づかないのに、もう一方の桜のそばにはたくさんの花見の人たちが集っていた。
この様子から私は、「枯れた桜の木」という文章を書いて、ブログに載せたのだった。それが二年前のことだった。
しかし、今この公園には、一方では、枯死してもはや花も咲かないのに、形だけはまだ木の姿を保っている、桜の木の残骸が立っていて、他方の一角では、切り倒されて無残な切り株だけになった桜の木と、二本の桜の木がある。いずれにしても、これらの桜は、春を迎えてももう花を咲かせることはない。
これらの二本の桜の木がたどった運命を思うと、この世界の万物を覆う運命の転変の無常さと、残酷さとを思わずにはいられない。そんな風に感じるのも、もしかしたら、この富士見公園の、冬の風景の寒々しさのせいかもしれない。