奨励「追い求めて得たものは」

    

 三森至樹

 

 ルターが晩年、死の直前に「我々は神の乞食だ」と言ったそうです。つまり我々人間は、本当には何も持っていない、ただ神の憐れみとその保護のもとで生きている、生かされているだけだというのです。私も今はそんな感じです。

 

 私の今までのこと、私の歩みを振り返ってみたいと思います。

 受洗したのは高校三年の時でした。友達に誘われて、熊本の健軍教会に通うようになりました。教会に行くようになったのは、私は熊本とはいっても水俣市の近くの田舎から、一人で下宿しながら高校に通っていて、自分のよりどころのなさについての不安が付きまとっていたせいではないかと思います。自分は本当は一人だけの存在で、自分の周りの世界は自分が夢を見ているだけではないかというようなことも考えていました。教会に行くようになったのも、キリスト教がそういう不安を解決してくれるかもしれないと考えていたのだろうと思います。

 それで受洗した後すぐにルーテル神学大学に進学することになりました。周りの人たちの中には、信仰生活も十分じゃないのに、神学大学に行って、牧師のコースで勉強するのに、大丈夫かなと不安に思う人もいました。

 受洗の時に私は、「受洗はしたけれども、まだ自分はキリスト教のことを十分わかってはいない、これから大学で勉強して、自分の信仰を確立したいのだ」というようなことを話しました。

 こういうように、自分の生きるよりどころをはっきりつかみたいという考えでいたために、そういう自分の信仰はもう十分確立していて、それを牧師として世の中にどう広めていくかだけを求めている周りの人たちにも、大学の教育についても違和感しかなかったわけです。だんだん周りの学生たちのことを、私は、理解できない特殊な宗教に取りつかれている人たちのように考えるようになり、神学の勉強を周りのようなテンポでは進められなくなりました。結果学業はさぼることが多くなり、大学だけは卒業させてもらいましたが、それ以上牧師になるためのコースには進むことはできませんでした。

 そういうわけで、周りからはあいつは怠けている、勉強しないやつだと思われていたのですが、私自身は大学で得られた材料は自分でじっくり考えていたのです。ただ周りとテンポが違っていたのです。私は自分で納得できない間は、動けない性格の人間で、それですんなりと大学での勉強と、牧師になるための勉強へと進むことができないのでした。

 それで大学は出たけれど、さてそれからどうしようという見込みはまるでないのでした。自分なりに勉強は続けていましたが、生きていくには何か仕事はしなければならないというので、そのころたまたまありついた学習塾の仕事が自分にあっているという気がして、私の友達が始めていた塾を引き継ぐことになりました。それはアパートの一室を塾としていた小さな塾でした。それは何とかかとか16年ほど続きました。

 しかし、やがてじり貧になってきて、生徒が集まらなくなり、経済的にも行き詰ってきました。そして1999年になるとどうにもならなくなり、塾をやめることになりました。

塾をやめてからは、何とか大手の学習塾に就職することができました。それは東京個別指導学院というところで、集団塾ではなく、一対一か一対二で教える形の塾でした。そのころ私が書いた文章があります。その当時の私の状況と心境がわかるので、それを読んでみたいと思います。

 

…14年くらいその学習塾は続いた。最初のうちはまあ割とうまく行っていた。だがだんだん行き詰まってきた。生徒が集まらない。最後のころには、3、4人しか生徒がいなくなってしまった。その原因はいろいろあっただろう。世の中が不景気になってきたこととか、人が集まりにくい辺鄙なところにあったこととか、一人でやっていたのでだんだんマンネリ化してきて、魅力がなくなってきたこととか。中でも一番まずかったのは、世間のニーズを無視して、非現実的な独善的な考えに凝り固まっていたことだろう。普通の受験塾なら、わたしがひとりでがんばってやる必要はない、受験塾ではない本当の教育をやりたいと思い、受験のための指導とか進路指導とか、そんなことを一切やろうともしなかったし、そのための情報を得ようともしなかった。世間が求めているもの一切を拒否して、世間が求めてもいない「本当の教育」をやろうとしていた。しかしその「本当の教育」とは何か、わたしには分かっていなかったし、今でも分からないままだ。

 そういうわけでだんだん生徒が集まらなくなり、わたしは金に困ってきた。借金も膨らんできたし、周りの人ともお金のことでトラブルを起こすようになった。ある人たちからは絶交を言い渡されたりした。それでもわたしは自分の仕事をあきらめ切れなかった。ここで塾をやめて、生活のために、自分が生きつづけるために別の仕事を始めるとしたら、生きつづけることだけが人生の目的になってしまって、そのためには何でもやることになるだろうし、そうすれば 根無し草のように果てしなく流されて、結局何にも残らないという人生になってしまうだろう、そんなふうに思えて、そこでの仕事と生活にしがみついていた 。

 しかしそんなことを考えていたころには、そこで生活し続けること自体が困難になっていた。生徒は集まらない。しかしそこでの「教育」の仕事以外に副業を持つことさえも、わたしには誘惑と思えていた。生活のための仕事をわたしは嫌っていた。生活のため、自分が生きつづけるための仕事であれば、生活の必要のためにどんな仕事でもいいことになり、結局職業を転々として、一つ所に収まることはできなくなる、そんなふうに考えていた。そんなふうに考えている限り、生活は難しくなり、いろいろなところから借金したり、本を売ったりして、何とかしのごうとするようになった。そんな生活が長続きするはずもなく、1999年の2月、ついにそこでの生活と仕事を断念して、別のところに移り住み、新しい仕事も何とか見つけた。

 

 こうして新しい仕事を始めて、それは2000年から2017年まで続けていました。しかしその時の心境というのはどうだったかというと。さらにその当時の文章の続きです。

 

…では、今のわたしの考えとは何か。それは何かの考え方や理想というより、一つの諦念の中で生きるということなのだ。

 たとえば、わたしは今は大手の学習塾で講師の仕事をしている。以前と職種としては変わらない。しかしそれに取り組む考え方は大いに変わっている。以前は「教育家」として「本当の教育」をやりたいと思い、受験には一切関わろうとしなかった。でもそれで独自の教育システムを持っていたかというと、そうでもなかった。せいぜい学校の補習をするというようなものだった。今は塾の方針に従って、補習でも受験でも、以前には忌み嫌っていた中学受験でも、生徒の求めるところに従って、最大限できることをしようと思っている。だから今はわたしは自分の「教育方針」とか、「教育とはこうあるべき」というような自己主張をまるで持っていない。わたしは自分のやっている仕事がはたして「教育」なのか分からないし、自分を「教育家」だなどと思ってもいない。「教育産業」に携わっているのは確かだとしても。

 そのように今わたしは、固守すべき理想とか、自分の考え方など一切持つことができない。ただ世間に合わせて、どこまでも流れていくのに任せる、という感じで生きている。

 

 こういうふうに、私はその当時、仕事をしながらも、内心では敗北感と無力という感じを持ちながら生活していました。しかし今思えば、それも神の導きの中にあったのだということがわかります。

客観的に見れば、塾をやめてからも、それなりに自分に合った仕事を与えられて、自分を必要とする生徒たちを教えながら、彼らにその時々に必要な助けを、少しながらも与えることができていたのではないかと思います。まあ、だから、その時にはそれが自分には合っている仕事を与えられて、なんとかそれをこなしていったのだと思えます。そして、私は、自分の力を買いかぶって高望みしていたその高慢を、うち砕かれていくという、良い経験をしていたのだと、今は思います。

 

 2012年には脳梗塞を患って、4か月ほど入院しました。しかし、その後も仕事は続けていました。しかし、2017年には病気が悪化して、学習塾の仕事は続けられなくなって、退職しました。そして今に至っています。

 今は仕事はしていませんが、別に不安はありません。むしろ、いままで常に外に向かって、社会的に良しとされ、必要とされている仕事をしてきていたことから解放されて、今は自分の気の向くままに、考えを深めたり、文章を作ったりできていることが、この上なく楽しいのです。

そして今は、自分からは何も求めることはなく、外から自分にやってくる必要なことに応えていくだけです。

 思えば今までは、自分のよりどころを求めて得られないことに焦って、自分の考えが通らないことに絶えず悩んでいて、絶えず外に求めてさまよっていたように思います。自分のよりどころを求め、自分の理想の姿を実現しようと、また自分の力をこの世に確立しようと、努力し、周りと絶えず衝突していたと思います。そしてそれがかなわないと失望し、無力感にとらわれていたようです。

 しかし、今はよりどころは自分の中には全くないこと、ただ私たちのよりどころはただ全く神の中にだけあることに気づいてきました。

 そういうわけで、今は何かを自分のものとして求めたり、それにしがみついたりすることはなくなりました。そして今は、神に全く支えられているので、何も持っていないことに安らうことができます。つまり今は私も、神の乞食であることに安らって、何も求めることなく、与えられたものに満足して、外からの求めには無理ないような仕方で応えるだけという心境になりました。

私は今は、神の護りと支えと導きに信頼して、自分が何も持たない神の乞食であることを受け入れることができるような気がしています。