プーチン氏の論文

    三森至樹

 ロシアとウクライナの戦争は、というよりロシアの一方的なウクライナ侵略は、2024年今の時点でも(2024年11月) まだ続いている。第2次世界大戦の後で確立されたかに見える国際秩序が今危うくされている。
 なぜロシアはこのような暴挙に出たかというと、プーチン氏の歴史観が背景にあると言える。つまり、ウクライナ侵略を正当化する理屈だ。
 彼は2021年7月に「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性ついて」という論文を発表した。これはロシアがウクライナに攻め込んだのが、2022年2月24日だったから、その発表は一年前ということになる。
 2021年時点ではウクライナとロシアは確かに、ウクライナ東部のドンバス地方を巡ってもめてはいたが、両国の全面戦争に発展するとはその当時だれも考えてはいなかった。しかし、プーチン氏の頭の中ではすでに、ウクライナとの全面戦争は自分の使命としてやらなければならないと考えていたことが、彼の論文を読めばはっきりと分かる。
 彼によると、ロシア人とベラルーシ人、それとウクライナ人はもともと同一のロシア民族である、それが17世紀以来、ロシア以外のヨーロッパ諸国の外部からの圧力によって、一貫した反ロシアプロジェクトが遂行され分裂させられてしまったということだ。またロシア革命によって成立したソ連においても、その分裂状態は維持されてしまった。しかしロシアとウクライナは歴史的にもともと一体であり、共通の遺産と運命を持っている。このロシアとウクライナの一体性を破壊して、ウクライナを独立した国家とするのは犯罪的な行いだとプーチンは考える。
 このように、プーチンは、ウクライナの現代の国境の正当性に公然と疑問を投げかけ、現代のウクライナは、外部とロシア内部の反ロシア的な陰謀によって、「歴史的なロシアの土地」が占領されてしまった状態だと見ている。
  つまり、プーチンは、現代の国際社会によって認められている独立国家としてのウクライナの存在を否定して、ウクライナをロシアに吸収し、元来の一体性に回復するのが歴史的な正義であり、自分の使命だと考えている。
 そういう無茶苦茶な論理によって、プーチンはウクライナに対する侵略を正当化している。そして今のウクライナ政府はネオナチに不当に占拠されており、それを西側の、ロシアに敵対するヨーロッパ諸国が支援しているのだと非難している。このように、支配と侵略、正義と不正義が、ロシア以外の国々とは見方が正反対になっている。
 このようにしてロシア・ウクライナ戦争が始まり、今までに何十万の人々が死傷している。この災厄の根源は、もともとはプーチン氏の頭の中に取りついた、ロシアの歴史について偏執的な観念だったのだ。つまりイデオロギーだ。
 戦争や人為的な災厄は、物質的・経済的な利害関係よりはむしろ、人々あるいは特定の個人の頭の中に宿るイデオロギーによって起きるものが多いのではないだろうか。プーチン氏の論文の発表から、現在に至る世界史的な不幸のことを考えると、個人を支配するイデオロギーの力に思い至らせられるのだ。
 翻って、聖書の冒頭に現れるアダムとエバのこと。彼ら以降の全人類を支配することになった原罪は、神と自己自身に関する二人の誤った観念、人類最初のイデオロギーに根源があるとも言える。この二人に宿った誤ったイデオロギーが、最初の人類たちの数がまだ少なかったこともあり、たちまち全人類の心と魂の奥底に巣くう根本的な観念として発展していった、それ以後人類は原罪の支配をまぬかれることができなくなった。つまり、人類を蔽う強力な力、誰一人としてその影響を逃れることのできない原罪は、人類最初の、たった二人のふとした迷い、根拠のない観念から出発したのだと考えられるということだ。
 ということは、その原罪からの救いも、いつどこであっても、また現在においても、一人または少数の人間の心に宿る、何の外的な物質的な根拠もなしに現れる救いのビジョンだけで、現実化のためには十分ではないだろうか。神についての不信が原罪をもたらしたのだとすれば、その反対の神についての信念が救いをもたらすのではないか。つまり今現在の、神に関する「からし種一粒ほどの」信念でも、今現在の人類に救いをもたらすのに十分だいうこと、そこに難しいことは何もない、大道を行くが如くに何の障害もないはずだということ。
 イデオロギー、人間の観念の力について考えていて、そんな妄想的な考えに至ってしまった。