芥川龍之介の「蜘蛛の糸」

   三森至樹

 芥川龍之介の初期の作品に「蜘蛛の糸」というのがある。
 これは芥川の初めての童話で、1918年4月に書かれ、鈴木三重吉により創刊された児童向け文芸雑誌『赤い鳥』7月創刊号に発表された。鈴木三重吉は芥川とは夏目漱石門下の先輩であった。
 しかしわたしは、いくら知り合いの先輩がやっている雑誌であれ、またその当時世間で評判になりかかっていた新進作家の作品であれ、「蜘蛛の糸」は、児童向けの雑誌の、しかも創刊号に掲載するのはどうなんだろうと思ってしまった。というのもわたしには、この「蜘蛛の糸」の主題が子供に正しく受け入れられるようなものではないし、子どもに人生を生きていくうえで励ましとなるようなものではないと思えたからだ。わたしにはこの「蜘蛛の糸」は、芥川の基本的なモティーフ、その根にある根本的な人生観や世界観と直接つながっていて、素直に読めば、そこに人生の暗さというものが感じられるような作品だと思われる。子どもにそのような印象を与えるのは、教育的にはあまり好ましくないように感じられた。それと比べれば、例えば「走れメロス」は、作者の人間性に問題があるとしたところで、その作品を読んだ子供には友情の崇高さと気高さを伝えるという点では、教育的に素晴らしいと言える。「蜘蛛の糸」は「走れメロス」と違って、、子どもに、人間性にまつわる暗さと問題性をそれとなく伝えるという働きをするかもしれない。しかしそれは、あまり教育的には良くない結果をもたらすように思われる。
 わたしにはそのように思えるのだが、しかし、「蜘蛛の糸」は世間一般には名作という評価が定着しているようだ。その一方で、この作品は矛盾に満ちた、あいまいな作品で、何を表現しているのかよく分からないという批評をする人たちもいる。(小林信彦がその一人だ。)
 その人たちによると、「蜘蛛の糸」には元ネタとなった本があり、芥川はその本の内容をよく理解せず、勝手な誤解に基づいて「蜘蛛の糸」を書いた。そのためにその作品は矛盾に満ちていて、一言で言えば駄作、失敗作だというのだ。
 その「蜘蛛の糸」の元になった本というが、ポール・ケーラスの「カルマ」という本だ。ポール・ケーラスは芥川と同時代のアメリカ人作家で、特にインドの仏教に詳しい人だったという。彼の「カルマ」という本の中に、「蜘蛛の糸」の元となった説話が収められていて、芥川はそこから「蜘蛛の糸」の着想を得た。
 しかし「蜘蛛の糸」を批判する人たちからすると、ポール・ケーラスが「カルマ」の中に込めた作品の意図を、芥川は誤解したという。ケーラスの意図、作品の主題は、伝統的な仏教説話の形にのっとったもので、彼が伝えたかったのは「仏の正しい教え」だったという。それは因果応報を正しく受け止めること、その応報の過程を受け容れ、悟りへの道を進んでいくこと、そのために仏の「空」の教えを理解することであって、ケーラスの意図はそういうことを「蜘蛛の糸」を含む寓話が伝えることだったという。「蜘蛛の糸」だけ取り出されると、ケーラスの作品全体の意図が伝わらなくなる。そういうケーラスの作品の主題、仏の正しい教えのことが、仏教について無知だった芥川は理解できなかった。そこから芥川の「蜘蛛の糸」は何を表現しているのかがあいまいになり、読者はその作品の意図を正しく理解できなくなった。そういう次第で、「蜘蛛の糸」は、せいぜい思いやりの心が人間にとって大事だということを表現しているのだと理解されるようになった。それを教える教師たちもそのような教訓を伝えるための教材として受け入れるようになった。しかしケーラスの本来の意図は、思いやりの大切さを言うことではなかった。そういうようなのが「蜘蛛の糸」を批判する人たちの主張していることだ。
 そうかもしれない。しかし作品の元ネタの意図をそのままに伝えることだけが、作品の作り方として正しいと言えるのだろうか。芥川はそういうことは承知の上で、自分の創作の材料として元ネタを利用して、元ネタとは違う内容を作品に盛り込んだのかもしれない。それは芥川の初期の作品の作り方としては常套手段だったのではないか。
 では、芥川が「蜘蛛の糸」で表現したがったのは、何だったかというと。もちろん仏の正しい教えでもなければ、思いやりを持つことの大切さでもなかった。彼はその作品を通して、人間を取り巻く暗さ、不条理さを伝えたかったのだと思う。「蜘蛛の糸」を一読してすぐ感じられるのは、その暗い人生観、世界観ではないだろうか。その作品は地獄の暗さを読者に実感させるもののように思われる。それは悟りの道の光明も、道徳的教えの明るさも欠いていはしないだろうか。
 主人公のカンダタは、お釈迦様の慈悲によって救われる道を与えられながらも、その一瞬の光明を自らの無慈悲な言動によってたちまち失い、もとの地獄へと真っ逆さまに落ちてしまう。後に残るのは地獄の永久の暗さと悔恨、無限の苦しみばかり。
 この作品の意図については、ある人がユーチューブで、人間は自分の中に善も悪も両方持っているということを言おうとしているのだと言っていた。そしてその人は、その主題、人間は善も悪も両方持っているということは、同じ時期の芥川の「羅生門」と「蜘蛛の糸」では、対象とする読者は違うけれども同じだと言っていた。わたしはその意見に同意する。
 ただし芥川の意図は、それを越えて、人間はその善なる意志を貫き通すことはできず、自らの内なる悪の中に巻き込まれてしまうものだ、そういう普通の人間の持っている悲劇的な現実を描くことだったと、わたしは思う。カンダタはもちろん普通の人間というわけではなく、根っからの悪人として設定されている。だからこそ、彼の中に芽生えた善が、自らの内に根を張っている我執によって根こそぎにされ、悲劇的な結末を迎えるというのはよく理解できると思う。
 芥川が「蜘蛛の糸」の中に込めた主題というのは、人間の運命を支配する暗い力と、それに翻弄される人間の姿であり、人間の中にある善への意志はか弱く、あいまいで、結局暗い力の流れの中で悲劇の中に飲み込まれてしまうということを描くことにあったと思う。そういう人間に付きまとう暗い現実を描くということは、芥川の初期の作品である「羅生門」でも「蜘蛛の糸」でも変わらない。それらはほとんど同時期の作品と言える。主題が同じなのは当然だ。
 ただ初期の芥川はそれらの暗い人間の実相を客観視し、傍観できると考えていた。あたかも極楽のお釈迦様のように。その当時には、彼は人間の地獄の相を共感を持って、「悲しそうに」諦観することができていた。しかしやがて彼は自分自身がその暗い力の中に巻き込まれていて、それに翻弄されていることを経験する。それが後に彼が経験することになる現実で、それを端的に表現しているのが「歯車」だ。
 彼の知的な箴言、アフォリズムを集めた「侏儒の言葉」の中で、地獄について次のようなことを言っている。「人生は地獄よりも地獄的である。地獄の与える苦しみは一定の法則を破ったことはない。たとえば餓鬼道の苦しみは目前の飯を食おうとすれば飯の上に火の燃えるたぐいである。もし地獄に落ちたとすれば、わたしは必ず咄嗟の間に餓鬼道の飯も掠め得るであろう。況や針の山や血の池などは二三年其処に住み慣れさえすれば格別跋渉の苦しみを感じないようになってしまう筈である。」
 このように彼は世間で言い伝えている地獄などは、人生よりもよほど気楽で住みやすいと、揶揄している。彼はその当時、自分の中にある地獄を実感していなかったようだ。
 しかし彼は、その後、自分の周りに起こる不条理な、シンクロニシティ的な出来事に脅かされるようになる。そのわけのわからない、解決するすべもないような苦しみにさいなまれるようになる。そしてこの苦しみから解放されるために、死をさえ望むようになる。その体験を赤裸々につづったのが「歯車」だった。そのときに彼はようやく、地獄はお話ではなく、傍観できるものでもなく、自分自身が自ら経験しているそのものが、地獄なのだと実感するようになっただろう。いわば彼は、そのとき初めて、お釈迦様の立場を離れて、カンダタその人になったのだろう。それが、彼の「歯車」が「蜘蛛の糸」に何倍も優れている所以だ。