むね歯科クリニック院長 歯周病専門医の笹生です。
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木曜は、基本的に午前診療です。
一週間の中ではめずらしく日の高いうちにクリニックをでることができます。
でも、木枯らし一号が吹いた東京は、やはり冬に向かって一直線なんでしょう、寒々しい気配を漂わせています。
そんななか、帰り道にちょっとコンビニに立ち寄った際、本棚でみつけたマンガ。
ツルモク独身寮
ご存じの方もおられるのかも知れませんね。
高校生くらいの頃に、雑誌で連載していたマンガです。
高校生の時、友達とマンガの話になり、おもしろいから読んでみなよ、、、といわれた、、、、だったと思うのですが、、、、そんなこんなで書店で手にとって読んだ記憶があります。
バブルがはじけた直後くらいで終了しています。あの時代によくみたラブコメですが、何となく懐かしくて、手にとってぱらぱらと、めくってみました。
ストーリーや絵柄などは、あまり見ようとは思いませんでした。なんとなく昔の記憶がちくちくと刺さってくるような感じで。
目がいったのは、最後に作者がコンビニ文庫版として再上梓させるにあたってのいきさつを、ショートストーリー的にマンガにして載せていたところ。なにやらtwitterでファンの読者とのやりとりに触発されて見返してみる気になったのだとか。当時は、twitterはおろか携帯さえ広まってない時代ですから、今になってもファンとこんなやりとりができること自体に感動をしていたとも綴っていました。
当時のマンガの最後のページには、読者への感謝の言葉と最後の日付「1991」が、そしてショートストーリーのエンディングにも最後の日付「2011」が。
なんと20年です。
マンガを手に取った東北の片田舎の、いち高校生が、気がつけば世田谷で自分のクリニックを持って独立しているんですから、年月というのはすごいものです。
それと同時に、ちょっと切なくなりました。
この20年、得たものも多かったのですが、同時にまた過ぎ去っていったり失ったものもそれと同じくらいあったんだなあと。
その途中の無数の選択肢のどこか一つが違っても、今私はこの場所にいなかったのかも知れないと思うと、ちょっとだけその歩みを振り返って切なくなってしまったのでした。
少しだけ強弁を。
ひとはそんな思い出を「青春」というのかも知れません。
でも、私が今いる歯科の世界は、ご年配の先生方が経験というかけがえのない宝を武器にまだまだ頑張っておられるので、全体的にかなりの大渋滞を引き起こしています。毎年大学を卒業してくる活きのいい若手が出てきますから、いつまでも若手でいられるわけでもなく、今の地歩とて安泰ではないと思っています。
そんな時代ですから、「青春だったよねえ」なんて、いってられません。
思いを馳せたのも少しだけ。「青春」はもっと先に口にすることにして、今を見つめていきたいと思っています。
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木曜は、基本的に午前診療です。
一週間の中ではめずらしく日の高いうちにクリニックをでることができます。
でも、木枯らし一号が吹いた東京は、やはり冬に向かって一直線なんでしょう、寒々しい気配を漂わせています。
そんななか、帰り道にちょっとコンビニに立ち寄った際、本棚でみつけたマンガ。
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ご存じの方もおられるのかも知れませんね。
高校生くらいの頃に、雑誌で連載していたマンガです。
高校生の時、友達とマンガの話になり、おもしろいから読んでみなよ、、、といわれた、、、、だったと思うのですが、、、、そんなこんなで書店で手にとって読んだ記憶があります。
バブルがはじけた直後くらいで終了しています。あの時代によくみたラブコメですが、何となく懐かしくて、手にとってぱらぱらと、めくってみました。
ストーリーや絵柄などは、あまり見ようとは思いませんでした。なんとなく昔の記憶がちくちくと刺さってくるような感じで。
目がいったのは、最後に作者がコンビニ文庫版として再上梓させるにあたってのいきさつを、ショートストーリー的にマンガにして載せていたところ。なにやらtwitterでファンの読者とのやりとりに触発されて見返してみる気になったのだとか。当時は、twitterはおろか携帯さえ広まってない時代ですから、今になってもファンとこんなやりとりができること自体に感動をしていたとも綴っていました。
当時のマンガの最後のページには、読者への感謝の言葉と最後の日付「1991」が、そしてショートストーリーのエンディングにも最後の日付「2011」が。
なんと20年です。
マンガを手に取った東北の片田舎の、いち高校生が、気がつけば世田谷で自分のクリニックを持って独立しているんですから、年月というのはすごいものです。
それと同時に、ちょっと切なくなりました。
この20年、得たものも多かったのですが、同時にまた過ぎ去っていったり失ったものもそれと同じくらいあったんだなあと。
その途中の無数の選択肢のどこか一つが違っても、今私はこの場所にいなかったのかも知れないと思うと、ちょっとだけその歩みを振り返って切なくなってしまったのでした。
少しだけ強弁を。
ひとはそんな思い出を「青春」というのかも知れません。
でも、私が今いる歯科の世界は、ご年配の先生方が経験というかけがえのない宝を武器にまだまだ頑張っておられるので、全体的にかなりの大渋滞を引き起こしています。毎年大学を卒業してくる活きのいい若手が出てきますから、いつまでも若手でいられるわけでもなく、今の地歩とて安泰ではないと思っています。
そんな時代ですから、「青春だったよねえ」なんて、いってられません。
思いを馳せたのも少しだけ。「青春」はもっと先に口にすることにして、今を見つめていきたいと思っています。

