STAP騒動について、思ったこと②
前回、教授の大のお気に入りだったAさんが、なぜか博士号取得と同時に研究を辞め、民間の非研究職に就いたところまでを書きました。今日はその続きを書きたいと思います。Aさんの就職先は、有名企業ではありませんでした。また、Aさんが就活をしているということは、ラボ内のほとんどの人が知りませんでした。Aさんは、教授の提案通りに、ポスドクとしてラボに残るものだと誰もが思っていました。Aさんの決断に教授はがっかりしていました。当時教授は、「なんでAは研究を辞めたのか。もう少しでビックジャーナルに出せるところだったのに。」とよく言っていました。実際、私も不思議でした。Aさんの投稿論文は、ほぼほぼ完成していました。あといくつかデータを足せば、論文になりそうでした。なぜこのタイミングでラボを離れたのか、さらになぜ非研究職に就いたのか。私にもよく分かりませんでした。その後、Aさんの研究はBさんに引き継がれました。Bさんは修士号を別のラボで取った後、博士課程から私がいたラボに入りました。私とBさんは、博士課程の同期ということになります。教授はBさんに対し、「君はラッキーだよ、凄いテーマを引き継げるんだから。このテーマはあと少しで論文にできる。君とAはequally contributionになると思うけど、筆頭は君でいいから」と言っていました。Bさんが来た時点でAさんはラボを離れていた為、AさんからBさんへ、直接の引継ぎはありませんでした。しかしBさんは、Aさんの過去の進捗報告会のデータやAさんのD論を基に、すぐに研究に取り掛かりました。しかしなかなか結果が出ませんでした。どうやらAさんのデータを再現できないようなのです。そんなBさんに対し、教授は不満なようでした。そしてBさんに対し、「Aは実験が上手かった。細心の注意を払って実験をしていた。」というようなことを言っていました。暗に、Bさんは実験が下手だと言っているようなものです。Bさんは困り、同期の私に助けを求めました。しかし私は修士課程時代も博士課程に入ってからも、Aさんの研究にはあまり関わりが無かったので、大したアドバイスはできませんでした。「実験ノートや生データを確認してみたら?」というような、ごく一般的な事しか言えませんでした。ラボでは、卒業時に実験ノートを置いていくことになっていました(コピーは持って行ってもOKでした。)。Aさんのノートももちろんありました。Bさんは、Aさんの実験ノートや生データを確認し始めました。そして数日後、ちょっと見てほしいものがある、とBさんから声をかけられました。Bさんから見せられたものは、衝撃的なものでした。長くなりますので、続きはまた別の日に書きます。