人間関係の悩みは 子供との関係、あるいは子どもの頃の自分との関係の中に解決のヒントがあります | 目覚めるための心のlesson

目覚めるための心のlesson

あなたの頭の中で巻き起こっている不安も批判も
「自分は間違ってない」と主張している思考もすべてが
「本当のあなた」とは何の関係もないとしたら。。。。

 



私たちが子供の頃に 「やらない」と決めていたり
「やってはいけない」と決めていたことを
大人になって 誰かが「やってる」のを見たときに
私たちはその人を嫌いになったり
その人の「その部分」を 苦手と感じるようにできています。

何故なら
心が傷ついた時と同じ あの「痛み」をもう一度感じて
再び傷ついたりしないように 自分を守る必要があるためです。
これは「防衛本能」ですが
かつて感じた痛みの記憶というのが 小さな子供のころですから
案外曖昧なものです。

例えば
ある子供が お母さんにひどく叱られたとします。
その時に「怖かった」や「悲しかった」と心が傷ついたとします。

その時の子供が
「お母さんは今、体調が悪い」などの事情や
状況を正確に判断することは まず無理で
ほとんどの場合「怖かった」「悲しかった」に
過剰な評価 「凄く」怖かった!「とっても」悲しかった!を
その記憶に「くっつけている」場合がほとんどだといえます。

人間の というよりも「脳の機能」は そのようになっています。

人間の脳は 五感を通して手に入れる「情報」で 
「安全・安心」を確認することを 何より優先するようにできています。
生命の誕生から 現代まで人間という生命が生き残っていたということは
「危険や脅威」を回避し「安全」をどのように優先するかということを
学習してきたからこそ 今ここに生きているのです。

ですが 現代は 原始時代のように物理的に 
四六時中危険がいっぱいということはなく 
概ね「安全を優先すること」とは 心理的な「脅威や危険」についてのみ
機能してるとも言えます。

 


普段歩いている道に ある日大きな穴があいているのに気づかず 
落ちて痛かったとします。
本当はその道を通ると 早く目的地に着くのですが
次からはそこを避けるように 迂回をして 違う道を通るようになります。

その後
その道を思い出すだけで あの痛みを思い出しますから
あの道の存在を忘れたことにします。
忘れたことにしてるだけですから 本当はちゃんと覚えていて
ある日その道がTVに写っているのを目にしたりすると 
あの時の痛みが再現され ただ「痛かった」が
「ものすごーく 痛かった!!」に上書きされていきます。

このように 
記憶は思い出すたびに「言語化」される度に
どちらかというと過剰に加工されてしまうということを
私たちは知っておく必要があります。
全ての出来事には 良いも悪いもありません。


この構造を知らないと
ただの 「枯れたすすき」が 
「恐ろしいオバケ」に変わってしまうこともあるということです。

七つの因子でも その後の もって生まれた資質についてのお話でも
お伝えしているのですが もって生まれた資質が発揮されたときに
否定されたり 叱られたり 笑われたりして その生まれ持った資質の
側面、否定的な誰かの評価が 苦手感情を生み出すことが
多くあります。

例えば
「心配性」の気質の親が「好奇心が強い」子供を見たときに 
「不安になり、その不安を解消しようとして子供の行動を制限する」
ということは よく起こります。
結果として その子供は
好奇心の強さを「封印・禁止」することになり
大人になってから 誰かが「好奇心の強さ」を発揮させるような行動を
見たときに 「嫌な気持ち」になり 「嫌いな人」「苦手な人」に
なりえます。

自分の感じている「嫌いな人」「苦手なところ」ともう一度向き合い
検証し あえて 誰かの その嫌い、苦手 なところを
一度自分もやってみるといいかもしれません。