こんばんは。
いつもお読みいただき
ありがとうございます。


すみません💦
内容がフワッと降りてきたので
忘れないように
タイトルだけ書いて
下書きにしたつもりが
投稿していました😓



今日は
お釈迦様が悟りを開いた日と
知りまして
そこから色々繋がっていきました。



色々な氣づきが起こり
急激に
インドに繋がっていきましたが

改めて
お釈迦様もインドに繋がっていたことに
氣づきました。


MAYA カラー®️セラピスト講座を開講した帰り道
道の先にありました♡
歩くと見えてくるものがとても多いです。

自分の心がそのまま
目の前の現象として現れることを
見させていただいたように
感じました。



授業が終わって生徒さんを見送った後
なぜか
じんわり涙がこぼれてきて

氣づくと
胸のあたりがぽかぽかあたたかくて

頭の中は空っぽなのに
からだの感覚だけが
しっかり伝わってきて

ぽかぽかぽかぽか
涙がじんわり


「ありがたい」


ただ
この氣持ちが溢れていました。




授業後、反省する点は
いつも必ずありますが

くよくよしたり
モヤモヤしたりすることは
本当に減りました。



わたしは
いつもどこかで
「満足してもらいたい」
を超えたものを
頂こうとしていたのかもしれません。



ふっと
そんな肩の力を抜いたら
ちゃんとその日までに
閃きが降りてきたり
本当に
「なるようになる」
ことを
噛みしめています。





『その間にあるもの』 津留晃一 さん


プラスとマイナスの間にあるもの、陰と陽の間にあるもの、
善と悪の間にあるもの、そしてその二極を顕現している者。

この世界を現実として捉える人には、
この二極の間は鋭角的に尖った先端で
その頂に立ち上がることは出来ません。
ですが
この世界を自分の内面を映し出す鏡である
としてだけ捉える人にとっては、
その鋭角的先端が徐々に丸くなり、
やがて平らな平地として
その面積が広がってゆくのを感じることでしょう。

総ての現実を、もう片側からだけ見るのを止めることです。
あなたの感じる感情はあなたサイドからわき起こってくるものです。
反対サイドから見ればまた違った現実がそこにあります。

反対サイドに立ってみるには
二極の間に立ちはだかる壁をよじ登る必要があります。
あなたが価値観を強く握っていると、
この壁をよじ登る事はできません。
価値観の壁の高さを低くすることが先決です。
価値観の壁が低くなればなるほど容易に
反対サイドに回り込むことが出来るようになります。

価値観の壁が低くなり最後には平らな平地となったとき、
一つの現実には無限の側面があり、
その数だけの人間がいることがわかってきます。

 
実はこの宇宙には今しか無く、
あなたのまわりにいる人は
自分のパラレルワールドの中の自分自身に
過ぎないのだとわかってきます。
あなたとはその肉体の中にあるものではなく、
あらゆる二極の間にあるもの、
その間にあるものこそ自分である事がわかります。

 あなたの思考の反射として相手の言葉が聞こえてきます。

今ここにいて、
起きてくる現実に反応している自分を観察して下さい。
それこそがあなたのすることです。
それこそがあなたの役割です。
自分を救うこと、それが地球を救うこと。
そして
それこそが宇宙維新であるようです。
反応しているところに
あなたのまだ手放していない価値観があります。
もうどんな考え方も必要ではありません。

 次の挑戦は「瞬間」です。
「今」という時間の単位を「瞬間」に置き直して下さい。
瞬間たりとも「ムッ」としない。
ほんの瞬間にもイライラ感じない。
そんな挑戦です。
それには、感情が起きる以前の自分の反応を知る必要があります。
どう生きるかではなく、どうあるかです。

 もう人が創った世界に住みたくないのなら、
あなたのする事は、今、あなたを救うことです。
自分を眺め続けて下さい。
反応している自分に気付き続けて下さい。
機械仕掛けのようにすぐに判断を開始する自我を見張って下さい。
あなたが反応する出来事は、
無意識的に機械仕掛けのように
過去の価値観によって創られたものです。
つまり
他人によって埋め込まれた観念に基づいて
創り出しているものです

 あなたと神の間にあるもの、
二極の間にあるものそれがあなたの想念です。
あなたの思考こそが
この宇宙の始まりであったことを思い出して下さい。



話はお釈迦様に戻りますが


お釈迦様と言うと

わたしは

芥川龍之介の『蜘蛛の糸』

を浮かべます。




始まりと終わりの
極楽の様子の描写に
初めて読んだとき衝撃を受けました。

今でも
毎回ながら
ぎゅっと掴まれるものが
あります。



そして
今回
津留晃一さんの
「その間にあるもの」
を読んだあとに


この
『蜘蛛の糸』
のお話の中の

極楽と地獄をつなぐ
「蜘蛛の糸」
を想像していました。



全くと言っていいほど違う
二つの世界をつなぐもの



高い次元から下は見えるが
下から上の世界を見ることは出来ない。


そんなことを聞きますが


瞬間瞬間
刹那的に
共鳴しあいながら
目の前に現れては消える
を繰り返す
この世界において


次元がまるで違っても
共鳴しあう瞬間があるのだろうか…



そんなことを考え



ふっと
高い次元に繋がることもあれば


低い波動のものと
引き合ってしまう場合もあるように



自分自身の波を上がったり下がったりと
せわしなく
上下しているのかもしれません。





その間にあるもの

見えない
その間にあるもので


わたしたちは
この上下を
繰り返しています。



心からありがたい
と思える素晴らしい出来事に
出逢えているとしたら


それは
とても大切な
機会を与えていただいている
瞬間



そして

それとは反対に
嫌な出来事に
遭遇しているとしたら


捉え方を変えたり
行いを改めたりと

リセットする大切な
機会を与えていただいている
瞬間





こう書きながら
結局

常に

大切な機会を与えていただいている

ことを知るのです。


前回
わたしの役目は
すべてを
肯定的に転換していくこと

と書きましたが


それは
いつもどんなときも
わたしのすることを温かく見守り

真っ直ぐゆえに
騙されることも沢山ありましたが

わたしが氣づくまで
否定することなく
とことんさせてくれた

両親のおかげなのだと
思っています。



だから

わたしはとことん

たとえ
何があったとしても
肯定的に
すべてを転換していけるように


それは
いつか

いつもいかなるときも
目に映る景色が
あたたかで
彩り溢れたものであることを
証明していけるように


穏やかな波を
創造していきます。




お香を焚いたら
くるくるしている煙を見つけました。



今日は
わたしの魂の誕生日でした。

お釈迦様が悟りを開かれた日と
知ることから
始まった1日となりました。



「いちばん好きな花」
このドラマからもふっと氣づきを
頂いた日となりました。


すべてにおいて

その間にあるもの

それはどちらかと言うと
五感で感じられることではなく



もう今は
五感だけからメッセージを受け取るのでは
ない時代が来ているのだと思います。



目に見えないもの


そこに
流れているメッセージを
真我
感じ取っていく



いつも最後までお読みいただき
ありがとうございます。

愛と感謝を込めて
氣づきと心の解放が生まれますように。



11月9日から
左目の不調が起こりました。
きっと
視覚で見るのを休ませるように
促してくれていたのだと

今はハッキリ思うのです。