
小6受験生のみなさん、
最後まで大切なお子様に寄り添い、支え続けてくださった保護者の方々、
このかつてないコロナ禍のなかでの異例だらけの中学受験ほんとうにお疲れさまでした!
2021年組は教え子だけではなくて、受験生全員を応援したいという気持ちで動いていました。
受験後、生徒全員(今年は珍しく4人全員男の子)と電話やスカイプで話をしました。
私は、やれることを全てやりきった受験でした。算数指導について後悔は微塵もありません。
(JRの駅でよく見かけた早稲田アカデミーの今年の広告。じーんとしますね)
いろいろな入試分析が飛び交っていますが、難関校はハイレベルな大激戦となりました。個人的な感想をいえば、2020年入試から、難関校に関して言えば、巷でよく言われるような「中学受験は算数で決まる」時代は終わり、「中学受験は算数ができるのが第一条件であり、他教科で苦手科目をうめる時代は終わりを告げた」という印象です。いまは中学受験ブームの真っ只中。低学年から勉強を始めるのが当たり前となった今、生徒の学力は全体として高くなり、4教科バランスが求められています。
「きりかえて明日の試験に臨もう!」という言葉を今年は何度かいう場面がありました。合格をした生徒はいいのです。残念な結果となった生徒の心を思うと、お腹に大きな鉛をいれられたような気分になります。正直にいうと今年ほどこの言葉を沢山つかった年はありませんでした。
さて、4人に一言ずつ。プライバシーは伏せつつ。・・・これも異例ですね(笑)
早稲田中合格者のきみへ
きみは執念、執念、執念の受験だった。早稲田2次は生半可な勉強では突破できない。早稲田2次はもはや『学力』ではなく、『精神力』の勝負。本当にすごい!第一志望は逃したが、これにも意味がある。いや、「意味」をつくりださなければいけない。東大を目指せ!早稲田中をおもいきり楽しんで!
北嶺中(北海道の超名門校)合格者のきみへ
たった一か月間だけの対面授業。ずっとオンラインでしか会えなかったから12月にあえたとき嬉しかったよー!!!『抜苦与楽』(苦しみを抜いて、安心を与えるの意)の本物の医師に!君は数学で開花するタイプだ。医学部も受かる。そして病気になったとき僕を診てください。あっ、計算はミスしてもいいけど、僕の手術はミスしないでね(汗)
市川中合格者のきみへ
英才児たる君は、この学校で「トップ中のトップ」を目指してほしい!!!君の才能は、もっともっと大きなものです。市川高校の生徒は何人も教えてきました。市川は楽しくて、明るくて、授業もくふうがあって面白い。きっと大好きな学校になるよ。
追記コメント:この中学は3名中3名の全員合格。感染させたくなかったので埼玉受験をひかえていただいていました(汗)いきなりの難関受験。異例中の異例の併願パターンのなか、よくがんばったね!
芝中合格者のきみへ
芝中。実は、僕の好きな男子校ベスト3に入ります。会ったときの印象は実は「…ああ、芝中にいそう(笑)」芝はのんびりとしたイメージがあるけれど、天才児の多い、楽しい、刺激的な学校です。なにか「熱中できるもの」をみつけるといいよ。
そして、若輩ながら、幸運にも大きなプロジェクトの仕事をいただいたので、いよいよ全国区の講師へと成長していきたいです!指導方法も見つめなおし、今年からは新しい指導へさらに進化していきます!
最後に、大好きな長編詩『雪柳』(創価学会名誉会長・池田大作先生の詩)を贈ります。
この詩に、僕は大学受験生のときに出会いました。
日本一の現代文講師である船口明先生の問題集のあとがきに載っていました。
とても感動したことを覚えています。

雪柳の華です。きれいですね。

『雪柳』
「光」が噴き上がっていた。
「命」が噴き上がっていた。
「咲きほとばしる」と言うべきか、抑えても抑えても、
抑えきれない春のエネルギーが、
真っ白な「光の噴水」となって、勢いよく湧き出していた。
雪柳は「雪」であり「花」だった。「冬」であり「春」だった。
光の中に、春と冬が溶け込んでいた。
まるで、希望と苦悩が渾然一体になっている青春時代のように。
青春は、苦しい。悩みばかりだ。
しかし、悩みがあるから、心は育つ。
うんと悩んだ日々こそ、一番不幸だと思った日こそ、
あとから振り返ると、
一番かけがえのない日々だったとわかるものだ。
だから苦しみから逃げず、苦しみの真ん中を
突っきって行くことだ。
それが森を抜ける近道だからだ。
寂しければ、その寂しさを大事にすることだ。
寂しさや悲しさを、遊びなんかで、ごまかすな。
使い捨てるな。
耐えて、耐えて、自分を育てる「こやし」にしていけ。
逃げたくなることもある。でも、雪柳は動かない。
雨の日も、寒風の日も、じっと自分の場所で
根を張って頑張っている。
頑張り抜いたから、みんなのほうから
「きれいだねぇ」と来てくれる。
人間も、魂の根を張ったところが「自分の故郷」になる。
完全燃焼したところが、心が安らぐ「自分の居場所」になる。
私は、みんなにお願いした。
「お父さん、お母さんを大切に」
君たちが生まれる時、どんなに、お母さんがたいへんだったか。
あなたが大きくなるために、両親は、どんなに疲れても、
眠れなくても、大事に面倒を見てくれた。
苦しい仕事にも耐えて働いてくれた。
あなたが初めて声たてて笑った時、初めて歩いた時、
どんなに両親は幸せでいっぱいになったか。
病気になったとき、どんなに、おろおろと心配したか。
感謝できる人は幸せな人だ。
雪柳は太陽への感謝を忘れない。
太陽は、いつも惜しみなく光を注いでくれた。
いつも、ありのままの自分を、そのまま受けとめ、
光で包んでくれた。
だから今、雪柳は「太陽への恩返し」のように、
明るく周囲を照らしている。
人間だって、花と同じように、光がいる。
人も、人から大事にされないと、心が枯れてしまう。
だから君が、みんなの太陽になれ。
人間だって、花と同じように、水がいる。
自分で自分を励ましたり、喜ばせたり、
心を生き生きさせないと、心は枯れてしまう。
自分で自分を励ませる人は、すてきな人だ。
人のつらさも、わかる人だ。
自分で自分を喜ばせる言葉を、強さを、賢さを!
落ち込んだ心を、よいしょと自分で持ち上げて!
自分で自分を好きになれないと、人だって愛せない。
記念撮影を終えて、私は雪柳に近づき、カメラを手にした。
天をさして咲く花もあれば、地を向いて微笑む花もあった。
それぞれの個性が集まって、光の束になっていた。
そして雪柳は、すべての力を、ただひとつのことに傾けていた。
天から与えられた自分の生命を生ききること。
自分が種子として持っていたすべてを、表現しきること。
自分本来の姿へと開花すること。それ以外、何も願わなかった。
ほかの花と自分を比べようなんて夢にも思わなかった。
人が自分をどう思うかなんて、どうでもよかった。
自分にできるかぎりのことをすること、それしか思わなかった。
今、だれもが個性、個性と簡単に言う。
「自分らしく生きる」と言う。
でも本当は、それは茨の道である。
みんなと同じようにしているほうが楽だからだ。
柳のようにしなやかな雪柳の枝に、無数の星が光っていた。
無数の宝石で飾られた王冠のようだった。
そう、自分の道を歩み抜いた人は、だれでも英雄だ。
「みんなが一等賞」なのだ。宝冠の人なのだ。
だから「自分にできないこと」ばかり数えて落ち込んだり、
文句言ってるなんて愚かだ。
「自分にも今、できること」が何かある。必ずある。
それを、やり抜く人が偉いのだ。その人が最後は勝つ。
雪柳は敏感だった。
だれかが通り過ぎただけの風にも揺れる。
あなたも、恥ずかしがり屋なら、そのままでいい。
無神経になり、デリカシーをなくすことが
「大人になる」ことじゃない。
コンクリートみたいに固い花はない。
花は、みんな柔らかい。初々しい。傷つきやすい。
人の思いに敏感なままの、その心を
一生咲かせ続ける人が、本当に「強い」人なのだ。
運命は外からやってくるんじゃない。
君の心の中で毎日、育っているのだ。
毎日がつまらない時。
それは自分が、つまらない人間になっているからかもしれない。
人生をむなしく感じる時。
それは自分が、からっぽの人間になっているからかもしれない。
人生に、うんざりした時。
人生のほうが君にうんざりしたと言っているのかもしれない。
人間は結局、自分自身にふさわしい人生しか生きられない。
だから、成績は中くらいでもいい、人間が大であればいい。
頭がいいとか悪いとか、成績だけで分かるものじゃないし、
生きる上で大したことではない。
ただ、自分が「不思議だ」と思う疑問を大事に追求することだ。
そのことを考えて、考えて、考え抜くことだ。
そして、いざという時、真理と正義のためなら、
自分を犠牲にできる人になれ。
そんな人が一人でも増えた分だけ、この世は美しくなる。
世界のどこかに、君にしかできない使命が、
君の来る日を待っている。
指折り数えて待っている。
待たれている君は、あなたは生きなければ!
めぐりあう、その日のために!
輝くためには、燃えなければならない。
燃えるためには、悩みの薪がなければならない。
青春の悩みは即、光なのだ。
雪柳も、冬の間に積もった冷たい「雪」たちを、
枝から染み込ませて今、「花」に変えて
噴き出しているのだろうか。
中国では、その名も「噴雪花」という。
(世界桂冠詩人・池田大作)
みんな合格、本当におめでとう!

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