「合格実績」がなくなる時代へ【駿台予備校について】 | 中学受験算数「やまもと算数・数学塾」山本尚武

中学受験算数「やまもと算数・数学塾」山本尚武

完全マンツーマン指導。JR御茶ノ水駅前にある中学受験算数塾。

【数字が意味を失う時代に】

この夏、駿台が「2026年から合格実績を公表しない」方針を発表しました。対象は、いまの高校2年生からです。大手メディアやSNSでもすでに話題になっています。

私はこのニュースを、単なる広報方針の変更ではなく、受験産業そのものの評価軸が変わる「前触れ」だと受け止めています。

【一般受験が減り、「合格者数」の価値が薄れていく】

最近は年内入試・推薦入試が増え続け、一般受験(筆記試験)で入る層が明確に減っています。
にもかかわらず、いまでも保護者のなかには「学力試験で大学に入るのは7〜8割くらい」とイメージしている方が少なくありません。ところが実際は、学力試験による入学者は 54.2% まで下がってきています。

こうなってしまうと、合格者の「数」そのものが、受験生や保護者にとって判断材料として機能しにくくなっていきます。駿台のHPにある、「単一の教育機関における合格者数が(略)意味を持ちにくく…」という文言は、まさにそこを示唆しているように感じます。

【「一つの塾で全部」は、もう主流ではない】
現場にいるとよく分かるのですが、いまは「この塾・予備校で全教科を学ぶ!」という子は、意外と少ないです。
うちのような小さな塾でも、実際は、

数学は鉄緑会に行き、

(かなり独特なカリキュラムで数学は進みます)
英語は代ゼミの対面授業

(いわゆる80年~90年代の伝説的なカリスマ講師がいまは少人数で教えているので“お得感”があるんですよ)
化学は東進ハイスクールの映像

(映像授業の塾としては最高品質)

というように、科目ごとに最適解を取りに行く生徒がほとんどです。

中学受験で例えるなら、SAPIX生がSS特訓にない早稲田アカデミーのNN志望校別特訓の「土曜日」に・・・、

・・・おっと、なんだか悪口を言いそうなので止めておきましょう。

さて、この状況で「合格者数」を一つの教育機関に紐づけて語ること自体が、どんどん現実とズレていく。

駿台の判断は、そのズレを認めた動きにも見えます。


ここから先、現段階でも比較的読みやすい未来があります。

ひとつは、「駿台模試が無くなるのではないか」ということです。
模試の合格可能性判定は、基本的に「前年までの合格実績データ」とセットで成立します。もし合格者数をそもそもカウントしない方針なら、判定モデルを維持しにくい。つまり、模試という仕組み自体が成り立たなくなる可能性があります。

もちろん、模試が一つ消えること自体は、代替手段があるので致命傷ではありません。問題は、その“あと”です。

【大学受験の世界で、次に起きること】

いま女子大が次々に廃校・統合になっている流れを見ていると、次に来るのは「ボーダーフリー大学(いわゆるFラン)」だと思っています。私大文系は危うい。

さらに、2030年代は一学年が60万人台という、まさに“超”少子化の時代に入ります。保護者世代の一学年が150万〜160万人規模だったことを考えると、環境は別物です。2024年の出生数が 68.6万人 という数字を見ても、これは一時的な現象ではなく、構造的な問題です。

この中で塾・予備校が「合格者“数”」で競争し続けるのは、レッドオーシャンどころではありません。土俵そのものが縮み、指標も効かなくなっていきます。

【生き残る大学、生き残る塾】

いま10代の子どもたちが大人になる頃、残っている大学はおそらく二極化します。

オリジナリティと教育哲学が確立している大学(例:デジタルハリウッド大学、ICU、創価大学など)
旧帝大・早慶を中心とする上位大学群

ここに向けて、塾側も「合格者数」だけを看板にする時代は終わっていくはずです。
今回の駿台の発表をきっかけに、私自身もいろいろ考えました。結論はシンプルです。

合格者「数」ではない場所で、日々の仕事を積み上げていきます。

「何を伸ばし、何を守り、どんな力をついたのか」
そういう中身で評価される講師でありたい。

 

わたしの師の言葉です。

「英知を磨くは何のため 君よそれを忘るるな」

大きな変化は、もう始まっています。

 

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涼しくなって、散歩が楽しいパピヨンくん