自分が左翼に慣れているのは父親が共産党員だからである。共産党の根本にある共産主義は間違っていると思っているが、それは彼らの人間性とは関係のないところにあり、その意味では、彼らを人間として拒絶するようなアレルギーを持っていない。

 

 ただし、自分の父親は労働組合の人であって、新左翼がやるような活動とはちょっと方向性が違う。少なくとも自分が知っている限りは暴力的な組合活動はやっておらず、政治活動というよりは純粋な組合活動に見えた。

 

 もちろん、共産党員なので共産党の活動はしていたが、そこにはゲバ棒を持って戦うことは含まれていない。現実をどのように認識するかは人によって異なるかも知れないが、少なくとも、ゲバ棒を持って戦うのは新左翼である。

 

そして、ゲバ棒を持って戦う人たちは等しく共産党が嫌いである。それはゲバ棒を持って戦い出す前に共産党員がそこから捌けていくからである。彼らは党中央から暴徒化する前に現場を離脱するように指導されており、そのために暴力的な衝突に加わらない。

 

 それに対して、新左翼はそのような中央集権制は個々の革命家の行動ではないと馬鹿にしている。また、それ以上にほとんどの新左翼は暴力的革命を目指しており、暴力は革命に不可欠であった。彼らがそのような革命を志向する限り、新左翼の過激派は必然であり、だからこそ彼らのほとんどが左翼過激派になる。

 

 その意味では、自分の父親は全くこのような組織の人たちと関わりを持っていないが、彼はアメリカの会社で働いていた。そして、実際に何度もマネジメントと団交し、それを成功させているようだった。

 

 想像できるかも知れないが、アメリカの会社で働いている共産党員の労働組合指導者は確実にCIAのターゲットになる。そのようなプロファイルこそがアメリカの敵と認識される経歴であり、1960年代には既にCIAの監視リストに入っている。

 

 と同時に、このプロファイルは公安の敵でもある。本来的には暴力的革命を行うのは新左翼の方であり、公安は新左翼をもっと制御すべきであった。ただし、彼らの主対象は共産党になっており、最近、やっとその理由が分かりつつある。

 

 と言うのも、新左翼は地域的に偏重しており、共産党ほどそれぞれの組織が大きくない。公安が予算と人員を維持するためには、どうしても共産党を敵にする必要があり、そうすることで彼らの存在が必要となっている。そういう流れの中で自分の父親は公安の工作対象となった。

 

 一方で、彼らが一部の新左翼を偏愛した理由はそれ以外にもあったはずである。つまり、公安と新左翼の一部が見えないところで結びついていた。

 

 

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