香港から日本に戻ってきたが、その直前まではずっと北海道にいたので、久しぶりの日本ではなかった。ただ新しい土地に来たため、状況把握から始めて、また一からやり直す必要があった。

 

 自分のオリジナルのプランとしては拷問が終わるまではここにいるつもりだった。自分が誰の傍にもいない方が多くの人にとって安全であり、また、多くの普通の人が自分を敵視しない環境にいる必要があった。この場所は最適であり、この拷問と工作がいつ終わるか分からないが、最後の日までここで戦い抜こうと思っていた。

 

市街地には飛行場からバスで入った。自分の記憶の中ではこの街中に入るのは初めてであり、多少の緊張があった。ただ特に危険なことは起こらず、不動産屋でマンスリーアパートの最終契約とその確認を済ませた。ここまでの計画と準備は香港で全て終わらせていたが、ここから先は新しい日々が始まることになった。

 

 逆に言うと、この先をどうするかは全くのノープランだった。自分が決めていたのは日本に戻ってくることと、どこかに定住することだけであり、どのような生活をするかは全く決めていなかった。

 

 日本に着いたのはその日の昼過ぎであり、全ての書類を終えて、新しい家に入る頃には既にかなり暗くなっていた。手持ちの荷物はスーツケースだけで、すぐにアンパックも終わったが、それ以上に何かをできる状況にもなかった。とりあえず晩ご飯を食べて、家に戻ってきてから次の行動をどうするか考えようと思った。

 

 ご飯を食べて外に出ると、日は落ち、外は真っ暗になっていた。来る際に通った道をそのまま引き返せば、そのまま家に着くはずであったが、自分は自分の能力を過信していた。明らかに自分がどこにいるかすら分からないようになっていた。

 

 元々は業者がくれた地図があまりにも不正確で、家の場所すらはっきり記されていなかったので、自分の家がどこにあるのかすら分からなかった。

 

 また、その辺りが古い町並みの中にあったため、予想外に街が暗かった。それほど複雑な道を通ってはいなかったが、それでも自分が覚えている光景とは全然違った。

 

その上、町並みが入り組んでおり、路地に入れば入るほど、自分の居場所がどこなのか全く分からないようになった。歩き出して数十分もすると、このままでは家に帰れないなと思い出した。

 

 もちろんではあるが、その間中ずっと電波操作されており、それが道に迷った大きな理由である。

 

 

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