この一連の工作の間にも多くの人が殺されたが、警察の違法行為が激しくなると更にもっと多くの人が死ぬと思った。特に、金融大臣が死んだのはショックだった。そして、問題は生か死だけではなく、多くの周りの人が精神的におかしくなり出していた。

 

それでも警察が違法行為を止める気配は一切なく、このままでは被害がもっと大きくなるように感じた。そして、このまま日本にはいれないと思うようになった。

 

とは言え、この感覚自体もどこまでが自分自身固有のものかは最早分からない。この時点ではかなり電波操作をされており、この考え方自体が外的に作られた可能性もある。ただし、この時はまだ電波操作が存在することを知らなかった。その存在を知らないとよりマニピュレーションには嵌まり易く、知らず知らずのうちに考え方や感覚が操作される。

 

電波操作は知らなかったものの、当時でも読まれているはずのない頭の中が読まれている感覚があった。最も不自然だったことはここで書ける内容ではないが、それは2012年9月に大きな社会問題になった事象でもある。

 

 また、自分が日本を出国するときに、自分を殺せるのは公安と中国とCIAだと発言したのを覚えていた。当時はCIAが関わっているのは知っていたが、彼らがそれほど深く犯罪行為をしているとは気付いていなかった。

 

そういう状況にあるにも関わらず、自分はCIAが危険であるという発言をしていた。もちろん、その発言をした後にCIAに自分を殺す能力があることは納得したが、どうしてそんな発言をしたのかよく分からなかった。そして、それが電波操作による結果である可能性が高い。

 

つまり、自分は根本的に職探しのために日本を離れた。金融大臣が死んだのを見て、自分を保護できる会社は日本にはないと確信したからでもあった。また、このまま日本にいると周りの人間が倒れていくと思った。それら全ての問題を解決するためには、自分は日本を離れる必要があった。少なくとも、自分の認識の中では。

 

ただし、香港は避けたかった。短期間であれば香港にいても殺されないかも知れないが、長くなればいつか暗殺されると思った。暗殺されるなら逃げようはないが、わざわざ暗殺する能力とやる気のある人たちが実際にいた街で長く暮すのは危険でしかないと思った。

 

それでも仕事探しを再開するためには香港に戻る必要があった。香港に戻って情報をアップデートする必要があった。そこで多くの人に会って、それから次のステップの手がかりを作ろうと思っていた。

 

最終的にはシンガポールを目指していた。シンガポールもアジアの金融センターであり、香港よりは小さいが、金融の仕事は豊富にあった。そこまでたどり着ければ、殺されないと思っていた。シンガポールの政府は強力であり、自分が受け入れられれば、一定の保護は得られるだろうと思っていた。気分的には出国して、仕事を探すというよりも亡命する気分に近かった。そこまで行けば、日本の公安から逃げられるだろうと思っていた。

 

 

ご一緒に、ご覧ください。

http://ameblo.jp/multifractal/entry-12195877173.html