僕ならこう答える。 | 向原総合法律事務所/福岡の家電弁護士のブログ

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福岡の中心部・天神駅真上の場所にある法律事務所の弁護士です!
日常の法律問題や、弁護士業界のネタ、その他をつらつらと書こうと思います。

法科大学院においては僕と同期ってことになるんですね。
でも、結構考え方がいろいろあるものですね。

で、私が、村岡弁護士よろしくインタビューを受けたら、こういうふうに
答えるかなと思いました。

法科大学院制度と修習に対する認識の違いです。
どっちが正しいとか間違ってるとかいうつもりはありません。
それぞれの進んできた道の違いにすぎないと思っています。

>> 法曹養成、法曹人口増などを検証する
>> 2012年4月9日
>> 村岡美奈さん(弁護士)
>> http://www.saiban-kenpo.org/hatugen/backnumber/120409.html
>
(大出教授)
 ◯◯さんは法科大学院を出られ、新司法試験(現在おこなわれている司法試験
こと)に合格されたわけですが、その前には旧司法試験も受験されました。旧司法
試験を受験していたときの勉強と、法科大学院での勉強にはどのような違いがあり
ましたか。
(向原弁護士)
旧司法試験ではなかなか論文試験を突破できませんでした。旧司法試験では、とに
かく基本的な知識をブラッシュアップして、少しでも間違いのないようにしなけれ
ばなりませんでした。それが十分にできていなかったのだと思います。
そのトレーニングを予備校なりでやってきたわけですが、だんだん、私がイメージ
していた法律実務家の世界に、このままで本当にたどり着けるのかな?と思いました。

そうしているうちに、働くことになって、何年か働いているうちに、法科大学院と
いうものができると聞いて、当時の職場の深い理解があって、当時の職場の上司や
雇主にも強く背中を押していただいて、法科大学んに通いました。
法科大学院に行く前は、閉塞感に陥っていた司法試験受験に何か風穴が空くような、
先進的な勉強ができるのかな?という淡い期待みたいなものがありました。
しかしながら、詳し・u桙ュは後ほど述べると思いますが、その期待は大きく裏切ら
れたので、まだ「新」司法試験のグランドデザインはわからなかったものの、「司
法試験」である以上、問われることは同じだろうと判断し、同じ考えを持った数人
でゼミを組んで、旧試験よろしく、答案練習をしたり、答案の読み回しをしたりし
ました。
つまり、旧試験と同様、知識と論述を磨く作戦を取ったのです。
法科大学院の授業?・・・は、ゼミと同じ位置づけでして、自分の知識と思考力の
確認の場でした。まだまだ言いたいことはありますが・・・

(大出教授)
 ◯◯さんの場合、法科大学院の既修者コースに入り、2年間勉強されました。
弁護士になった今、法科大学院での2年間の勉強にはどのような意味があったと
思われますか。
(向原弁護士)
法科大学院設立当初は、司法試験がどうなるかのグランドデザインも示されてお
らず、先生方といえば、司法試験についてはまるっきりの素人の先生が多いので、
なにをやったらいいのかよくわからないままの試行錯誤が続いていたと感じられ
ました。高い学費を払ってるのになんで試行錯誤してんねん、金返せ、と思った
ことさえありました(笑)今でも返してほしいです(笑)。当時は若かったんで
すね。(笑)
1年目の前期は、ほとんど公法系、なかでも憲法にばかり力をいれさせられまし
た。毎回、授業の前と後にレポートを要求され、しかも、資料をバッサバッサと
渡され、中身も、やたらと学術に走ったものでした。
学生は、レポートを書くため、いろんな学術的資料をコピーして集めることにな
ります。が、あまりにも膨大な資料が必要なため、学生が分担してコピーを行い、
それを集約してみんなに配る、というシステムが構築されて行きました。
学生は、膨大な資料を見た上で、膨大な時間をかけて、パソコンでレポートを書
きます。法科大学院のパソコンは夜中まで埋まっていたようです。
私は当時、仕事をしながら法科大学院に通っていたので、そんな潤沢な時間はあ
りませんでした。それでも、なんとかレポートを毎回書いて提出していたのです
が、入学して1ヶ月もすると、フッと「こんなんしてて受かるんか?」という疑
問が頭を擡げ始めました。周りをよく見てみると、結局、レポートを集めて、引
用できそうな箇所を引用してレポートを書いているだけ。いわゆる「コピペ」です。
完全に馬鹿らしくなった私は、そんなことに時間を割いてられないと思いました。
いくら偉そうなことを言っても所詮、試験に受からないと話にならないし、いく
ら「新」司法試験だからといって、試験時間には必ず制約があるのだから、こん
な、レポート作成を、時間無制限で資料無制限で漫然とやっていても、力などつ
かないだろうと判断しました。
私は旧試験の受験を経験していて、択一合格経験もあったのですけれど、まった
く旧試験未経験の未修者は大変だったようです。なにしろ、択一合格レベルの知
識を付けるチャンスは、法科大学院にはありません。自学自習するか、さもなく
ば、予備校に通うしかありません。
しかし、法科大学院の授業は大学と同じで、教授の都合で飛び石的に並べられて
いて、予備校に通うには夜行くしかありませんが、レポート地獄でその時間は取
れません。一方で、法科大学院側は、予備校を敵視していましたので、基礎力不
足を自覚して自発的に予備校に通った学生を呼び出して注意するといった始末でした。

要するに法科大学院は、基礎力不足の学生に対するケアどころか足を引っ張る場
でしかなかったのです。
そういう人は最初からくるべきではなかった、といえばそれまででしょうが、
だったらどうして入試で通したのでしょうか。意味がわかりませんでした。
結局、自分は、法科大学院は教育能力を有していないと判断したので、自学自習
を軸に、加えて、同じ考えを持った同士(1期なので旧試験経験者ばかり)でゼ
ミを組んで、愚直にガリガリやるしかないな、と思ったのです。

(大出教授)
 そのような法科大学院の授業は新司法試験の受験にあたってはどのような効果
があったのでしょうか。
(向原弁護士)効果はまったくありませんでした。
新司法試験が終わった瞬間、私は、開放感とともに、「法科大学院の2年間って、
何やったんやろう?」と率直に思いました。私が法科大学院について否定的な発
言を繰り返すのは、このときの率直な気持ちがもとになっていると思います。な
お、新司法試験の択一問題は、きわめて基礎的で、判例と条文さえ正確にわかっ
てれば解ける問題でした。でも、法科大学院では、そんなことすらやらないんで
すね。自学自習でやるしかありません。でも、自学自習で十分な程度の知識量で
す(科目数が増えた分大変でしたが)。
つまり、法科大学院があってもなくても、変わらないということです。
むしろ、いらんレポートを書かされる分、邪魔です。
よく「法科大学院の授業で十分」という意見を、大本営的なところが発する文書
では見かけるのですが、正確には、「法科大学院の無駄な課題に付き合わされな
がらも、残った時間で効果的に自学自習すれば、新司法試験の「足切り点」にか
からない程度の知識は十分習得できる可能性が高い」ということだろうと思いま
す。
法科大学院は、基本的な知識の習得をした上で、またはその習得の見込を立てて
から行くべきところです。

(大出教授)
 実際に弁護士として実務に従事してみて、法科大学院で勉強したことは役に
立っていますか。
(向原弁護士)
実務家の先生に教えていただいたウラ話的なところは、結構役立っていることが
あります。また、少年法や消費者契約関係は役立たせてもらっています。
知財の授業も、私は知財選択ではないですが、知財のしごとをやるうえで、関心
をもたせてくれたという意味では役立っています。
中身については、これはもうやっぱり、実務についてからの経験が全てですね。
とくに、お客様との対応などは。
法科大学院の授業は、そのアシスト程度だと思ったほうがいいです。
就職活動にこられる修習生の方で、履歴書に「法科大学院でこういうことをした
からこういう仕事ができると思う」ということを書かれる方がおられます。
元気だな、と思う反面、僕の認識では、法科大学院レベルではカネの取れる仕事
は不可能と思っています。履歴書には「こういう仕事に興味がある」くらいが正
確ではないでしょうか。

(大出教授)
 先ほど、法科大学院では「考える」ということを学んだとされましたが、
「考える」あるいは「調査する」というような学習が法科大学院では重視されて
きたと言えると思いますが。
(向原弁護士)
 実務の現場では、参考書のようなものには書かれていないことを、よく依頼者
から聞かれます。そのときには、まずどこから取りかかろうか考えるわけです。
その際、レポート作成のためにバッサバッサと出された膨大な資料の選別の経験
が、若干役に立っているように思うようにしています。ホンネは、ムダな経(以
下自主規制)
でも、結局、行き着く先は、民法の基本的な知識であったり、考え方です。
そこがあやふやだと、いくらリーガルリサーチだのといっても、的はずれなこと
しかできないんじゃないでしょうか。

(大出教授)  新司法試験合格後、約1年間の司法修習をされました。司法修
習はどうでしたか。
(向原弁護士)
 私の場合は他の人たちとは違うのだと思いますが、率直に言って、司法修習に
入って、「これぞ叡智の殿堂だ」と感じました。大げさかもしれませんが、紛争
解決のための技術の粋というべき要件事実や、事実認定の手法をきちんと身につ
けられる貴重な機会だと思います。
 一方で、本格的な起案というのははじめてに近かったので、戸惑いから入りま
した。しかし、当時は非常に稚拙なものしか書けなかったに違いないですが、こ
れが軸になって、弁護士になってから実務経験を通じてどんどん軸を強化し、肉
付けして、なんとか現在に至ることができているのだと思います。
 実務修習では修習地の人たちと触れ合ったり、検察庁や裁判所の裏側を見るこ
とができて、ああこういう事件はこういう過程で処理されていくのだな、という
ことが、少しだけですが、垣間見ることができましたし、それが、法科大学院の、
実務界を知らない人たちの机上の空論的なはなしとは次元が違っていることが印
象的でした。
実務家ってのは、こういうウラをしっかり踏まえた上で依頼者にアドバイスする
ものなんだな、と思ったものでした。
法科大学院は、先ほど申し上げた、実務家の先生のお話以外、実務とは無関係の
ことばかりで、修習や実務との関係では何の関係もなかった、という印象でした。