ちょうど1974年のサッカーワールドカップ西ドイツ大会の時代とカブるワケなんです。
もうね、
アディダスは当時のサッカー少年達の憧れのブランド!
テレビのCMで、
優勝した西ドイツ代表キャプテンのベッケンバウアーと爆撃機ゲルト ミュラーが出演して「栄光の3本ライン」とか言われて、まるで「영광스러운 조국」(栄光の我が祖国)みたいでとても眩しかった、
お年玉でアディダスの上下のジャージとアディダスと大きくプリントされたエナメルのバッグを買うのが当時のウリハッキョ少年達の夢だった。
母親達がそんな事情も知らずに「adiós」とか「abios」とか安易に買っちゃって無理矢理持たされた子供達は온갖 천대와 멸시를 받았다 とても肩身の狭い思いをした。
そんな時代でも練習中のルールの説明は当然ウリマル、
センターフォワードは중앙공격수(中央攻撃手)
ウィングはナルゲ(羽)
右はオルンチョッナルゲ左はウェンチョッナルゲ
ミッドフィルダー(当時はそんな言葉無かった)は중간방어수(中間防御手)
キーパーは문지기ムンヂギ
(韓国語wikiで調べるとGATE KEEPER城の門を護る人とある、そのままじゃん、でも韓国では골키퍼ゴールキーパー)
シュート 처넣기 チャノッキ
コーナーキック 구속차기 クソッチャギ
フリーキック 벌차기(罰蹴り)
ペナルティキック 11메터벌차기(11メートル罰キック)
ヘディング 머리받기モリバッキ
パス 연락(連絡)そのままじゃん?!
オーバーヘッドキック 머리넘겨차기
モリノンギョチャギ そのままじゃん?!
スローイン 던져넣기 トンジョノッキ
そのままじゃん?!Part3
久しぶりに思い出すと懐かしい!
そして忘れてはならないのが当時のベイエリア ウリハッキョの戦術「전원공격 전원방어」(全員攻撃全員防御)。
これな、オトナになってこの本当の意味をわかった、
当時のオランダ代表、
西ドイツワールドカップでは断然の優勝候補だったが決勝で地元西ドイツにまさかの逆転負け、
しかしオランダ代表の斬新な戦術「トータルフットボール」がその後世界のサッカーをリードして行くのであるが、
それが「전원공격 전원방어」(全員攻撃全員防御)だったワケなんです!
ちなみにベイエリア ウリハッキョはその指導の甲斐あって我々の一つ下の年代の1978年全国ウリハッキョ中央大会サッカー部門で無敗で初優勝をしている、唯一ベイエリア ウリハッキョに負け無かったのは東京第一ウリハッキョの一校だけ。
その年のサッカーワールドカップアルゼンチン大会でトータルフットボールのオランダはまたしても決勝延長戦の末にまたしても地元開催国のアルゼンチンに敗れたんだよねえ、
ちなみに74年当時の超スーパースターオランダ代表キャプテンのヨハン クライフはプーマと契約していたためオランダ代表のアディダスのユニフォームを着る事が出来なかったワケなんです、
プーマとアディダスの社長同士は実の兄弟なのにとても仲が悪くてプーマの社長は絶対に許さなかったワケなんです。
だから苦肉の策でヨハン クライフだけがユニフォーム二本ラインなんです、
理由は「キャプテンは二本ライン」。
でもアルゼンチン大会のオランダ代表キャプテンのルート クロルは3本ラインなんですけどねえ。
でもさあ、
よ〜く考えるとその「トータルフットボール」って「青山原に豊年が来た」の「청산리정신 청산리방법」(青山里精神、青山里方法)の事じゃね?
ってそんな事書くから韓国領事館は未だにパスポート作ってくれないんですかねえ?
もうパックネの時代は終わったんだってば、