ポンドリサッカーで落ちこぼれた子供達の受け皿として
まさにセーフティネットとして出奔した。
という事はだ、
そうなんです、うちの息子達、2人ともこの段階で早くも落ちこぼれたワケね、
サッカー部から事実上排斥されたうちの息子、
親の落胆やいかばかり、、、
下北沢焼肉JUNのヨン様です
世界の焼肉と平和を愛するみなさんご機嫌いかがでしょうか?
忘れもしない9年前のヘバラギカップ
四年生チーム初の公式戦の対戦相手は、
いきなり優勝候補の九州!
もうね、ボコボコ、フルボッコなんてもんじゃない、
たしか、102対0か104対0、もうね、覚えてない、記憶が飛んだ、
ボコられすぎて途中から数えるの止めた、
四年生チーム、
ドリブルの時ボールのバウンドが身長より高い、
試合が終わる
他所の負けたチームはコーチの先生の話を体育座りしながら悔し涙を流しながら聞いている、
うちの子供達も、
みんなでスゲー鬼ごっこしてる!
記録的大差で負けた奴らが
満面の笑みで鬼ごっこしてる!
お前ら稲中卓球部かよ?
それ以降、
第五バスケ部は連戦連敗
ウリハッキョバスケ界のニューヨーク メッツと私は密かに呼んでいた。
※1960年代のメッツはあまりにも弱すぎて当時のヨギ ベラ監督が、ここには野球知ってる奴はいないのか?と言い放った事は有名なエピソード。
二年間連敗街道まっしぐら!
それでも母親達は毎回応援に来る
負けるのに、
スコア関係無い、
第五のシュートが決まれば、もう、それこそ総立ち!優勝した?!みたいな、
弱小チームのオンマ達はいつしか「私の子供」から「私達の子供」と考えるようになった、
お互いの傷をなめあうような関係になった。
転機は六年生の関東大会だった
この大会、第五は念願の公式戦初勝利!
もうね、この時点でオンマ達
息子達よ「元気をくれてありがとう!」
「勇気をくれてありがとう!」モード
(正直この言葉キライだけどね)
今日どうする?久々に子供達連れてカラオケ行く?みたいな、
もうね、大満足なオンマ達、
ところが第五バスケ部
あれよあれよと準決勝に勝ち上がる、
準決勝の舞台、
もちろん初体験のオンマ達、
息子達に向ける眼差しがアイドルの追っかけのそれになっている、
後光が差したイエス様を憧れの眼差しで見上げるマグダラのマリアのようになっている
対戦相手は今大会優勝候補NO1の西東京第二
ゲームはまさに一進一退
あの弱小チーム第五が?
いつしかコートの周りはシーソーゲームを見に来た他校生達で一杯になった、
お、おちこぼれだったウリアドゥル達を他校生達が熱い眼差しで追っている、
それだけで第五のオンマ達は昇天する思いだ、
終盤のリードを守れず逆転を許し惜敗、
しかし今大会のベストゲームと評価された、
多分、
あのハイセイコーとタケホープの菊花賞のような、
準決勝終了後、
子供達が初めて悔し涙を流した
悔しい思いを知ったのだ、
その成長した息子達の姿を見てさらに感極まるオンマ達、
なんと初体験の多い大会だった事だろう
愛おしくて切ない甘い痛みをともなう
あの日に戻ったように、
PART2に続く

あ、言っときますけど、
わたし、現場にいませんでしたから、
伝聞、証言の聴き取り調査、自己の想像力で
おそらくこんな感じだったんじゃないかなあ、みたいな、