今のメラゾーマはない -5ページ目

今のメラゾーマはない

今のメラゾーマはないわ メラだ、メラ

気が付けばニコニコで実況プレイ動画の投稿を始めてから5年も経ったようです。
おめでたいことではないので、5周年記念に何かやるということはしないつもりです。

しかし5年ともなると、実況について思うことも色々とかたまってきます。
そして、5年目にしてようやく気付いたというか、改めて気付かされたことがあります。


それは、実況プレイ動画で最も大事なのは「実況を楽しめているかどうか」だということ。


昔から、「面白い実況プレイ動画ってどういう動画だろう」という話題になると
よく挙がるのが「プレイヤーが楽しくゲームを実況プレイしているのが伝わってくる動画」です。
これの真意がようやくわかってきた気がします。

というのも、自分が現在更新している艦隊これくしょんの実況動画が、
今までの自分の実況の中で、本当に一番楽しくやっているシリーズだからです。
↓これです



艦これは、本来あまり実況向けのゲームでは無いと思います。
ブラウザゲームはルーチンな作業が多かったり、
1つの操作を進めるために多大なる時間を要したりするため、
単調かつ冗長な動画になってしまいがちだと思われます。

そのはずが、いま俺は非常に愉快に、高い更新頻度で艦これ動画をUPしています。
溜め撮りも沢山しているぐらいです。

正直、最初はブラウザゲームでしかもシミュレーションゲームって、どう実況すればいいんだ?
他にも艦これ実況やってる人いるけどどうやって続けているんだ?
など、不安要素だらけでした。
たぶん途中で「実況しようがなくなる」と思っていたのです。
だから最初に「この動画は続くかどうかわからない」と言及して保険に入っておきました。

それがフタを開けてみると、とくに「あ~どうしようこのゲームのどこをどう
動画にすればいいんだ?」なんて思うこともほとんど無く、
特に計画などを立てるでもなく、ナチュラルに行き当たりばったりでやっていけたのです。

それは、この艦隊これくしょんというゲームが、運命かってぐらい自分に合っていたため。
とにかく楽しい。すぐに俺はこのゲームの虜になり、艦これの世界に夢中になりました。
艦これを実況していてわかったのが、楽しんでやっていると
言葉などもポンポン出てくるし、「動画でやりたいこと」がどんどん浮かんでくるのです。
艦これ実況で何をすればいいのかわからなくて困るどころか、
艦これ実況でやりたいことが多すぎて困るという事態にまで発展したり。


思い返せば、過去に実況動画を収録してて「あーどうしようなんか今この動画
面白くないぞ、うまく実況できてない」とスランプ気味になってる時ってのが、
『あまり実況プレイを楽しめてない』時だったのです。
楽しめてない実況プレイってのがどんなものかっていうと、
例えば単純にそのゲームに飽きてきてたりとか
リスナーさんの動画に対する反応が芳しくなかったりとか
正直ちょっとイヤなコメントが多かったりとかして
「この実況は何のためにやっているのだろう」とダウナーな気分でやっている実況です。
自分が楽しめてない実況動画は、やはり内容も露骨につまらなくなる。

だから自分は、「このシリーズは楽しくない」と判断したら
途中で挫折したり、動画自体を削除したりするようにしていました。

逆に、自分が楽しんでやっていたシリーズだなと思うMOTHER2、タクティクスオウガ、
きんぎょ注意報などの実況動画は、自分の中でもけっこう満足のいった出来な動画だったりするのです。

視聴する側としても、プレイヤーが楽しんでいなかったらそれはなんとなく伝わるし
見てても面白くないんだなってのを痛感しました。
流行っているから始めたとか、何かに便乗したとか、伸ばすためだけにやった実況動画ってのは
やはり無理してるのが伝わってきます。
そういう動画ははっきり言って本当につまらないものが多いです。

あと、これは極端かもしれませんが
もしかしたら実況に向いてないゲームなんて無いのかもしれません。
そのゲームを楽しめて、愛せる人なら、どんなゲームでも楽しい実況になるんじゃないかなと思うのです。
だから、「このゲームが実況に向いてない」というのは見方を変えれば実は
「その人がこのゲームを実況するのに向いてない」だけなのかもしれないのです。


俺の艦これ実況は、他のどの艦これ実況よりも楽しんでやっている。
全艦これ実況者の中で最も俺が艦これを楽しんでいる。
そこにはすごく妙な自信があります。
ほんとは他の艦これ動画ほとんど見たこと無いけど(ネタバレしたくないから)
でも、俺が今やっている艦これ実況動画を見ればいかに楽しそうにやっているかが
伝わるはずです。

実況プレイを楽しめないなら、やめちまえ とある人が言っていたんですが、完全同意です。
プレイする側も視聴者側も楽しくない動画など、続けても無駄でしょう。
楽しいことだけをやればいいと思います。
毎年毎年、1年間ってほんと早いなあって言ってますが
今年はほんとうに、ほんと~に早かった。
早過ぎて年末感がまったくないですね。
今日が大晦日っていうのが信じられない。

自分の今年の漢字一文字を決めるなら、「飛」です。

俺は飛びました。
俺のもとに飛んできた人もいました。
東京に飛んでいき、最高の思い出を作りました。
東京から俺の家に飛んできた人もいて、その時もまた忘れられない経験をしました。
自分にとって初めてのことが多くて、大きく飛躍できた一年間だったなと思います。
そういう意味を込めて「飛」になりました。

超短かったけど、素晴らしい1年でした。
それでは皆様、よいお年を。
人間はいいものを褒めるより、劣っている者を笑うことが圧倒的に好きな生き物だと思います。

例えば、ユーティリティプレーヤーとして名を馳せたサッカー選手がいたとする。
その選手がたまたまその日不調で、プレーに精彩を欠いていた。
すると、その選手を初めて見た者は
「なんだよ、あの選手うまいって聞いてたのに全然たいしたことないじゃん」という印象を抱く。
その日のプレーだけを見て判断を下そうとする。
ちょっと短絡的なんじゃないかと思う。

また、その選手が優れたプレーをしていたとして
その時は賞賛の声を上げているのに、一度ミスをしただけで
「なんだよ下手じゃないか」と呟く輩がいる。

人がRPGなどのゲームをプレイしているとこを見ていて
その人がうまく謎を解いた時に「お~すげー」「頭いい」と感心していたのに
一度その人がゲームに行き詰ってしまうと「なんだこいつ頭わりーな」とまさかの急変。

「上手い」が10あっても「下手」が1つあるだけで覆されてしまうのです。
俺はこの手の平の返しっぷりが死ぬほど気に入りません。


さらにイヤなのは、ほめるべきところをほめず
その人のミスや欠点を指摘することしか考えていない人間がいるということ。
おそらくそういう人は無意識にそんな性質の人間になってしまったんだと思うのです。
というか潜在的なものなのかもしれませんが。

粗探しばかりでいいところを見つけようとしない。
悪いところを見つけては揚げ足を取る。2ch脳なのかな。
それで嫌な思いをした経験がある人は多いと思います。
自分も何度かありました。

ミスをして貶された、馬鹿にされた。
だがちゃんとやったらやったで「よくやったね」「できるね」って褒めてくれるわけでもない。
これぐらいのことじゃほめるほどのことじゃない、できて当然だ、つけ上がるな、
そう言いたいのでしょうか?
でもいいところを素直に褒めることができない人っていうのは
時に人間性を疑います。上司もそんな奴だったら絶対嫌です。


こうやって考えてたら、たとえばゲームやツールで
どこかひとつ欠陥があっただけで「開発者は糞」と言われてしまう作り手側は不憫だなと思ってしまいました。
ゲーム自体はとても楽しくて評判もいいのに
ちょっとゲームバランスが悪いところが見つかっただけで糞扱い、とか。

ひとつ悪いところを見つけると全部が悪く見えてしまう、みたいなのがあるのはわからなくもないですが。
それはあまりにももったいない。
批判しかできない人は、いいところを見つけようとする姿勢を忘れてしまってるなと
なんとも残念な気持ちになります。
今回の記事はポップンやってる人しかわからない上に無駄に長いです。いつも以上に自己満足な内容。

サニーパーク稼動から1年を迎えようとしているので、去年からポップンを始めたにわかな俺ではありますが
僭越ながらサニパを遊んできて感じた、サニパのいいところや悪いところなどを分析していこうと思います。
が、これを書こうとしたらちょうどツイッターで、サニパ1周年ということで話題が色々上がってたので
(というかサニパに対する色々な不満が爆発してた人が多かったっぽいが)
なんだか色々言おうとしてたこと先に言われちゃった感があります。まあいいや。


自分のサニパの印象は「ガラリと変えすぎた」 これに尽きます。
いきなり悪い点から挙げてしまいますが
サニパは色々と新しい試みを取り入れた結果、ユーザーを困惑させるハメになった部分が
多かったと思います。

まず一番残念だったのが、レベル表記を43段階から50段階に変えたこと。
これのせいでポップンから離れてしまったと思われるユーザーも見かけました。
実際、前作までのレベル表記にほとんど+6して考えるだけなので、全ての曲の難易度表記が
バラバラに変化してしまったとかそこまで大変なことではなかったのでまだよかったのですが
これによってユーザーは混乱し、多くの反感を買っていました。
自分も、「40」レベルの曲を選んで、あれなんか簡単だなあと思ったらそれは実は旧34だった
みたいなミスを犯したりもしました。新レベル表記に慣れるまで数ヶ月はかかりました。

何より面倒なのが、人とポップンの話をするときに非常にわかりにくいということ。
みんな慣れるまでは旧35とか旧38みたいな呼び方をしなくては伝わらず本当に大変でした。
なぜこういう事態になることを想定できなかったのか。

色々と新しくしようとしたのは、たぶん新規ユーザー、初心者さんたちを取り入れるのが
ひとつの目的だったと思います。初心者のための配慮をするのは確かに大事。
ナンバリングを廃止して「ポップンミュージック21」にしなかったのも
新規ユーザーが受け入れやすいように、というねらいがあったのなら納得できます。
チュートリアルを入れたのも良かったし。

でも、初心者さんのことを考えるならその2つの要素ぐらいでよかったのではないか?
旧ユーザーのことは無視なのでしょうか?


これは俺の考えですが、音ゲーっていうのはもともとのルールやコンセプトが決まっているから
いたずらに色んな仕様を変更しちゃいけないと思うんです。
ポップンミュージックは音楽に合わせて落ちてくるポップくんというオブジェを9つのボタンでリズムよく叩く
ゲームであるという根元のシステムだけは、どれだけシリーズが一新されても変わらないから
インターフェースなどが変わっても「ああ、やっぱりこれはポップンだ」と、今までどおりに遊べる。
だから良かったのに、レベル表記の変更やフォルダシステム導入など大幅なデザイン変更によって
それをジャマされてしまった。
タイムリーですが、ニコニコもバージョンが「GINZA」に強制変更されてから多くの批判を浴びていますね。
製作者の「やりたいことをやりたい」気持ちはわかります。
「慣れればいいんだよ」と言われるだろうし、実際そうかもしれません。
しかしそれを強制して、ユーザーを戸惑わせるのはどうなのかなって思うことはあります。
言ってしまえば商売だし、まずはニーズに応えるのが大事なんじゃないでしょうか。
それでユーザーが離れていってしまっては本末転倒でしょう。


でも実際のところ慣れてくるとレベル表記以外の仕様はあまり気にならないどころか
結構いい感じなところも。
ビーマニⅡDXのシステムに近い、フォルダシステムは
フォルダごとに達成率が表示されるのでレベルごとのフォルダの達成率を埋めていくなど
より達成感を味わえるようになったところは評価点。

ポップルは普通に楽しい。これはカスタマイズするのがなかなか面白くてかわいくていい感じ。
クーポンシステムは謎。

そして今作の解禁イベント、ポップンウォーカーとポップン動物園についてですが
自分としてはどちらも嫌いじゃなかったのですが、ウォーカーと動物園を足して2で割ったような
イベントだったら絶妙だったかなと思います。
音ゲーはプレイ中が本番だから、解禁イベントはミニゲームというほどでもない
サラッとしたすぐ終わるものでもいいと思ってます(メイドインワリオのやつぐらいでいい)

ウォーカーはちょっと長いのが欠点だけどキャラの台詞が聞けるのは楽しい。
動物園はシンプルでいいけどウォーカーに比べると淡白でちょい寂しい。
個人的には、ポップンはキャラクター要素が大きな魅力の一つだから、あまり時間がかからず
キャラとの交流が楽しめるイベントだったら一番よかったなという見解。


最後に、曲や譜面について。
オリジナル楽曲はやはり粒揃い。さすがはコナミのサウンド陣。
ただ今回やはり気になるし一番物議を醸し出しているのが
ポップンがというよりコナミの音ゲー全体がそうなのかもしれないですが
移植曲や連動曲イベントが露骨に多いこと。

自分としては、移植曲は嬉しい人は嬉しいと思うけどそればっかりになるとちょっと、って感じはありました。
どうしても今作は移植曲などの多さのせいでオリジナル楽曲が隠れがちになってますよね。
ってかこのオリジナル曲の更新頻度の低さが今回批判が集中している部分だとは思いますが。。
実際、初期にすごい勢いでイベントなどが更新されて曲もどんどん収録されたので
最初に出し尽くしちゃったみたいな感じなのでしょうか。

とはいえ、俺の場合は移植曲でも、他の音ゲーをやらないから知らない曲ばかりなので
新鮮に楽しめるんですけどね。

BEMANI学園は、正直あまり好きじゃありませんでした。
自分は内輪受けが嫌いなので、このイベント全体に漂う内輪感はきついものがありました。
まあコラボするだけなら純粋に曲を楽しめるからいいんですけども、
あのUstとかサイトとか、サウンドディレクターの皆さんが自分出しすぎちゃってるところが。。
なので俺は、BEMANI配信はあの雰囲気が正直苦手で、あまり見ておりません。

あと、譜面は似たような単調な譜面とか疲れだけの譜面が多いとかトリルやスライド多すぎとか
あまり評判がよくなかった感があります。
サニパは良譜面はほんとに良譜面です。叩いててかなり楽しい素晴らしい出来なので
両極端かなーと思います。
オリジナル曲は良譜面が多いので流石にいい仕事してらっしゃると素直に感じました。

ちなみにまだサニパ全譜面に手をつけたわけじゃないけど
一番良譜面だと思ったのはノマディックネイションのハイパー譜面。
BEMANI学園曲の譜面はどれも好きになれませんでした。


異様に長くなってしまいましたが
まとめると自分の中ではとにかく「レベル表記変更がイヤだった」これです。
むしろ、長々と書いたわりには本気で萎えた部分はここぐらいです。
だからこれさえなければ、正直他の多少の不満点は気にならなかったし
「サニパなんだかんだで良かったよな」って思えてたでしょう。

前作の43段階に加えてトイコン、サイレント、ダージュ、ムラクモだけ+1して
44段階だったら一番よかったんじゃないかなって個人的に思ってます。
前回のポップン記事 で48初クリアまでもう少し、と書きましたが…

今のメラゾーマはない

できました。あぶねー。
陣旗プログレッシブ、この2週間で15回ぐらい挑戦しました。
粘着しすぎて呪われてラストの低速に入る前で既にゲージ半分なんてこともありました。
しかし昨日、なんかもうやるしかねえっつって一心不乱にやったらなんとかボダクリできました。

めっちゃうれしー。
20013年11月16日。
ポップンを初めて1年と7ヶ月でなんとかレベル48達成。ついにここまできました。
48(旧42)といえば、いわばボスクラスの難易度。
今はその上に49も50もありますが
昔はこのレベル帯がボス的扱いだったわけですよね。
この大台に乗ってしまったということで、なんだか緊張しております。

しかし前回の記事からもう2週間も経ってしまったという事実の方が焦る。信じたくねえ
今月で、俺が札幌で一人暮らしを始めて3年目に突入します。
自分は色々、相変わらずです。
別に人生が楽しくないわけではないけど
最近はなんだか、何も無い感じが逆にへこむ日々。

上京する妄想をよくするようになりました。
今年の夏に東京に遊びに行った時、会いたかった人達に会って
本当に楽しくて素晴らしい6日間の思い出になりました。
それからというもののわりとマジで東京旅行のことを思い出さない日はありません。
当然、東京に対する憧れも強くなります。
「東京きちゃいなよ」と言ってくれる人も結構います。正直、本当に住めるなら住みたい。
でも、新しい環境へ映るには資本と覚悟が必要だ、と俺は思っています。

意外となんとかなるもんだ、と皆は言います。
でも自分にはお金も度胸も無い。ひたすら臆病なのです。
そもそも動機が漠然としすぎている。
東京に住みたい理由が「東京で生活するほうが楽しそうだから」しかないので
やはり行くきっかけとしては弱すぎる気がします。
そっから後はいろいろ大丈夫なの?っていう。


俺より年上の友達が
つい数ヶ月前にあるきっかけがあって、あるデザイナー関係の仕事に就くという目標を見つけました。
それからというものの彼は毎日欠かさず一意専心、勉強に励み
来年には上京してその仕事に就けるように努力しているようです。
素晴らしいことだし、友人としても嬉しいし、何より夢を見つけて東京に行ける事が羨ましい。
そして俺が彼の目標を見つけるための基盤となれたことが嬉しい。
彼がその道を選ぶに至ったのは、ある出会いが発端だった。
それを巡り会わせたのは自分でした。

こうしてみると、やはり人脈は大事です。
自分もこういっためぐり合わせで、何か上京するきっかけが生まれるかもしれない。
友人は東京に行くための目標ができた。
自分には目標が無い。
自分にもターニングポイントが欲しい。

しかしよく考えてみれば、自分が札幌に来た理由は
「ずっと札幌で一人暮らしをしたかったから」だったのでした。
そして住み始めた頃は嬉しくて楽しくてしょうがなかった。
「東京にいる方が楽しいから」という動機と同じことといえば同じなのかもしれない。


とりあえず、めんどくさいなあと思いました。
一番の敵は自分のこの無気力さ加減。
でも、人生は何が起こるかわからない。
何かに期待して生きているだけでも生きる気力は湧くかもしれない。
前回のポップンヒストリー から8ヶ月も経ってしまいました。
8ヶ月でどれくらい変わったかというと。。

最高レベル47 安定43
48 クリアなし 陣旗プログレッシブとDDRのみ黒◆
47 クリア38曲  現在残り41曲
46 残り2曲(ハイブリープ黒★、J-ROCKΦNEW黒●)
45 残り2曲(ドラムンフライ黒★、スペースオペラ黒★)
44 残り1曲(ニンジャ卍ヒーロー黒●)
43 全埋め
フルコン最高レベル43(曲はウルトラ'90sのみ 銀○)

8ヶ月前にようやく47初クリアして、その時はもう全然できなかったんですが
ようやく47の譜面も見えるようになってきて、気付いたらほぼ半分埋まってました
できるようになるものですね。やはり覚醒期はたびたびやってくるものです。
3ヶ月ほど前に急に階段ができるようになったのが転機だったと思います。
今まで指押しができなかったのが、突然できるようになりました。
これはおそらく、ヴァイオリンプログレッシブHをしつこくやりまくったおかげだと思います。
この曲は右上がり、左上がり、螺旋階段、低速階段、高速階段など
二重階段以外の色んな階段が出てくるのでかなり階段練習になりました。
それに曲もめちゃくちゃ好きだったので、一時期は毎回プレイしてましたね。

こうなるともう今までずっと空ゲージだったアルストロメリアEXや撫子メタルEXなどの階段譜面が
驚くほどできるようになって今じゃクリアもしています。
階段できるようになってからまた一段とポップンが楽しくなりました。


そしてずっと48に挑戦中なのですが、やはりまた壁が厚い。
46と47の差にも驚かされましたが、47と48の差もまたそれ以上にある気がします。
だけどようやく光明が見えてきました。
現在、陣旗プログレッシブとDDRにのみ、黒◆がついています。

今のメラゾーマはない

DDRはbag地帯(超低速地帯)でゲージが残るようになったのですが、ラストの伝説地帯(超高速)が
なんかもう呪われてしまったっぽい。
もともとラストがものすごく苦手だったのです、左手弱いし高速も見切れないので
なんとか食らいついてとようやく黒◆がついた時は一矢報いることができた気分で嬉しかったのだけど
その後何度やってもボロボロに。。

そんな中最近見つけたのが陣旗プログレッシブ。
この曲は前作まで旧41で、今作から48(つまり旧42)に昇格したのですが
全体的に譜面は47程度の難易度なので、48譜面としては弱めだと思います。
これがソフランでラスト殺しだから苦手な人が多く、48になってしまったのだと思われますが
低速が得意な自分にとってはもってこいの譜面でした。
ようやく巡り会えたって感じ。

というわけで最近かなり粘着してるんだけど、
やっぱナメちゃいけない。このラストの階段はソフランを抜きにしても結構むずいです。
でももう少しなんだよなー。
他の48にもいくつか特攻してるのですが、もう僕には陣旗しかないんです。
俺にはSASUKEしかないんですよ。


そんなこんなで、最近かなり自分の苦手譜面がわかってきた気がします。
自分が特別得意なのはたぶん「ソフラン」「低速」ぐらいしかないです。
BPMも最近やっと608ぐらいまで見切れるようになってきたぐらい。

自分が一番苦手なのが「左手譜面」。そんな用語あるのかはわかりませんが
いわゆる左手殺し譜面、左手酷使譜面です。
代表的なのが昭和ノワールEXですね。後半から左白と黄をずっと叩かされるやつ。
これはもう詰んでます。現状での我々の医学ではどうすることもできません。
だからジャパメタとかもやばいですね。
46もJ-ROCKΦNEWがコレにあたるので、46が埋まる気がしなくてやばいです。
だからいまだに44でニンジャヒーローが埋まってません。
左手はほんとに強くならない。。

あとは同時押し・三角押しがやはりまだ苦手でした。
階段ができるようになった代償に、また同時押しができなくなった気がします。
同時押しで物量でうわーってこられるとわけわかんなくなります。
だからビビッドとか近代絶頂音楽はやばいです。
あとコアダストビートやフロウビートが今でも落としたりするぐらいやばい。

そして最近わかったのが、ハネリズム系の曲が苦手ということ。
リズム感が無いのだろうか?
47でいえばおしゃまスウィング、ちんどんジャズ、アスレチックブギーがものすごく苦手。
おしゃまスウィングはなんとか黒◆までいったんですが
これは発狂で逆ボぐらいまで行ったのにそのあとでどんどん削られた結果です。
発狂よりサビの方が普通に難しい。。
ちんどんジャズはハネリズムでしかも同時押し三角押し譜面だから
俺を殺すための専用兵器としか思えません。


でも他のポプともさんはおしゃまスウィングがみんなできてます。
47としては簡単という話もちらほら聞きます。
自分だけクリアマークついてないのがなんだか無性に恥ずかしい。
しかしこの個人差が面白いから、ポプともさんとの比較は楽しいのですよね。

48をクリアできたら、また記事を書こうと思います。
それが近い将来になるか遠い未来になるか。。
俺がツイッターのアカウントを作ったのが2009年の11月1日ちょうど。
一貫して複アカを作ることなくやってきて、もうすぐtwitter歴4年になろうとしています。
自分ほど、twitterを有効利用している人間はなかなかいないのではないかと自負しております。
有効利用しているというのは、twitterが自分のにかなり多くの影響を及ぼし続けているためです。

しかしこの4年間twitterであったことなどを振り返っているとキリが無いし
何回にも分けて記事にするハメになる。
今回の記事では、twitterをはじめた頃を振り返りつつ、昔と今を見比べてみようと思う。
どうでもいいけどカタカナ表記で「ツイッター」と書くより「twitter」と英語表記する方が好きなので
今後もそれで行きます。

自分がtwitterを始めた2009年頃、まだtwitterはそこまで流行っていなかった気がする。
認知されてきてはいたけどまだmixiとかが頑張っていた頃だった。
が、このあたりからどんどん世間に興味を持たれ始めていた感はあった。
そういえば2010年にはツイッターを題材にしたドラマなんてのもやってたしね
(素直になれなくて、通称スナナレ 途中からほとんどツイッターが出てこなかったひどいドラマ)

当時、自分はニコニコに動画を投稿するようになってからだいたい1年ぐらい経ってた頃で
今と比べると圧倒的に自分の動画を見ている人は少なかった(今もさほど多くないけど)
だけど、自分のリスナーと思われる人に10人ほどフォローされていて
そしてtwitterの使い方がよくわからなかったので、とりあえず
たいして誰も見てないのに「実況動画に関すること」についてつぶやく、という使い方をしていた。

しかし最初の頃はやはりtwitterの楽しさが理解できず、最初の2ヶ月ぐらいはほとんど放置していた。
でもなんとなーくたまに覗くと地味にフォロワーが増えてたりして
覚えてないけどたしか4ヶ月ぐらい経ったらフォロワーが50人ぐらいになってて
ある日twitterを開いたまま出かけてしまい、夜に帰ってきたらツイートがいっぱいたまってて
それを下からダーッと読んでいたら、けっこう楽しかったのである。
この時にようやく、twitterの使い方がわかってきた。
それからちょっと積極的にフォローを増やしていくと、だんだん楽しくなってきた。

今でこそ自分からフォローすることはかなり減ったけど、当時は音楽の趣味が合いそうな人とか
有名人をガンガンフォローしまくっていました。

それからtwitterを使い始めてだいたい半年弱。
自分がツイッターにハマる非常に大きなきっかけになったことのひとつが
あるフォロワーさんが企画した「twitter音楽会」という、イベントというほどのものじゃないけど
ツイッター上で行われた企画です。
内容は、「#ongakukai」というハッシュタグをつけて(ハッシュタグの説明は省きます、すいません)
自分が思い入れのある曲、特別好きな曲をつぶやいていくというもの。
これが、企画を発案した人も予想していなかったほどの盛り上がりを見せて。
そこから、人がつぶやいた曲を聴いてみて素晴らしい曲に出会ったり
自分と音楽の趣味が合いそうな人をフォローしたりフォローされたり。
この企画は2日間行われたのですが、この2日間で一気に20人近くも
フォロワーさんが増えた記憶があります。
タイムラインを見るのも人と交流するのもここからかなり楽しくなりました。
twitterは完全に生活の一部となり、自分にとって無くてはならないものとなりました。

その後も、コナミがやっていた音ゲーust配信がまたtwitterを楽しくする
大きな要因となったこともよく覚えています。
ust配信はソーシャルストリームという、twitterのつぶやきと連動しているチャットがあるので
ここで気になった人を見つけてフォローしたりして、後にすごく仲良くなったりしました。
ust配信を見ている人は皆同じ目的で見てるわけだから嗜好が似てる人を見つけやすいので
自分に合った人を見つけるにはうってつけだったわけです。

そんなこんなで、自分にとって2010年5月~11月の半年間、
ツイッターを始めてから1年ちょいのこの期間が自分にとってのtwitter全盛期だったといえます。
この頃が一番つぶやいてたし、フォロワーも毎日増えてました。
今じゃ考えられないけど、平日休日関係なく一日50~80ツイートもしていたのです。
朝起きたら、寝ている間にたまったタイムラインを読み、
仕事から帰ってきたら仕事中にたまったタイムラインを読む。
仲良くなったフォロワーさんと交流したりする。これが日課になりました。


そして2013年10月、今。
もうあんなに年月が経ったのかと驚かされる。
今でも自分はtwitterをやっていますが、twittwerに対する見方、使い方などは
色々変わったんじゃないかなあと思います。
ツイッターは、全盛期ほど依存はしていません。
一日につぶやく回数はだいぶ減ったし、自分から人をフォローするというのも少なくなりました。

たまに寂しくなることがあります。
4年経って、今でもtwitterで交流がある人の方が明らかに少ないのです。
3年前にフォローしていた人はいろいろあってフォローを外したり外されていたり
また、アカウントを消してしまった人も少なからずいました。
「あのフォロワーさんのつぶやき、好きだったのに残念だなあ」と何度胸を締め付けられたことか。
そして、相互フォローしてて当初はよくリプライを送り合ってた人も
いつのまにかなんとなくよそよそしくなったり。

でもこれらはどれも仕方がないことなのです。
人との関係を続けるのって、とても難しいことですね。
とくにtwitterは会った事無い人同士とか、ネットでのつながりでのやりとりが大半だから
関係を断ち切るのはカンタンなことです。ボタン一つで済んでしまいます。

しかし、その中でtwitterを始めてから2~3年以上、今でも交流があるフォロワーさんもいます。
ほんと極少数ですが、います。
twitterがきっかけで得た素敵な出会いも、たくさんあります。
自分にとって思い入れの強いフォロワーさんがいるからこそ
今でもツイッターを楽しんでいられるのだと思います。
何度かtwitterで嫌な思いもしたけど、一度も本気でやめようとかアカウント消そうとか思ったことが無いのは
愛着があるフォロワーさんがtwitterを続けているからです。
「そういえば最近あの人見ないな」ってわかるぐらい、特別思い入れが強いのです。

当初と今で、自分が見ているタイムラインは全然違うけど
「そこにいると嬉しい人」がいる限り、ツイッターをやめることはないでしょう。
俺は画面がゴチャゴチャしている方が好きです。
どういうことかというと、テレビとかPCで画面内に出てる情報量が多い方が、なんか好きなのです。
たとえばバラエティ番組だとコーナーの説明とかのテロップだとか、タレントのワイプがあったりとか。
ゲームだと詳細なステータスが常に表示されてたりとか。

画面の情報量が多いとうっとうしいし見辛いし、見映えが悪いという人も多いでしょう。
たしかに必要以上にゴチャゴチャしていると
色んなところに目が入って気が散ったり、肝心のメイン部分に注目できなくなったりするなど
レイアウトとしてはよろしくないのかもしれません。
でも自分の場合は、その見辛いぐらい画面が色々ごちゃごちゃしてる方が好きなのです。

これは何故なのか自己分析すると
自分が寂しがりやであることと、集中力が無いからなのではないかと思います。
部屋が散らかってるのは「寂しい」という深層心理があるからだと聞いたことがあるのですが
それと似てる理論じゃないかと思うのです(ちなみに自分の部屋は散らかってます)
画面がゴチャゴチャしてないと、なんだか寂しい。落ち着かない。

たとえばRPGでフィールドを歩いてる時とか、大抵は主人公が歩いてるところがクローズアップされて
文字などは表示されないし画面内の情報量は少ないです。
ここで落ち着かなくて発狂するとかは流石にないですが、自分としては
歩いてる時でもHPやMPなどのステータスが常駐表示されてる方が好きかも
ぐらいのテンションはあります(実際あったら邪魔くさいと思うけど)

パソコンをいじってる時も、俺はよく画面を「散らかし」ます。
ブックマークサイドバーが無いと落ち着かないのでブラウザはfirefoxを使っていて
常にサイドバーを左のフレームで置いてます。
グーグルクロームは「ブックマークが無い」という理由だけで使わないという程。
これは単に、自分がネットを始めた頃からブックマークサイドバーを利用してたから
愛着が湧いてて、サイドバーが無いとしっくりこないというだけかもしれませんが。
で、やはり画面をゴチャゴチャさせます。
サイトを2窓したり、色んなツールは常に開いておいてそれらを画面内に常駐表示させたり
3つ以上の作業を同時にやったりもします。
ここから寂しがりや且つ色んなものに目移りしてしまう集中力皆無っぷりがうかがえます。

星のカービィスーパーデラックスのメニュー画面なんかはもはや「俺が求めていた理想」です。
あの色んなモードの散らかり具合。
俺と同じく寂しがりやでゴチャゴチャ好きなスタッフがデザインしたに違いない。

こういう例を挙げるとキリが無いのですが
これ、共感してくださる方いるでしょうか。
そしてこの記事の内容をけっこう本格的にプロに心理分析してもらいたい。
俺にとって思い入れの深い漫画の一つに「ピューと吹く!ジャガー」があります。
「マサルさん」で一躍有名になったうすた京介先生が週刊少年ジャンプで一昔前まで連載していた、
毎回9ページぐらいで巻末に掲載されているという特殊なギャグマンガでした。
俺がこの漫画の好きなところが、その芸風と世界観なのです。

ジャガーのギャグで多いのが「人間の汚い部分」や「人付き合いでよくある気まずいシーン」
などを取り入れた笑いです。
これはうすた氏本人もこの漫画のメインとしている要素なのではないかな、と思います。
で、これがわかるわかるあるあると、イヤに共感できてしまうところが面白いのです。

具体例を挙げると、どの巻のどの話とかは覚えてないのですが
ジャガーがある笛関連の道具を探していると言ったところ、高幡不動くんがそれに食いついてきて
話が盛り上がってきて「それ、うちにあるから是非見に来てください、家に招待しますよ!」
と、不動がテンション上がってジャガー達をマイホームに呼ぶ展開になる。
しかしその後のジャガーの一言「なんかめんどくさくなってきた…」
これがもう、見ててつらくなるぐらいわかりすぎて笑ってしまいました。
あるよね、なんか変に盛り上がっちゃって「じゃあ今から行くか!」っていうテンションになって
いざやるとなると急にめんどくさくなるっていう。

あとは、飲み会だか歓迎会だかの話で
ピヨ彦が座ったところがハズレで、向こうでワイワイ盛り上がってるところに混ざれない人の輪に
入っちゃって「陰気なとこ座っちゃったー!」っていうシーンとかもリアル。
飲み会って座る場所ミスると一気に楽しくなくなるからね。

で、自分がジャガーにかなり思い入れを深めるようになった大きな要因が
このマンガを読んでいる当時、自分が大学生だったからです。
ジャガーの舞台が専門学校(というかスター養成学校)だから
自分の生活に妙にシンクロしてしまう世界観だったんですね。
たぶん、リアルの専門学校に比べるとジャガー達の通うガリプロはかなりヒマそうなので
感覚は大学生に近いと思います(ギャグマンガだから細かい設定は無さそうだけど)。

なんか色々リアルなんですよね。あー暇な大学生ってこんな感じ、みたいな。
たとえば、ジャガーとピヨ彦が暇な時間があってとりあえずゲーセンに寄るシーンがあるんだけど
そこでUFOキャッチャーとかゲームコーナーとかなんとなく、それらのゲームをプレイするでもなく
見てまわってゲーセン内一周して「うん…」って感じで何もせずゲーセンを出る、
みたいなシーンがあったと思うんですがこことかすごい、あるあるだなあと思います。
大学生活の自由な感じとかなんかヒマな感じってのが自分はすごい好きだったから
この漫画の世界観と照らし合わせてしまうんですよね。
「飯、食ってく?」とか何気ない会話も結構出てくるんですが、そういうのも好き。

それに大学生って人間関係に多感な時期で、人間観察とかもよくするようになるから
そのへんをまた自分と照らし合わせてしまう。
この漫画を見た感じ、うすた先生もかなり人間観察が好きなのではないかなあと見受けられます。

個人的な話ですが、こういう風に、妙に自分の生活とか考えとシンクロする部分が多くて
大学生活が好きだったからジャガーを読むと大学のことを思い出すようになったりしちゃって
それで思い出の漫画となってしまったわけですね。
大学生の人にオススメしたい漫画です。


ところでジャガーのギャグは、はっきり言ってしまうと「すごいよ!マサルさん」に比べると弱いです。
というか、マサルの頃が凄すぎた。あの時のうすた先生はノリにノッてたんだと思います。
マサルはシュール、不条理系のギャグ漫画で、当時はその手のギャグ漫画が少なかったので
マジでマサルはギャグ漫画界に革命を起こした作品だったと本気で思ってます。
ってか実際そうだと思う。
たぶんだけど、マサルが世に出てからシュールなギャグ漫画が増えた気がする。
もう何から何まで面白い。意味不明でありながら綿密に笑いのツボを計算しつくされているギャグの数々。
言葉のチョイス、ボキャブラリーの豊富さも神がかっていて
マサルを読んでからしばらく、他のギャグ漫画が全てつまらなく見えてしまった時期があった。
そういう人は、もしかしたらけっこう多いんじゃないでしょうか。
余談ですがうすた京介短編集「チクサクコール」にマサル連載前の読切作品などが収録されていて
初期からもシュールギャグを中心にやっていました。どれもすごく面白い。
特に「男一匹セニョリータ」は見事。最初から最後までずっと笑える。

しかし俺が思うのは、ジャガーとマサルは比べちゃいけないんじゃないか、ということ。
同じ作者が描いてるからどうしても比較されてしまいがちですが
実際、この2作品の芸風はほとんど別物のような気がします。
ジャガーもベースとしては不条理ギャグとかシュールギャグ漫画ではあると思うんですが
どちらかといえば前述したように人間の汚い部分痛い部分を笑うテイストをメインにしてる感があって
マサルや武士沢レシーブなどと比べるとシュール要素はかなり抑えられています。
そもそも主人公のジャガーが、マサルや武士沢と違って普通にツッコミ入れたりするしね。
主人公がちょっと常識ある時点で(それでもジャガーはかなり変人だけどね)毛色が違いますよね。

だからジャガーのギャグにはジャガーのよさがあるんですね。
マサルとは違った楽しみ方がある。
それにジャガーの魅力はその個性的なキャラクター達にあります。
実際、キャラクターづけはマサルの頃に比べてすごく上手くなってると思います。
ここまでくると、マサルとジャガーはほぼ別人が描いてるようにさえ思えるんですよね。

もうだからいっそ、ジャガーとマサルは別の作者が描いてる、ぐらいに思ったほうが
どちらの作品も純粋に楽しめるでしょう。
むしろ、俺はそうしてます。
でも、どっちのうすた先生も好きです。