さて、日本人の手の慌ただしさには特別なものがあると言われています。しゃべりながら髪にさわったり、口に手をあてたりと、かなり忙しい。また、ポケットに手をつっこんで歩くのもよく見うけられます。(これらのしぐさは、ヨーロッパではしてはいけないこととして親から厳しくしつけられているそうです)
これについて文化人類学者の野村雅一氏は、日本人が、乳幼児期に親からあふれるほどスキンシップを受けていたのが、少年期になって急にそれを奪われることからおこる現象なのではないかと推理しています。
たしかに、私たち日本人は、大人になれば家族とだって触れあったりしませんし、あいさつは握手ではなく、やや離れたところからのお辞儀です。逆に人に触られると、ギョッとして身を引いてしまうこともあったりして。もはや「スキンシップ恐怖症」になっていますね(^^;)
笑い上戸、泣き上戸と酒癖にはいろいろありますが、私の友人Rさんは、お酒が入ると「抱きつき魔」になります。
一度、立食スタイルの忘年会をしたとき、それに遭遇しました(笑)。いつもニコニコかわいいRさんは、大勢といることで笑顔はますます輝き、話術も楽しくなっていきました。私はそばでそれを聞いていました。そのうち彼女は、そばにいる私を見つけて、「さくらさーん(仮名)」と抱きついてきました。わぁ!
周りの男性群も期待をこめてソワソワしてましたが、あいにく私と、仲のよい男友達1人で打ち止めとなったようでした。……もしかして相手を選んでるんじゃないのか(笑)
朝晩の寒暖の差がはげしくなり、あたりの木々が、急に色づいてきました。私はこの季節が好きです。木の葉が赤や黄色に染まり、街にいろどりが生まれます。反対に、人々は夏のカラフルな服から、シックな色あいの服をまとい始めます。空気がサラッとなごやかになってきて、気持ちのいい日がつづきます。
味気ないアスファルトの道も、今の時期は好きです。落ちた枯葉がいっぱいあるからです。私は歩きながら、いろいろな色や形の葉を見たり、足でふんで音をたてたりして楽しみます(まるで小学生!)。
風がさあっとふきました。道路につもった枯葉が、目の前をかろやかに横切っていきました。赤茶けて丸まった葉っぱたち。乾いた小さな音をたてながら。カラカラララ、サーッ。そうして風がやむと止まり、ふき始めると、またカサコソとどこかへ流れていきました。
枯葉の小川の音は、秋だけに味わえる楽しみです。
昨日、電車を降りようとしてドアの前に立ったら、肩になにかぶつかった。背広姿のおじさんが、私のすぐ目の前に、ビニールの袋をかかげていた。私が座席に置き忘れた荷物だった。
ごま塩の髪にかるくパーマをかけ、ややくたびれて怖い顔をした、50くらいのおじさんだった。ガムをかみながら、手をヌッとつき出していた。荷物を私にぶつけたのは、「もしもし」というサインだったらしい。声をかけなかったのは、ガムのせいか、無口な性格のせいか。(無言ムードが中年にも広がっている、なんてことは言わないけど、ちょっと考えちゃった)
「すみません、ありがとうございます」と頭をさげて袋を受け取ったら、一瞬恥ずかしそうな顔をして、でもかぎりなく無表情のまま、ガムをかみかみ行ってしまった。彼も同じ駅で降りるのだったらしい。
人ごみにもまれて階段をおりていくおじさんの背中は、ちょっぴりシャイだった。
職場のある方が亡くなった。57歳、癌だった。私はその人を書類で名前を知っている程度だったが、職場の上司たちは動揺していた。「まだ働きざかりなのに」「子供が大学生」という声をきいた。明日お通夜だそうだ。
職場で長年親しくしていただいている人がいる。もう60過ぎだが、海外の学会にもどんどん行き、良さそうなCDを買ってきては私に聴かせてくれた(イズラエルもロリーナ・マッケニットも彼から教えてもらった)。
先日、映画を観にいく約束をしていたのが、前日にキャンセルになった。体調をくずしたらしい。仕事も休んでいるそうだ。「調子がよくなったら改めて」と言ったまま、もう半月以上になる……
借りたままのCDがある。差し上げようとダビングしたMDもある。また会えるだろうか。もし彼になにかあったら、私は自分が行動しなかったことを後悔するだろう。
今夜、それらを自宅に送ることにした。お見舞いの手紙を書こうと思う。
私は自転車をこぎながら、その犬とすれちがいました。
犬が私を見上げました。「誰かな?」という興味の目。散歩に夢中らしい、キラキラした瞳でした。人なつっこい顔をしていました。犬は私のほうに歩きかけ、主人に綱でひき戻されました。
一瞬の視線。私はそれで、犬がいま幸せだということを知りました。
私はそのまま自転車をこぎ続け、犬と主人は散歩を続けました。出会いにすらならない、風景の一部のままで。
私はときどき考えます。もし自分に何か辛いことがあったとして、あの犬のようにいきいきとした瞳でいられるだろうか。いまある自分で満足できるだろうか、と。
数日前のこと。朝、駅まで自転車を走らせていたら、犬を散歩させている人がいました。犬はなんという種類なのでしょうか、ポインターをやや小型にしたような、白に黒のブチのある、かわいい姿をしていました。
見ていると、犬の歩き方がちょっと変なのに気づきました。後ろ足をヒョコヒョコと、飛びはねるように歩いていました。どうやら後ろの右足の具合が悪いようです。ケガでもしたのかな? そう考えながら、なおも自転車をこいでいった私は、アッと声をあげそうになりました。
犬は、足を上げてはいなかったのです。その足は、つけ根からありませんでした。
でも、その犬はふつうの犬と同じように、小走りに主人についていき、電柱の臭いをかぎ、オシッコをしていました。ふつうの犬と同じように、散歩に夢中でした。
10月22日(日)2:00PM~。サントリーホールにて。
曲目……
ベートーヴェン:ソナタ第17番ニ短調Op.31-2「テンペスト」、
同:ソナタ第21番ハ長調Op.53「ワルトシュタイン」、
J.S.バッハ/ブゾーニ編:パルティータ第2番ニ短調BWV.1004~シャコンヌ、
レーガー:J.S.バッハの主題による変奏曲とフーガOp.81。
考えぬかれ、がっちり構成された演奏はまさにドイツ。大きな体を使って弾くfはとてもたっぷりと響き、これだけ鳴らしてもらえればピアノも本望でしょう(笑)
「パルティータ第2番」が良かったです。まるで本物のオルガンを聞いているようにクピクピと弾いたり、ビヤビヤビヤと弾いたり。かと思えばいかにもピアノ的な音を出したりして。
アンコールはブラームス:インテルメッツォOp.116-4。うって変わった繊細でロマンチックな演奏(ドビュッシーかと思った)に、幅広さを感じました。