カルビは1回食べたことがあるだけ、キムチは遠巻きにながめているだけの私でしたが、韓国でいろいろトライしてきました。
キムチ:たしかに辛い(*^^*)。でもこの時期はちょうど1年の中で漬け始めの季節だったので、死ぬほど激辛ではなかったです。大根の水キムチ(薄い塩味)がおいしかった♪ ニンニク丸ごとのはちょっと…(^^;)。どこでなにを注文しても、最初にかならずキムチが何皿か出てきました。韓国の人って、ほんとにキムチが好きなのね~。
カルビ:骨付き牛肉を焼く例のやつ。ハサミでチョキチョキ切るのでびっくり。キムチをそえて、包み菜にくるんでいただくと、ほどよいピリリ具合でGOOD。
冷麺:毛糸みたいにグルグル輪っかになっている麺を、ハサミでチョキチョキ。韓国の女性は、お嫁に行くときにハサミを持っていくにちがいない(笑)。さっぱりしていて美味でした!
韓国に旅行に来たんだからお約束ものを、とエステに行ってきました。
スタッフはすべて女性(あたりまえ)。制服は黒のビキニ。
最初は汗蒸幕(ハンジュンマク)というサウナ。石と土で積み上げられたドームの中へ、コーヒーをいれたりする麻の布をかぶって、じっとしています。それから(高麗)人参風呂や薬草サウナ。で、垢すり。いや~痛いのなんの、おばちゃん私をイモか何かだと思ってるんじゃないのか(笑)。
きゅうりパック、マッサージをしてもらってから泥パック、塩サウナ、お茶風呂などを体験。面白かったです~。(実はエステ初体験)
韓国の女性は週に1度は必ずエステに行くそう。フルコースはしないまでも、サウナとか、よもぎ蒸しとか、なにか1つはやるそうです。
驚いたのは、韓国では男性もエステ大好きだということ。垢すりなんかによく行くんだそうですよ。もちろんスタッフは男性。制服は黒の海水パンツだそうです(#^^#)
さて、2日目は慶福宮(キョンポックン)を見学。李氏朝鮮王朝を興した李成桂が、1935年に都をソウルに移したときに建てた正宮がこれ(いちばん大きいのは改装中のようで覆いがかかっていました)。息子の学び舎や正妃の舎もあり、広くてカラフル。その色あざやかで細かな模様に、韓国の刺繍や組み紐を連想しました。
国立民族博物館は百済、高句麗、新羅などの衣装の違いなどが見れて面白かった。それよりなにより驚いたのは、見学に来ている小学生の数! ソウル中の小学生が遠足に来ているのかと思ったほど、あとからあとから入ってくる。もしかして私たち、遠足の日と当たってしまった? と嘆きながら、にぎやかな頭ごしに展示品をながめていきました。
あとで旅行会社の人に聞いてみると「毎日ああですよ。韓国は自分の国の歴史を大切 にしていますので」とのこと。ま、毎日こういう集団が来るの? うーん、すごいですね韓国の学校教育。
韓国ウォンは日本円の10分の1程度。たとえば30,000ウォンのセーターを買うとすると、日本円にして約3,000円。物の値段はだいたい日本の3分の2くらいでした。
安さを実感したのはタクシー。日本では初乗り運賃640円ですが、こちらでは1,300ウォン(130円)。安い! 6年間無事故でいるとなれる優良タクシーでも、初乗りは3,000ウォン(300円)。おかげで旅行中はもっぱらタクシー(優良)を利用していました。
あるとき、ホテルに帰ろうと乗っていたら、違うホテルの前で停まりました。あれ、と思っていると、運転手は窓をあけ、数人と話を。韓国人の青年が助手席に乗り込みました。え?
これ、相乗りだったんですね 。同じ方向に行くならいっしょに乗る。彼のメーターは、たぶん私たちが降りたヒルトンから計算を始めるのでしょう。相手によってはちょっとスリリングだけど(^^;)、なかなか効率的だなと思いました。
夜、東大門市場(トムデムンシジャン)に行って驚いたのは、若者たちが大勢歩いていたこと。原宿かここは。
しかもみんなファッショナブル。茶パツもけっこういたし、携帯もかなり持っていました。
街のメッカとなっているのは2軒のデパート。ミリオレとドゥーサンタワー。なんと、どちらも開店時間が10:30~翌5:00!こりゃ原宿よりすごいよ(^^;)
ミリオレのほうに入ってみました。地下もあわせると10階もある大きな建物。その大きさにまずビックリ。
入ってまたビックリ。上野のアメ横がそのままデパートに入ったところを想像してみて下さい。あんなかんじ。商品を山と積みあげた屋台が、1フロアに何十と並んでいました。通路は、両手を広げればどちらの店にも届くくらい。当然試着は不可。
買うときはまず値切るのが基本。私の旅の相棒は、韓国4回目のツワモノで、身振り手振り、電卓を借りて値段を交渉していました。
成田空港から2時間強でソウルに到着。時差はゼロ。おお、アジアの旅行はな~んて楽なんでしょう♪
途中渋滞にまきこまれつつ、まずは宿泊先のヒルトン・ホテルへ。ここは市街地のちょっとはずれの小高いところに位置しているので、便利かつ静か。ロビーや部屋も韓洋折衷(って言葉があるかな?)でステキ。テレビの入っている棚が、韓国のタンス風だったり、窓に韓国風のふすま(幾何学模様の桟)が付いていたりしていました。
右を走る車に外国を感じつつ、でも、風景にはなじみ深いものを感じました。2階建てくらいの建物がつらなっている商店街。味気ない外装のビル。風格がある装飾された石造りなのは銀行くらい。歩く人々は黒い髪、黄色い肌……ここは日本か?(^^;)
ほんと、日本のパラレルワールドに来たみたいでしたよ。文字化けしてハングル語になった世界(笑)。不思議な気分でした。
不思議ですが、その交差点に立ちながら、今ここで人生をリセットしても、また「自分」を始められる、と強く思いました。
もし本当に記憶喪失になったら。もし別の世界に生まれ変わったら。私はなにも覚えてないかもしれない。けれど、なにを好きだったかは、きっと心の奥底に残っているはず。それがおそらく私というパーソナリティの基本となっているもの。
考えてみました。その新しい私は、やはり読書が好きでしょう。音楽を聴くのが好きでしょう。絵画が好きでしょう。建築物が好きでしょう(これは意外でした。それまで興味がなかったから)。いろいろなことを考えるのが好きでしょう……。
ちょっと泣き虫で、シャイな人。いつかどこかでそんな人に出会ったら、それは私かもしれません。
数年前、旅行していたときのこと。交差点の信号待ちでボーッと立っていたら、急に「私は誰?」という考えにとらわれました。
べつに記憶喪失にはなってませんよ(笑)。でもそれに近い状態だったのかもしれません。
旅行って、いつもいる場所から遠くはなれますね。友人たちから。職場や家から。毎日部屋に置いてあった本は読めない。好きなCDも聴けない。昨日までずっとつづいていた自分の世界がなくなっている。ホームシック? ところが私はぜんぜん寂しくなかった。……なんで?
自分のまわりに、モノがあったつもりだったけど。モノがあって、それに反応する自分があっただけかもしれない。自分の世界=過去の積み重ね。過去がなくなったとき、そこに残るのはまっさらな心だけです。
でも、おそらく私たちは、心の奥でスキンシップを求めているのでしょう。前述した慌ただしい手の動き。寂しいときほおづえをつくのは、自分で自分をなぐさめているのだそうです。人のぬくもりを得られないなら、せめて自分のぬくもりでも感じたい……。日本人は孤独なのかもしれません。
私たちが孤独だからこそ……子供に手をさしのべるとき、恋人や愛する人と抱き合うとき、それが特別な意味をもつのでしょう。なぜなら心を許した人としか、私たちは触れあわないからです。
私もRさんみたいに、飲んだら誰かに抱きついてみようかな……嘘です(^^;)
(参考文献:『しぐさの不思議』河出書房新社、KAWADE夢文庫)