電車にゆられながら、私は自己嫌悪におちいっていた。近くにいたのに、動けなかった。恥ずかしかった。

と同時に、なにか違和感も覚えていた。
私はまわりを見渡した。

同じ車両の、別のドア付近に座っているサラリーマンは、うつむいてコミック雑誌に没頭していた。青年のことに気づいている様子はなかった。
アナウンスもなかった。「電車の乗り降りにご注意ください」とか、そういうたぐいの文句は流れなかった。
「さっきはびっくりしたね」という話し声も、聞こえてこなかった。

車内はいつもの、夕方のけだるい静けさしかなかった。まるで何もなかったかのようだった。

……青年が落ちかけたこの車両で、誰もあれに気づかなかったなんてことが、あるのだろうか?

ありえる、と思った。
助けられた人は無言だった。助けた人も無言だった。起きたのは足元だった。車内に立っている人でもいれば見えないだろうし、座っていればまったく分からなかっただろう。

無言の電車はひた走り、さっきのホームははるか遠くとなっていった。

仕事帰りの、駅のホーム。いつものように電車が到着して、いつものようにドアが開いた。私はいつものように乗ろうとして、ふと左のほうで、誰かが何か言った気がして、そちらに目をやった。

となりのドア、足元。電車とホームの隙間に、落ちかけている人がいた。大学生くらいの若い男性。

信じられなかった。子供なら分かる。小さいから。
だけど、大人が。あんな隙間に。
ニュースでは聞くことがあるけれど、実際に目の当たりにしたのは初めてだった。

青年は2本の腕だけで、体を支えていた。電車の床と、ホームとに腕をかけ、頭だけ出していた。声は出していなかった。自分の置かれた状況にどう反応していいか分からないような、驚いているとも笑っているともつかない表情をしていた。

周囲は凍りついたように動きを止めていた。それから、我に返った2、3人が青年のもとへ駆けよった。サラリーマン風の男性や、女性。かがみこみ、すっぽりはまっている彼の脇やベルトに手をかけて、引っ張った。

ぐいっと青年はホームに持ち上げられた。

彼は礼を言ったかどうか。記憶では、口は開かなかったと思う。まだパニックだったのか、それとも恥ずかしかったのかは分からない。
助けてあげた人達もまた、何も言わなかった。もしかしたら彼の言葉を待っていたのかもしれない。

皆、しばらく突っ立っていた。そのうち、黙ったまま、それぞれに去っていった。

あっという間の出来事だった。静かに事件は終わった。
私は、ただ、立ちすくんでいた。

ベルがホームに鳴りひびいた。
ドアは、普通の時間内に閉まった。
そして電車は、定刻どおりに出発した。

職場に自転車があります。共有のもので、遠くの棟に行ったりするときに、みんなが使っています。
久しぶりに私が乗ったら、タイヤの空気がなくなっていました。パンクするほどではないけど、そろそろ危ない。

途中で寄り道をし、守衛室の受付で空気入れを貸してください、と声をかけました。
「ちょっと調子が悪いみたいなんだけどね」
と言いながら、守衛さんが置いてある場所を教えてくれました。

なるほど、たしかに空気入れは調子が悪かったです。
握りを上下に動かしても、スカスカした手ごたえしかなく、シューッと抜ける音ばかりで、タイヤはペコペコのまま。
それでも何度もやっていれば、少しはふくらむかもしれない、そう思って動かしていましたが、いっこうに気配がありません。

困ったなあ、もう入ったことにして、返してしまおうかな、と考え始めたとき。
門のところで立っていた守衛さんが、そばに寄ってきました。
「どれ」
すいとしゃがんで、口金と、タイヤのバルブのところを押さえてくれました。私が握りを動かすと、もれていた音が少し静かになっていました。

そのうち受付の中にいた守衛さんも出てきました。「貸して」と手をだすので、空気入れを渡すと、代わりに入れてくれ始めました。

シュ、シュ、シュ。
「これでどうかな」
「全然まだだ」
シュ、シュ、シュ。
「今度は?」
タイヤをチェック。
「うーん、まだだな」
一人はしゃがみこみ、一人は腕を動かす。年配の警備さん二人の、その後ろ姿は無心で、ひたむきでした。

「こんなもんかな」
「なかなか一杯にならないなあ」
しばらくして、守衛さんたちは顔をあげました。
「空気入れの調子が悪くてすまないね」
指で押してみると、タイヤは最初より、ずっと弾力が増していました。
「ああ、充分です。空気、いっぱいに入っています」
「そうかい?」
「はい、どうもありがとうございました」私は頭を下げました。
「お手数をおかけしました」

本当は、完全にタイヤがパンパンになることはなかったのだけれど。私には充分でした。
警備さんたちの、自転車に向かって背中を丸めている姿が、心に残っていました。

ありがとうございます。快適に走れます。

そのうちホームセンターで空気入れを買ってきてあげよう、と思いました。毎回おじさん達が手伝わなくてもいいように。

みんなの昼食にと、ミスドでドーナツを買ってきました。

帰ってきたら、栗栖氏は「親父がまたサンドイッチをくれたから腹はいっぱい」とのこと。
義父も昼食は終わっていました。(たぶん同じサンドイッチ)

一箱ぶんのドーナツは、一人で食べるには多すぎます。でも、放っておくと悪くなってしまう。
手近なのを選んでしぶしぶかじっていたら、栗栖氏が、お義理でひとつつまんできました。
しばらくして、
「ひとつもらっていいかい?」
と、もう一個取りました。
「いいわよ」
「親父にここのところサンドイッチをもらっているから、お返しにあげてくる」
本当はそれは、私が先に気付くべきだったな、と思いました。
「ああ、いいわね。良かったら2個、どう?」
「いや、食べたばかりだから、1個でじゅうぶんだろう」
「そうね」

しばらくしたら、義父が下りてきて、
「ドーナツ、ごちそうさん」
とにこにこしながら私に声をかけました。あげたのは彼だったのに、とちょっと後ろめたく、ちょっと照れくさくて、
「いいえ、いつもごちそうになっているので、お礼です」
私も頭を下げました。

たぶんこれは、実家の両親とだったら、お互い当たり前すぎてお礼を言うなど考えもしなかっただろうことです。

けれどこうして義父と、ほんの安価なものででも、やりとりをして、会話をして。それができる今の家庭がありがたいと改めて思いましたし、もっとずっと前からすべきだったんだな、と思いました。

こんど実家になにか持って行こうかしらん。大げさなものでなくていいから、簡単なものを。ドーナツとか。
いつもお世話になっているお礼をこめて。

やっぱり面と向かったら、ただ「安かったから」などと言って渡すだけになってしまいそうだけれど。


今日は午前中から雨。正午になるにつれ、本降りになってきました。

用事があって町に出たら、道路にお神輿がいくつも出ていました。
傘がないとぬれてしまう天気では観客もまばらで、担ぎ手の男衆も勢いが出せずにいます。でも、普段は近所づきあいなど照れくさくてしなさそうなおじさん達が、ハッピ姿で談笑したり、ヨイセコラセとねり歩いたり。そんな姿に、こちらもなんとなく元気をもらって、傘を打つ雨音も楽しく感じられたのでした。

帰り道のスーパーで、柏餅を買いました。
風習にいまいち詳しくないのですが、男の子のいない我が家が柏餅を食べるのは、いいのかしらん? 単にお相伴にあずかっているだけなのかもしれないですよね……

あ、そっか。
我が家には大きな子供が二人いるからいいんだ。(笑)

さて、今夜はお風呂を菖蒲湯にします。北国育ちの栗栖氏は、5月5日に菖蒲湯に入る習慣がなかったそうです。(そもそもスーパーで菖蒲が売られてなかったらしい。)
今年も菖蒲の鳴らしかたを教えてあげることにしましょう。雨降りだから、音出しの練習にはちょうどいいです。あれはすごい音がしますからね!


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(写真は、柏餅と、節分ケーキに続いてバッティングしてしまった義父のケーキ。またやってしまいました~)

スーパーへ行ってきたらしい義父が、「はい、おみやげ」とサンドイッチを2つくれました。
よくコンビニで売られているような、三角のビニールパックに包まれているミックスサンドが2種類。卵のや、野菜だけ、ハム&レタス、ツナ&野菜など、いろいろ入っています。

ちょうどお昼時。お腹がすいていたので、ありがたくいただきました。

1つ目。まあまあおいしい。
2つ目。やっぱり市販品は、こんなものかな。生ものだから、保存剤でも入っているのかな? 手作りしたものとは、味が少し違います。
3つ目。……なんだろう? 背中を、なんともいえない悪寒が走ります。味はおいしくはないけれど、まずいというほどでもない。だけど……
違和感。
噛んでいましたが、飲み下せません。体が拒否しているようでした。最後は身震いしながら、目をつむって飲みこみました。

きっとそうとう添加物が入っているのだろう、と思いました。

そういえば、職場の売店で買った調理パンもまずかった。卵+マヨネーズのパンでした。口当たりは悪くなかったのですが、でも普通にゆで卵とマヨネーズをあえただけではない、別の味がしました。同じように背中がぞくぞくし、飲み下すのに苦労しました。

ゆううつな気分で残りのパックに目をやると、ハムサンドの、パンの一部がピンク色になっていました。ハムと同じ色でした。

普段は「添加物なんてみんな入っている」と気にしていませんでしたが、ここまでひどいと、もう食べ物とは呼べないような気がします。
ワインがカビないように防腐剤を入れるのや、豆腐を豚肉料理そっくりに仕立て上げるのとはわけが違う、これはなんというか、ニセモノの材料で作られたまやかしのナニか、だと思いました。
嘘を食べようとしたから、飲みこめなかったのでしょう。

我が家の男性群は気にならなかったのか、と不思議になりました。
口当たりのいい味や匂いに、ついついごまかされて食べてしまったのかもしれません。

農薬漬けの野菜や薬漬けの魚肉の危険を、ニュースや本でよく目にします。
無農薬のものだけを口にするのは、どうしても金銭上、限界があります。けれど、できるだけ低農薬の食材を買い、手作りでいこう、と思いました。

出会ったころは、学生のような黒髪だった栗栖氏。
最近、白いものが増えてきました。

消えた黒い毛は、一体どこへ行ってしまったのでしょう……?

あ。
分かりました。

どうやら、目のわきに移動して、笑いじわになったようです。

その変換、わたし好きです。

スーザン・ボイルさんをネットで見ていたら、「第二のポール・ポッツ」という文章に当たりました。知らなかったので調べてみると、こちらも同じく『Britain’s Got Talent』に出場した方でした。スーザンさんは3年目の出場者で、まだ地区予選の段階ですが、ポッツさんは1年目の出場者でした。

彼のことは日本でもテレビで紹介されるほど、評判になっていたのですね。
オーディションや再現ドラマを見て、とても感銘を受けました。

携帯電話ショップの販売員だったポッツさん。彼は冴えない格好と自信なさげな表情でオーディションの舞台に立ち、審査員や会場から「オペラなんて歌うの?」という反応をされます。
それがオペラ『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」を歌いだすと、想像していなかったようななめらかなテノール。すばらしい熱唱に、会場は拍手喝采をします。
映画のようなシーンに、思わず胸が熱くなりました。

恵まれない少年時代。歌だけが、ポッツさんが自分自身になれる時間だったようです。
オペラが好きで、一般の職につきながらも色々やりくりしてを歌の勉強しますが、事故で入院をし失業。多額の入院費の支払いのため、ついにオペラを封印します。

そんな彼が、奥さんの勧めもあり出場した『Britain’s Got Talent』。「これで駄目なら歌はあきらめる覚悟」だったそうです。
他の出場者のパフォーマンスは見ていません。きっと上手だったろうと思います。
けれど、ポッツさんの歌は審査員や観客の心を動かしました。オーディションの光景を見ていると分かります。彼の「歌いたい!」という思い。それがせつないまでに伝わってくるのです。

歌うことが好きで、オペラが好きで。勉強したかったけれど、色々な限界があった。普通の仕事をしながらでも接していたかったけれど、それも事故でできなくなってしまった。

ポッツさんの声は、プロのテノールと比べると、若干まだ未熟かもしれません。
それでも彼の声には、人に訴えるすばらしい力があります。歌に対するひたむきな気持ち。不遇だった時代の悲しみはひだとなり、微妙な陰影をつけてくれます。そしてそれは、アコヤ貝の真珠のように、彼の声にまろやかにくるまれ、静かに輝いています。

ポール・ポッツさんの歌へ思いは人々に感動を与え、彼の人生をついに花開かせたのでした。


(↓オーディションの動画はこちらから)
予選
準決勝
決勝
発表

(↓再現ドラマの動画はこちらから)
(『奇跡体験!アンビリバボー』(フジテレビ・2008年6月5日)(1))
同(2)
同(3)
 

ワン・チャンス

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イギリスの公開オーディション番組『Britain’s Got Talent』に出演したスーザン・ボイル(Susan Boyle)さん。47歳、無職。
どちらかといえば野暮ったい外見。夢は「プロの歌手」。審査員も観客も苦笑いです。

出し物はもちろん、歌。ミュージカル『レ・ミゼラブル』の中の1曲、『I Dreamed a Dream』(夢やぶれて)。

歌い始めたら……ディーヴァでした。

若々しくつやのある歌声。ただただ美しく、時に力強く、時に陰影をこめて。
驚く聴衆。すぐに歓声を上げ、クライマックスでは、会場内がスタンディング・オベーションでもう大騒ぎでした。

美しいものの前に、人はうっとりと微笑む。理由などなく。それは本能で、心で分かるのでしょう。
人々の表情が、私には印象的でした。

(字幕つき動画はこちらから)
(らばQさんの記事&字幕動画)
 

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グリーンピースを買ったら、ひとつ、黒いさやが混ざっていました。
中を開けると、きゅうくつそうに並んだ実がぎっしり。その全部から、白い根がひょこひょことシッポを出していました。
これでは食べれません。

捨てるのももったいないので、土に植えてみることにしました。

豆の成長の早さには驚かされます。
台所の窓辺に置いていましたが、見るたびに、少しずつ変化していました。
今日は実が割れた。今日は葉が出た。今日は茎が伸びた。たたんでいた葉が広がった。
毎日、栗栖氏と台所仕事をしながら、豆をのぞきこむのが楽しみになっていました。

すくすく育っていくグリーンピースは、生命力にあふれています。
見ていてわくわくさせられました。
最終的に実をつけるか。一品できるくらい収穫できるか。それは途中から、どうでもいいことになっていました。
たぶん、人が子供を育てるのも、ペットを飼うのも、それを見たいからではないでしょうか。生命の輝き。成長していく姿。
そんなことを考えたりもしました。

つるが出てきて、それまでまっすぐだった茎がわずかに曲がり、なんとなく壁を探るような風になったとき、そろそろ移植だなと思いました。

週末、栗栖氏と二人で、プランターに移し変えました。支柱も立ててあげました。

数日たって、栗栖氏が首をかしげて言いました。
「みんな、つるを支柱のほうに伸ばしてきているんだよ。まっすぐじゃなくてさ。なんで分かるんだろう?」
生命は不思議に満ちています。

明日は支柱につるが届いているでしょうか。一番早いのはどれでしょう?
朝の水やりの時に、確認してみることにしましょう。