雨の音が聞こえる。

携帯の目覚まし時計に起こされて、まず思ったのはそれ。
ああ今日も雨か……。

もうちょっと眠っていたいと、意地汚く布団にしがみついている私のとなりで、栗栖さんはエイヤッと布団を蹴飛ばして起き上がります。夏は私が早起きですが、冬は立場が逆転です。
足音が、部屋を横切り、階段をトントンと下りていきます。

電子レンジがうなる音。コーヒーを温めているのです。
チーン。

換気扇の回る音。目覚めの一服。

横で、栗栖さんの目覚ましが鳴り始めます。主の代わりに止めて。
「……」
私も起きなきゃあ……。
しぶしぶ、起きる支度をはじめます。

ポツ、ポツと屋根をたたく音が続いています。
ああ、助かった。今日はオフだ。
最近、単発のバイトを始めました。週2日ほどで、今日はたまたま休みの日でした。
さあて。予定していた洗濯はできないから。あとは、朝のゴミ出しか。
どのくらいの雨かな? ひどく降ってなければいいけど。

カーテンを開けて、雨戸を開けて。
「あ!」
思わず声をあげました。

外は、いちめんの雪景色でした。

 

国宝級の伝統技術を持っていなくても
長者番付のリストに載らなくても
社会を変える大発明をしなくても

あなた
そのすてきなほほえみが

あなた
その軽快なフットワークが

あなた
その楽しいおしゃべりが

みんなみんな
うちの たいせつな
人間“家”宝

 

ただひたすら病気で過ごした1年でした。
自分の中では、大きなトピックになった年でした。

癌。もう珍しくなく、日本人がなる病気の3本の指に入るはずですが。まさか自分がなるとは思っていませんでした。(なんといっても、結婚2年目ですからね!)

それで分かったのは、癌は癌は誰にでもかかりうる病気だということ。
抗がん剤治療は大変だということ。
癌は手術で取れば大丈夫なことも多いです。だけど、その後の抗がん剤治療は体に非常にキツいです。個人的な意見ですが、高齢者にはすすめません。

家族にはとても感謝しています。いろいろ手伝いをしてくれました。それと実家の両親。ただただ感謝です。

癌になって、自分の中で大きく変わった部分がありました。それは遺書を書いてスッキリしたせいでもありますが。

人への怒りを解くこと。
もしかしたら、許すことは難しいかもしれない。だけど、最期は和解できないまでも、悪感情は心からなくして、自分はこの世から去っていきたい。
癌が消える理由は、おそらく人によって違うでしょうが、私の場合はこれが大きかったと思っています。

それと、体への感謝。今までかなりないがしろにしてきてました。ジャンクフードも大好きですし、アルコールをしょっちゅう飲んでますし、スポーツは大嫌いですし。髪の毛ふり乱して家事をして……ません、嘘です、はい。
だけど、リンパ浮腫(むくみ)防止のために、足にクリームを塗っていた時、ずっとこういうことはしていなかったな……、と思いました。クリームの甘い香りが鼻に心地よく、と同時に罪悪感があり。
ああ、ずっと自分をいたわってこなかった。
自分の体をいたわることは、自分自身をいたわることなんですね。
少しずつ、やっていこうと思います。

夫婦二人(と義父)で、どこまで歩いていけるか。時間はどれだけ延長されたのかは分からないけれど。

これからは、お返しの人生です。

 

飲み会の場所は、銀座ファイブの地下1階、ラ・スコール。ぎりぎりに着いたので、みんな集まっているかと思ったら、幹事のKさんだけがぽつんと座っていました。
「あら? 他のみんなは?」
「まだなんですよ」
時計を見ると、19時になるところです。
「時間、合ってるわよね?」
「まったくなにやってるんでしょうね。土曜日だってのに」
「みんな仕事?」
「いや、そんなはずは」
まあいいや、どんどん始めてしまいましょうか、と勝手に注文を始めるわたし達。そうこうするうちに、仲間がばらばらと到着してきました。やあやあお久しぶり。注文のピッチも上がります。

ラ・スコールはベトナム料理を出すレストラン。ベトナム料理が初めてのわたしは、メニューの説明を読みながら、ふむおいしそうとつぶやいたり、眉をひそめてみたり。
「フォーって、聞いたことあるわ」
「美味いですよ」
「おすすめは?」
「パクチー・サラダ。俺、ひとりで1皿いけます」
「パ、パクチー!?」
わたしはパクチーが大の苦手です。
「大丈夫さ」ととなりで栗栖さんが明るく力づけました。
「香菜だと思えばいいんだよ」
「ああ、そうね……って、同じじゃん!」
パクチーだめなのよー、と泣きをいれていると、
「大丈夫」とまた栗栖さん。
「コリアンダーだと思えば」
「そっか……いや、それも同じじゃん!」

久しぶりに会うメンバーです。お互いの近況報告に花が咲きます。
わたしは耳を傾けながら、どうしようかな、ともじもじしていました。言おうかな、黙っておこうかな。今年はわたしも大変だったんですよ。実はガンになっちゃいましてね。でも治ったんです。
病気自慢はしたくない。けれど隠しておくものでもない。うーん。
なんとなく言いそびれて、まあいいか、と思い始めていたら。
「この人も、今年は大変だったんですよ」
栗栖さんが、さっとわたしの頭に手をのばし、かぶっていた帽子を取りました。それまでずっと、朝からかぶっていた帽子でした。

みんながあっと声をあげました。
「どうしたの……」
わたしの髪の毛は、ベリーショートと言うにはまだ短すぎる長さでした。
「実はガンになっちゃって」
「えーっ」
言えた。なんとなく、胸のつかえが取れました。

説明を始めると、実は……とまわりからも出てきました。
Mさんのご主人は脳で倒れて、現在もリハビリ中。治りかけたところでまた倒れたそうで、もう無理だと何度も思ったそうです。
「で、今は……?」
「言葉はちょっと不自由だけど、ほとんど元通り」
「それは良かったですねえ」
「健康って大事よね」
「実感しました、それ。本当に」

ひとしきり家族の健康を話したあと、わたしたちは話題を、最近はやっている映画の話に移しました。


閉店まで飲みました。
わたし達はよいお年をと口々にあいさつし、解散しました。

「ありがとう」
駅までの道すがら、わたしは栗栖さんに言いました。
「みんなに打ち明けるタイミングを作ってくれて」
「言いにくそうだったからね」
「でも、もし治ってなかったら、言う勇気がなかったかもしれない」
「治ってよかったな」
「うん」

ホテルまでの電車の中は暖かく、仕事上がりのけだるい充足感と、ほろ酔いの空気を漂わせていました。
乗客はそれぞれのクリスマスに、静かに思いをはせているようでした。

 

帰り道。ベロタクシーのお兄さんがふうふう言いながら登った坂を、ゆっくりと下りていきます。以前も来た道を、またこうして歩けるのがうれしい。
ビタミンウォーターの自動販売機。歩道側に並んでいるお地蔵さんたち。石柵に彫られた名前。増上寺はなにか催しをしているらしく、境内は明るく照らされています。
ひとつひとつが、懐かしいものでした。

車道に出ました。
一気に広がる道路、車、バイク、人。街灯にヘッドライト。音。
「おお、にぎやかだ」
「戻ってきた、って感じね」
活気あふれる街に生命力を感じ、なんとなく笑ってしまいました。

ふい、と自転車が、車道を走っていきました。また1台。どうやらツーリングの団体のようです。
「今日は歩道が混んでるからね」
「楽しそう」
どこに行くのかな? と眺めていて。
乗っている一人の服の色が、目が止まりました。
「あれ? あの服……」
全身が赤い。袖口と裾が白くフワフワしています。あれはもしかして……
「サンタさん!」
え? なになに? と言う栗栖さんに、自転車を指してあげます。
「本当だ」
次に来た自転車も、サンタの格好でした。こんどは帽子つき。どんどん赤い人が走ってきます。
なんと、サンタクロースの自転車集団でした。

いろいろな格好がありました。
基本は上下赤のサンタ服らしく、帽子つき、袋つき、白ひげ付き、とバリエーション豊かです。普通の服で、ただ色が赤いだけの人もいました。
「わあ……」
思わず笑顔になってしまいました。
サンタ服のうえに、点滅する電球を巻きつけて、全身ピカピカさせている人もいました。
ひとりだけ茶色で、トナカイのかぶりものをしていました。
(ツリーを頭にかぶっている人がいたような気がしますが、ちょっと記憶があいまい。)
10人以上いるでしょうか。みんなすごい勢いで自転車をこいで、目の前を猛スピードで横切っていきます。
「楽しい」

私たちが身をのりだしているのを見て、サンタに気がついて目を丸くしている人も出てきました。指をさし、笑い声があがります。
全身でおかしさをふりまいているサンタ達の中で、恥ずかしそうは表情をしているサンタもひとりいました。
夜の車道、クリスマスイブ。

夢のような光景でした。彼らは急に現れ、あっという間に走り去っていきました。

信号が赤になりました。横断歩道を、我に返った人々が渡り始めます。
私と栗栖さんは顔を見合わせました。ふふ、となにか秘密を共有する笑みを交わして。
「行こうか」
「うん」

これが今年の、クリスマス・プレゼントです。

息をはずませているお兄さんにお金を払うと、ベロタクシーは来た道を帰っていきました。

降りたところは、交差点でした。ここから坂がもっと急になります。
「ああ、ここだったんだ」
すぐ目の前に、見覚えのある鉄塔がそびえていました。ライトアップされて、人々がそこに向かっています。
東京タワーでした。
「あの人、途中までしか行けない、なんて言ってたけど」
「ここまで来てくれれば御の字だね」
同じように見に来た人たちの流れに混じって、私たちも坂道を上がっていきました。


近づくにつれ、タワーの足元に、群集のシルエットが浮かび上がってきました。キラキラ光る照明や音楽の下、親子やカップルが、そぞろ歩いています。子供たちは、アトラクションに歓声をあげています。
「すごい人だね」
「タワーに昇る?」
「うん」
入り口から、行列がのびているのが見て取れました。
「あれ?」
行列は外へのびています。建物の外のぐるりの闇に目をこらすと、行列が浮かび上がってきました。100人以上はいるでしょうか。辛抱強く立っています。
「うわあ」
受付でたずねると、1時間半待ちとのこと。
「どうしよう」
「これから飲み会だし……」
それだけ待って、昇っていたら、時間が足りません。
チケットを確認すると、期限はありません、いつ使っても良いですとの返事。
「また今度にしようか」
「そうね」
私たちは東京タワーを後にしました。

少し離れたところで振り返りました。タワーはオレンジ色に輝き、それ自体がクリスマスツリーのようでした。空に小さく光る星も、ライトアップに一役買っていました。
おもちゃ箱のような音楽が、かすかに聞こえていました。
 

 

ベロタクシーに乗りました。観覧車を半分にしたような、なんとも面白い形です。
私たちが座ったのを確認すると、お兄さんはブランケットを出して、ひざに掛けてくれて、
「それじゃ、出発しますね」
自転車にまたがり、こぎ始めました。

ベロタクシーは初めしずしずと、それからしだいに速度を速めていきました。
静かでした。車のようなエンジン音もなく、人力車のような振動もなく(確認してませんが、あれは揺れるのではないでしょうか)。

すっかり暗くなった街をながめながら、私たちはのんびり進んでいきました。横をふきぬけていく風は自転車そのもので、ほおをそよそよとなでていきます。車だとあっという間に流れていく風景も、今日はひとつひとつ見ることができます。
「足が楽だね」
「高いと景色が違うね」
以前も2人でこの道を歩きました。ああ、あの公園は見たことがある。その由緒ありそうな建物は、たしかレストラン。

自転車にまたがったお兄さんは、ふだんは車のじゃまにならないよう、歩道よりを走ります。が、信号機が赤になると、停止線の前で、他の車と並んで停まります。
自転車のような、自動車のようなベロタクシー。
増上寺のある交差点を曲がるとき、ベロタクシーは車と前後しながら、車道の真ん中を走りました。過ぎると、自転車に戻って歩道ぎりぎり近くまで寄り、私たちがよくお寺を見れるよう、ゆっくり走ってくれました。

ベロタクシーは、お寺の脇の道をひょいと入っていきました。車では入りにくいところです。
そこから急な坂道に。
「大変じゃないですか? 降りましょうか?」
と聞くと、
「あ、平気ですよ。ぎりぎりまで行きます」
と頼もしい返事。でもタクシー本体の重みプラス2人分の体重です。はらはらしていると、
「たぶんこれ、電動アシストだから」
と栗栖さんが言いました。え、そうなんだ。
「そうなんですよ」
そう言いつつも、お兄さんは立ちこぎを始めました。片足に全体重をかけて、こんどは反対の足。よいしょ、よいしょ。

後ろから押してあげたい、と思いつつ固まっていると、
「じゃ、すみません、ここまでで」
ついにタクシーが停まりました。

(はじめに:2010年の話なので、「今年=2010年」「今日=12/24」です。)

==========


 


病院以外は遠出をしなかった今年1年。最後の月に入るころ、友人から「みんなで飲みませんか?」と飲み会のお誘いメールが届きました。
これは外出のリハビリにもってこい(?)。夫婦で、銀座まで行くことにしました。
栗栖さんは飲むと眠くなってしまう人なので、「長時間、電車に揺られていたくない」と近場の宿泊を希望。都内のホテルを予約しました。これで帰りも一安心です。

久しぶりの電車は、週末だからか空いていて、乗客たちもなごやかな顔を見せています。昔通勤に使っていた頃はいつも混んでいて、乗り降りするたびにもみくちゃにされたっけなあ、なんてことを思い出します。
栗栖さんは「足は大丈夫かい?」と座りっぱなしの私を心配しつつ、DSで英語の勉強に熱中。だいぶ単語を覚えたそうです。

ホテルにチェックインしたら、朝食のクーポンといっしょに、東京タワーのチケットを渡されました。そうそう、たしか料金が変わらないからと、そんなプランを申し込んだんでした。
飲み会までまだ時間があるし、ちょっと見てきますか、と2人で意見が一致。重い荷物は部屋に置いて、出かけました。

浜松町。結婚してすぐの頃、来たことがあります。
今日の浜松町も、あの時と同じ夕方でした。夜の気配が濃厚で、夕焼けが最後の明るさを消しつつあるところ。街灯がともり始めているのも同じです。
それでも前と違うのは、クリスマスのイルミネーションが加わっているからでしょう。街ぜんたいが明るく、道行く人もカップルも多いようです。
それを栗栖さんに言うと、
「俺たちもカップルだよ」
と笑われました。
「カップルって、恋人同士のことを指すんじゃないの?」
「夫婦だって男女なんだから、カップルさ」
それでは、と私たちもカップルらしく、腕を組んで歩きはじめました。

「いかがですか」
急に声をかけられました。
「どこへでもお連れしますよ」
脇を、若いお兄さんが立っていました。タクシーの運転手にしてはスポーティな格好です。タクシーもありません。
代わりに、背後に楕円というか三角形というか、妙な形の幌のついた自転車が停まっていました。
あ、これ見たことある! 最初はJAFの雑誌で、日本でも導入したという記事。それから六本木では、ちょうど降りるお客さんがお金を払っているところ。
「ベロタクシー!」
思わず声をあげました。
「ベロタクシーだね」
栗栖さんもうなずきます。
「間近で見るのは初めてだわ」
「乗ってみる?」
「値段はどのくらいかしら?」
たずねると、大人1人300円×人数分、0.5kmを越えたら、0.1km毎に+50円だそうです。2人で東京タワーだと、坂道なので途中まで、料金は1500円位(記憶によると)。
「うーん……」
悩んでいると、
「試しに乗ってみない?」と栗栖さん。
「クリスマスの記念にいかがですか」お兄さんが上手にたたみかけます。

乗ることにしました。

 

3月に、「去年のことを書きます」と書いていたのに、すっぽかしていましたね。
地震やら原発やら、それどころではなくなって、気持ちがすっ飛んでしまったのでした。

さて、調子が戻ってきて、下書きを始めているので、少しずつアップしていこうかなと思います。

何事もないような平和な日々……
親族の死や、自分の病気があった去年でさえ、それは貴重なものに思えていました。
今年はもう……もうね。いま振り返ると、何事もないって、ありえないほどの幸せですね。
♪いとしい日々よ~♪なんてフレーズが頭を回っていますが(笑)、ホント、その通りで。

ありふれた、でもキラキラした去年のクリスマス。
それと、去年の総括。
3~4回にわたって書いていきたいと思います。
よろしくどうぞ。

皆様がすこやかにお過ごしになりますことを祈念しつつ。

さくら 拝

花屋で赤いカーネーションの鉢植えが並ぶようになりました。デパートではハンカチとクッキーの詰め合わせなども。
ああそろそろ母の日の時期か、今年は何を贈ろうかな、と横目で見ながら、5月を迎え、ゴールデンウィークを過ごし。

気がついたら、母の日が来てしまいました。
どうしよう、と慌てても、なにも思いつかず。福島の原発が空気をぬく作業をするというニュースがあったため、外出もどうかなあ、と悩み。
そうこうしているうちに、母の日は終わってしまいました。(^^;)


――数日後。
「近所のデパートに買い物に行こう」
と、母からお誘いがありました。そういうとき、自動的にわたしは運転手です。
車に乗ると、母が、
「その前にお腹がすいたわ」
「何を食べたい?」
「和食」
「それじゃあ……」
以前行ったことのあるレストランに行きました。


最近母は、テレビのBSで、古い邦画を観ているのだそうです。

中でも高峰秀子の『名もなく貧しく美しく』という映画が、心に残ったようでした。
「監督は、高峰秀子のご主人なの」
「主人公は耳が聞こえなくて。それでいろいろ苦労をするのよ」
「この映画がきっかけで、手話が全国に広がったんですって」
わたしの知らない映画だったせいもあり、母は細かくストーリーを話してくれました。

前後して放送された、高峰秀子のドキュメンタリーも見たそうです。
「女優を止めたくても、止められなかったみたい」
「役の雰囲気と、実際の性格はかなり違ったらしいわよ。はっきり物を言うというか。そういえば『徹子の部屋』に出たことがあったとき、そんかんじだったわ」
話のあいまに食べ、また話をし。
わたしはうんうんとあいづちを打ちながら、聞いていました。

昔は、わたしが一方的に話し、母は聞き役でした。クセのある家族のなかで、母はみんなを受けとめ、なだめ、調整する役割だったように思います。
こんなに母はしゃべる人だったのか。いろいろな感情や興味が、内面で踊っているようでした。

「ちょうど高峰秀子の本を読んでいたところだったのよ。だから見れて良かったわ」
「タイムリーだったわね」
わたしが言うと、そうねと母はうなづき、高峰秀子の本はもう1冊あって、いま探しているのだ、と言いました。
「じゃあ、これから本屋に行ってみようか?」
母はすこし驚いたようでした。いつもならわたしにふーんそうなんだ、と流されるところでした。
「本屋?」
「そう、行く? まあ、どっちでもいいけど」
「行く」

母が化粧室に立っているあいだに、わたしはお勘定をすませました。案の定自分が払うのにと寄られましたが、(遅ればせながら)母の日だからと逃げ切りました。


本屋を何軒かまわりました。お目当ての本はありませんでした。
「また探すからいいわ」
母は気にしていないようでした。

デパートで買い物をし、窓から入る夏のような風に、今日は暑いねと2人で汗をかきながら、実家に戻りました。


今年も、雑誌やネットなどでは「母の日の感動エピソード大募集!」と、母の日にまつわる話を募っています。

うちは母が「生まれてきてくれてありがとう」と言うこともなく、わたしが「お母さん、娘にしてくれてありがとう」と花束を渡すこともありません。

でも。
――家族として、やすりで削り合うようにささくれ立った時期もあった、その後の――
この瞬間に、母がいて、わたしがいて。なんのひっかかりもなく、ごくふつうの会話をしながら、ただ日常を過ごしている。

そのことが、いやそれだけで。今日が、たくさんある特別でない日の、特別な一日だと思うのです。
 

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