mugla日記 -17ページ目

明石港の夕景

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少し日が長くなってきて、5時頃でもまだ明るいです。

毎偶数月の月初にナツメロをやっているのですが、2月のナツメロが、風邪が流行っていたので3月に延期になってます。

冬の歌を用意していたのですが、微妙に季節がズレてしまいそうです。

電波バトル11、原子力発電を続ける意味

原子力発電を始めたそもそもの目的は、石油はやがて使えなくなる時が来るので、石油以外のエネルギーを使うようにしなければならない、という話だったはずです。

ところが、この「電波バトル」の最初の方で何度も書いていますが、フランスは発電量の約80%を原子力でまかなうほど、積極的に原子力発電をすすめてきましたが、石油の消費量がそのぶん減っているようには見えません。

原子力は発電にしか利用できないですが(軍事利用等、特殊なモノは除きます)、石油は発電のみならず、精製してガソリンや軽油を作り自動車を走らせたり、工場のボイラーの燃料として利用されたり、工業製品の原材料としても、幅広く利用されています。

そして、ガソリン、軽油、重油、アスファルト等は、石油精製過程で連産品として、まとめて生産されてしまうので、発電用の重油のみ節約しても、ガソリンや軽油の消費を減らさなければ、石油の消費は減らないのです。

原子力発電を増やしたところで、石油の消費を減らす役には立たず、むしろ、原子力発電に反対する人達が指摘するように、原子力発電所の建設、原子炉や蒸気発生器等の装置の生産、核燃料の生産・加工、放射性廃棄物の処理、寿命の尽きた原子力発電所の処分等々、原子力発電に関連するさまざまな場面で石油等のエネルギーが大量に消費されるので、原子力は有効なエネルギーと言うよりはむしろ、エネルギーの浪費をしているだけ、との疑いをぬぐえません。

原子力発電を、化石燃料から太陽光発電、風力発電のような、いわゆるクリーンエネルギーへの橋渡し的な位置付けで考える人もいるようですが、「電波バトル10」で書いたように、将来、太陽光発電や風力発電がエネルギー供給の主役となることは、あり得ません。従って、原子力発電をその橋渡しと考えることも無意味です。

このように、原子力発電を続ける意味はほとんど無く、事故のリスクや放射性廃棄物の問題の方がはるかに大きく、原子力発電は、できるだけ速やかに止めるべきです。

原子力発電の有用性や必要性を力説する文書も数多くありますが、それらの文書は、原子力発電及び、その関連分野でお金を稼ぎ、生計を立てている人が書いたものが、ほとんどです。そういう立場の人が、原子力発電は不要である、などと、書くはずがありません。

すでに原子力産業は巨大産業となっており、関連する分野や、ばらまかれる補助金まで含めて考えると、数百万人の人が原子力の関係で生計を立てていると思われます。そのような社会的に大きな存在となってしまったモノを無くしてゆくことは、抵抗も大きく、難しいですが、大きな事故や放射性廃棄物による被害が現実のものとなる前に(すでに美浜3号炉や東海村のJCOの施設で死者の出る事故が起きてしまいましたが)、原子力発電は速やかに止めるべきです。

魚の棚商店街西口の蛸のオブジェ

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夜8時頃、あたりは暗くなり、ライトアップされた蛸のオブジェが異様な雰囲気を醸し出していました。

家の近所で、ごく普通に蛸のオブジェが見れる街は、世界的にも珍しいと言えましょう。

「だからどうした?」と言われると、「いや、別に、、」としか答えられないのですが。