随分長い間放置してきて、思い出して書いてみた。まずどうやってログインするのか忘れてしまった。多分これかなと思い出してやったらビンゴ。
また引越し。今月いっぱいでここを出る。
流れ者で落ち着かない生活に離れておるけれど、一年刻みの移動は厳しい。
自分の居場所が定まらないのは心の収めどころがないことになる。
せめて私自身が心の納めどころになろうと思う。子供は不安に弱いから。
随分長い間放置してきて、思い出して書いてみた。まずどうやってログインするのか忘れてしまった。多分これかなと思い出してやったらビンゴ。
また引越し。今月いっぱいでここを出る。
流れ者で落ち着かない生活に離れておるけれど、一年刻みの移動は厳しい。
自分の居場所が定まらないのは心の収めどころがないことになる。
せめて私自身が心の納めどころになろうと思う。子供は不安に弱いから。
娘が帰っていった
心優しい娘が帰っていった。隣の県の町に。引き止めたかったけれど、娘には娘の生活がある。
一人で生きていくのだろうか。いつか又一緒にすむことが出来るのだろうか。
誰とも結婚はしないよと言いながら、それは寂しい生き方ではないのかと思った。
いつかきっとあなたを心から守ってくれる人が現れてくれることを願っている。
今日は晴れて
しばらくの雨続きなので気持ちがホワンとする。風は冷たいのに自分でもどこかで切り替えたい気分に今日の天気はぴったり。久し振りで次女が戻ってきて、私の心にぽかんと明かりをともしてくれる。
彼女とは信仰の部分で共通点が多く、安心して話し合える。母子と言うこともさることながらカトリックとしての生き方が似ている。もちろん他の家族もカトリックの洗礼は受けているが、それぞれの信仰のあり方は独自のもので親子夫婦であっても干渉は出来ない。神と個人の間に挟まりこむことは出来ないのだから。
今日は自分の時間がたっぷりあって嬉しい。
いつもは時計を片手にあっちこちとすっ飛んで歩いているから自分が計画して自分が使えることが何よりも嬉しい。時間は命そのものだから。
今日は夫は仕事で帰ってこない。休日も働く勤務を続けてきて大変だろうなと思う反面、居場所が分かっていて連絡も取れてなおかつ居ないというのもほっとすることであるのは事実。私の時間に入り込んでこないでほしい時だってあるのさ。若い時は考えもしなかったけれども。今はほっとする宝物のような時間に感じる。
後ほど書きます
あまりに久し振りで
書いた日記をアップしたつもりで消してしまった
なんだかとても懐かしくてこの半年の間に起こった様々なことなどもう堂でもよいと思う
昨日のことは忘れてもよいのだ
今日一日自分がどう生きて何を感じたのかそれだけでよいのだと思う
引越し完了して又引越しすることに
夫が今の職を辞めることになった。ここは社宅なので職を辞めたら出なければならない。又家探しが始まった。そしてやっと決まった。希望の大きさの三分の二の大きさだがこの際文句は言えない。何とかここで暮らす方法を考えよう。それでも一番大きな企画を見つけられたのだから後は贅沢というものだ。
荷物はぼちぼち運び、最終明け渡しは来年の三月。それまでに今の荷物も三分の二に収めなければならない。ものが多すぎる。本とノートと衣類。全く私がかき集めたものばかり。身が縮むよ。
なんだか調子が戻らないけれど
又ここにいろんなことを書いてゆこうと思う
本当は自分自身のために。一人で心を閉ざしていたらきっと私は生きては行けなくなる。
いつ新でもよいと思いながら、いつって今でも明日でもいいわけだ、なんてぼんやり思っていたりするから。家族が居るのだから、勝手に死んではいけないのだ。
生きてこそなんだと、自分で思うことが出来ますように。のんきな自分の部分をここで拾い集めよう。読み返したらきっと生きることに喜びを感じている自分が見えるから。
天道虫は大好きさ。真っすぐに天を目指して上ってゆくから。
引越しはしたものの、夫が来春仕事をやめることが決まった
もう一年しかここに入られないので、又家探しが始まった
そのため日記を書くゆとりはまるで無かった。
やっと家が見つかり、少し自分のために物事を考える時間と気持ちのゆとりができた
もう一度仕切りなおしをしてこの場所をイメージチェンジしてみたい
終わりました
すっかり桜も散り去っているのに、気がつけば四月も半ばなのに。やっとこうして自分の気持ちをかく事が出来ます。まだ荷物は積み上げられたままですが、何とか暮らしています。とうとう出るときも入るときも休まないでしっかりと働きながらやりくりをしました。
勿論掃除もきっちりとワックスがけまで仕上げて出ました。日の変わるころ終了。気の遠くなるような引越しでしたが最後は維持で頑張りました
今月中に荷物をどけて大掃除完了したい
気になる部分のクッションフロアーも張り替えたい
きれいにして明け渡したい。箱詰めは三月で十分間に合うからまず徹底的にゴミを捨てて
掃除をしたい。
これでもかと捨てても捨ててもゴミが出てくるうちは良い。もう何を捨てたらよいのか判らないときはこの中から何を拾って残りを捨てるというバージョンに切り替わる。
それでも勿体ないと言うことはない。自分に必要のないものは何一つ持つ権利はないと思う。
かつてマザーテレサのシスター達がニューヨークで修道院を創立するときの様子を見たがもう何から何まで「必要ありません」と捨ててしまう。カーペットなんて窓からポーン。
底までは出来ないけれどそれに近いくらいの処分をしたい。勿体アナ意図かまだ使えるとかの次元で抱え込むのはやめた
必要ですか、必要ないですか
それだけなんだよ。勿体ないと抱え込んで死蔵しても、その運搬費用と維持エネルギーと取っておく空間の無駄を換算するととんでもなく高くつく。そして精神的にこうむる無念さは計り知れない
かつて友人がばっさばっさと処分するのを見て「大丈夫か」と聞いたら、もう身一つで生きることが快感だといっていた。何もかも捨ててしまうことは出来なくてもそれに近いことは出来るはず
一度やってみようと思う。
そしてものの管理から自由になったとき自分が何に縛られているのかがわかるのだと思う
自分の姿が見えているようで何も見えていないのではないだろうか、私は
今回の引越しがその良いチャンスだと思う。そう思うと引越しがなんだかとてもわくわくする実験のような気分になるから不思議
楽しみながら思いっきりやってみよう。生涯に幾度もこんなチャンスは来ないさ。
気まま尻尾が欲しい
自分の気持ちを目で見られるように、気ままに揺れる尻尾が欲しい。
自分の心が晴れているのか滅入っているのか、ぼんやりと過ごしていては判らない。
引越しの準備をしていて「捨てる」行為はえらくくたびれるものだと感じた。
どこか罪悪感が付きまとい、うらうらした気分にはなれない。
もっと自分がさっぱりした人だと思っていたのになんてことはない。
あれほど気に入って買ったはずの物なのに、買ったことさえ忘れてしまっていることに自己嫌悪を感じている。食べ物を腐らせて捨てるときの気分にも似ているけれど、あっちはもう救いようもないからまだ諦めもつく。
物は腐らないから余計始末に終えない。リサイクルショップにもって行ったらよいのだと思った。言ったことがないからどうしたらよいのか検討も就かないが、自分のものを売るのに遠慮はいらないはず。
ああ・・・・
私の尻尾は今だランと元気がないのだろうな。
今日、出会った嬉しかったこと
私のお引越し日記(1)
夜のご飯
保守
今日は午前と午後別々の場所で別々の研修があった。
両方とも心を扱う組織だが違った立場からアプローチする。午前はNPO組織.、午後は行政組織。二つの全く異なった組織の、ものの味方の中で共通しているのは『人間らしい生活を支える』視点に立つと言うこと。
私は今、自分が何処に立って何をしているのかをきちんとつかんでいたい。ともすれば活動優先になって自分が見えなくなったり、過剰に反応しておぼれたりする。他の人の発言を聞いていて、「相手を見つめるまなざし」がずいぶん人によって違うことに驚いた。人はそれぞれに生きる場所がありその人らしく生きる喜びがある。その喜びは当事者にしかわからないことであっても良いのだと私は思う。
「自立支援なのだから少しでも出来ることが増えてゆかなければむなしい」と言う感じ方がわからないではないが、日々衰えてゆく能力を保ってゆくことの凄さを評価しないで「出来て当たり前」と求めるのは残酷だと思う。
「病気だからと言ってはおしまいではないか」ではなく、病気だからこそそこをきちんと理解して、わかる方法を共に探りあうことが大切なのだと、そこに本当の自立があるのだと私は思う。哀れみでも諦めでもない。その人なりのあり方を模索する努力である。
努力目標はこちらにあるのではなく相手の生きる力の中にあり、相手の人生の延長上になければならない。誰かに押し付けられた自立目標など無意味だと私は思う。
何と不可能と思ったことが
現実になって、今引越しの準備をしている。同一市内での異動でまた別の地域だが単身赴任しなくても勤務が可能になった。娘も通学可能な範囲での異動になった。こんなこと信じられない。
今、せめてまだ時間があるうちにいらいらする書類の整理をしている。シュレッダーをかけては捨て、かけては捨て、一通ずつ眼を通さなければ捨てられないから全くしんどい話。それでも別居するよりはずっと経費が安く済む。何しろ一ヶ月の家賃が一軒分で済むのだ。文句は言えない。今年は二件分の家賃を払ったつもりで貯金しよう。ありがたくて・・・夫も去年大きな病気をしたから単身赴任は不安があった。これで思いがけない最良の結果だったのだろうな。だけど正直言って別居って言うものに少し心が揺らいだ。色々なことを想像してみた。うふふ・・・私は一人暮らしってあこがれるな。