蛙家探しをしています

この春どうも転勤になりそうで、残る家族のために家を探しています。

今いるのは社宅なので夫の転勤に伴い出なければならないのです。


社宅はお金が掛からない分出るときのメンテナンスは覚悟しなければなりません

兎も角新しい場所に荷物を移したら必死でお掃除に明け暮れます。


その日が一日でも速く来るように今家を探しています

なかなか思うようなものが見つからず、お金さえ出せば見つかるのだろうかと思ったり

いっそどんな家でも、も家に暮らしをあわせてしまえばよいなどと思ったり、心は揺れます


これから少なくても二年は家族が住む場所なので本気で考えて探さなければならないのですが

あけてもくれても賃貸の間取りと価格表と地図を眺めていると気がめいってきます。

きっと私達にぴったりの家が見つかるからと思っているのですが、もし見つからなかったらどうなってしまうのかなと思ったりすることもあります。


お金を出せばなんでも思い通りになるというのはどこかうすら寂しいとも思います。

この感覚はどこからぃているのか不思議です。お金は何も悪いものではないのに、少し後ろめたく感じるのは毎日、お金のやりくりに追われている人たちのお世話をしているからかもしれません。お金がないことの悲しさをじっと絶えている人たちと過ごしていて自分だけお金さえあればすむと思うことが悲しいのです。


今年の成人式は辛かった

生きていればあの子も成人式だったからだ。いつもは思い出すとふっと優しい気持ちになるのだけれど、このときばかりはむなしさが押し寄せてきて身がちぎられる思いをした。

「なくなった子の歳を数える」と言う言葉は、もっともおろかな行為のことをさすが、私にとってそれはおろかな行為だとは思えなかった。それが私にとってはもっとも自然な心情だった。


親がその子の歳を数えてやらなければ

いつか『昔こんな子がいたね』で終わってしまう。

昔々の記憶ではないのだ。

あの子は私の中で今も生き続けているし、私が忘れない限りあの個の存在は過去のものにはならない。

あのこと私の旅は終わらない。

などと思いながら一日を過ごした。


悲しさに色があるかと聞かれれば、悲しみに色はないと答える。

決まった色はないけれど「その日その日の思い」で何色にも見えてゆく。

あの子が居た日々の何と色鮮やかだったことか。

今私は自分の中から多くの色を締め出してしまっている。


無意識のうちに、あの子がもはや居ないのに私が楽しんだり喜んだりすることが許されるはずもないと思っているらしいのだ。らしいと言うのは、カウンセラーとしての私は、もっと自分を解放し喜びを見つけて「なくなった人に手渡しなさい」と伝えている。できないかもしれないけれど、やってごらん。


出来ないだろうことを判って、それでもなおそうでもしなければ、生きている人の心が無彩色に染まってゆくのがわかっている。生きることから暖かなもの、美しいものを排除してストイックに自分を縛り上げていってしまう。


亡くなった人がそれを知ったら辛いだろうと思う。幸いなことに亡くなった人はもはやその人間的な感情を卒業してしまってもっと大きな無限の中に存在しているからもはや苦しみや悲しみからは開放されている。

生きている物だけが特権的に悲しみや苦しみを体験できるのだ。


悲しみや苦しみを失わないことで私達はなくなったものとつながっている自分を確認できる。これは生きているが故の方法なのだ。私達にできることはいつかこの悲しみがすべて悲しいけれどいとしい感情になり、悲しみが美しい色彩をおびて、浄化されてゆくまでかかえこんで生きてゆくことだ。自分の命の時間を注がなければこの変化は起こらない。


寂しいから

そこに居ることがわかる。それを改めて確認した君の居ない君の成人式だったよ

ぶーぶー息子が亡くなって

4回目のクリスマスが来た。毎年あのこのために明かりをひとつと聖家族の像を贈り物にしている。

今年は手彫りの小さなオーナメントを見つけた。枠からはずすとちゃんと小さな像になる


誰がどんな気持ちでこれを作ったのだろうか。

あの子がこうやって私の腕の中に眠っていたのはつい昨日のような気がして私は腕の中にあのこの暖かさや重さやにおいを感じる


明かりは液体パラフィンのランプを買った

いつまでも私のそばにいて欲しいと願い祈ったけれど、神様はもうこの世での時間はおしまいとあの子を光の国に連れ帰ってしまわれた


あの子に会いたくなると私はいつも明かりをともして、お香をたく

momi2*もういなくなってしまった

そう分かっていても足元を探してしまう。ペットロスはつらいものだと思う。あの子がこの世にいたとき一度も苛められなかったことが救いだ。やさしく接することができた分私自身も幸せだったのだと思う。

何もない人生などない。人間関係に苦しまない人はいない。だからこそ、建った一匹の猫に慰められたり、自分の愛情の出口を感じたりもする。孤独感を慰めもする。



私は不幸せなのだろうか?


そんな言葉を声に出さずに生きてこられたのは寄り添ってくれた生き物たちのおかげかもしれない。



ぶーぶーやっとのことで自分の時間が出来た


忙し過ぎて吐きそうになった。丁度つわりのように絶えずむかむかした。

やらなければならないことに押しつぶされそうだったのだろうなと分かった。今

日は家庭の仕事だけに集中することにした。なんとのんびりと時間が流れてゆくことだろう。


自分の時間を自分の都合だけで決められるなんて凄いことだと思った。

だけどいつもどこかで何か忘れていないか、予定を書き忘れてすっぽかしをしていないかとはらはらしている。


これってまんま病気ではないかと思った。


もっとゆったりと時間を使うことに喜びを見出してゆこう。

祈りの時間を。静まって祈ることが必要だ。

波いやあ驚いた


覚悟はしていたもののどんぴしゃり出秋の台風が来た

夫はよりにもよって台風の進行方向に出張


私も今日訪問でケースを抱えている

一日あっちに言ったりこっちに言ったりする


娘は昨日のうちに今日の休校が決まった

何という事もないお天気だがこれから荒れてくるのだろうな


今日は一日TVを付けっぱなしにして家の外に居る家族の心配をしながら

過ごすのだろうな。


久し振りで自分のブログを開く

まあ驚いた

おかしなコメントがくっついている。

台風又後でかきます

スナフキン&パンチャン
大将&姫

保護者麦

でノートル シャンブルに行きました。キヌアの夏野菜添えと塩バターのクレープをいただきました

ノートレシャンブルという名前から連想するのはフランス語のノートルで聖母マリアにまつわる名称です
シャンブレは部屋という意味や場所というニュアンスもあるのでフランスの小粋なホテル兼食事どころに付けられたり小劇場に付けられたりします。

帰り際に二種類の十字架と不思議のメダイユを見つけました。
聖母ゆかりの名前のカフェです。案内してくれたお二人に感謝します。今度傷ついた友人を慰めるためにお連れしたいと思いました。

お店を出たところで羽化寸前のせみの幼虫が穴の中に居ました。ムズムズ動いています。この雨ですんなり羽化できずに困っていたのでしょう。無事に羽化できますようにと祈る気持でした。

自転車忙しさにかまけていて

自分の気持ちを整理する時間が見つけられず。まるで走り書きのメモを読むようなささくれた感情が胸にざらつきを残す。もっと気持ちよく静かな思いで暮らせるはずなのだ。穏やかさを見失ったら意地悪くなるではないか。心を込めて生きようとしなければ人の心に関わることなどできないではないか。


いつも私は私はと呟いていてはいけない。時々主語を変えて感じてみる。今この人は何を見ているか。何を感じているか。どうして欲しいと願っているか。


自転車しゃがんでみよう

立ち止まるだけでは足りない。思い切って地面近くしゃがんでみよう。

何を見失っているのか。何が分からないから私はこんなに前に進めないのか。

争う気持ちは捨ててしまいたい。穏やかに静かに居たいと願う。


自転車誰も覗きに来ない安心感があって

このブログには自分の心の中を零すことが出来るような気がする。

人気がない事を良いことにこっそりと本音を吐いてみたりする。一日の覚書のようなもの。

家族も除きに箱ないし、第一興味がないだろうと思う。どくしゃが少ないという事はそれだけ迷惑を垂れ流さなくてもすむという事だし。


自転車自分のために書く

本日訪問した二件。気持ちの揺らぎを体験するためには恰好の事例だったと思う。

生きにくさをどう克服したらいいのか分からないままもう一度生きる場所を探さなければならない青年。

自分の家族を猫一匹と決め手なんとか飼う事を手に入れたい老人。どちらも生きることの確かな場所と方法が欲しいのだ。私に何が出来るかではなく、彼らそれぞれにできる方法を考えさせるのが私のなすべきこと。自分で出した結論ならば困難が出てきても解決方法も自分で、見つけられる。人が考えたら」自分の応えは出てこない。

私も、私自身のために一日を生きようと思う。


自転車この


にゃー飼い猫が

ダウンした。たかが猫一匹・・・

家族全員がワタワタした。かかりつけの獣医に行ったが単なる胃炎との事

????????



二日目

益々おかしい

また連れて行った。「リンパ腫」『今日明日が山』


なんてえこった。一日預けて点滴を山のようにぶち込んだ。

呼吸が少し戻ってきた


今何とか自力で歩き、声を出し、えさを食べる。

生きるかもしれないと思う。

たかが猫一匹。それでもコレだけ心配する。人間…不思議な生き物だなと思った。

自分のことよりも愛するもののためならなんだって我慢できる。


今月は猫の医療費でゆとりがなくなってしまったけれど、生きていさえすればそれでいいと思う。

生きていて欲しい。でも死ぬべき時期が来たら自然に死なせてやりたいとも思う。

自然のままに生きて死んでゆくことが幸いなことだと思う。

霧記憶


ある人とであった

遠い過去に分かれ置き忘れていた筈の

分かれたときの決意をポツリと話した

胸を突かれてきりきりと痛んだ


もう遠く忘れていたけれど

私達は三人家族だった


子供の事を思い

安心して育つ環境を願い

不安しかもたらさない夫と別れた


それからの長い時間を

私は子供の幸を求めて守ってきた

誰もが私の決断を認めてくれて

誰もが声をそろえて彼のあり方を非難した

私も一度も迷いが起きなかった


今一方的に私が許してきたこの年月を思う

許して許して一方的に彼を許してきたけれど

私もまたゆるされねばならない存在ではなかったのかと


わたしにもきっと  ゆるしを請わなければならないことがあったのだろうと


今気が付いた


生きているのか

死んでしまったのか

一人なのか

再婚したのか

私は何処に居るのかも分からないその人に

許しを請わなければならないのではないだろうか


人間は成長し

変わってゆく事を

私は彼には求めなかった



ココに来たとき

私の家族は子供と私

ココを出るとき私は

私と子供と彼の三人家族なのだと思う


本当は

この何十年と言う長い年月

ずっと今日も明日も

わたしたちは三人家族だったのだと気が付いた


どうしたら良いのか方法は分からないけれど

許しを求める旅を私は歩き始めた



私より年上の

豊かな人生を立派に生きてこられた

その人の

静かな決意を


私は見届けようと思った