終わった

私立と国立と合格した。第一志望の国立に手続きを取った。私立を捨てての、後の無い受験だったから、はらはらしたけれど、何とかこれで春を迎えることができる。


ホッと した。この三年間、ひたすらにこの日の為に走り続けて来たから。もしも今年駄目だったら、もうここを引き払って、自分の家のある街に帰ろうと思った。浪人はどこでもできるのだから。


子供一人の遊学に送金するも、家賃を払って親も一緒に暮らすのも大して変わらないから、しばらくこの街にいてこのまま自分の仕事を続けようかと思った。少しでも自分の場所を持っていたい。


私の仕事はささやかな物だが、それでも人の生き死ににかかわっている。ささやかな場所であるがゆえに、頼ってくる人もいる。その人たちの為にいなくなるわけには行かないのだ。

もう少し、この場所にいなさいと、神様が場所を下さったのかもしれないな。


桜咲く

本当に花が咲いたような嬉しい気持ちだった。すぐ上の子を旅立たせた後、嬉しいことは無かった。心から笑うことも無かった。いつもこみ上げてくる悲しみを飲み込んで生きてきた。その心に淡いピンクの花が咲いた。ありがたかった。私にも慰めをいただいたと思った。人生は機微意志鋳物だと思って生きてきたから、ほんの少し心の痛みが薄れた。


悲しみの無い時間はもう私には無い。子供を失うということはそういう子t歩だと身にしみて思う。命は失われたその瞬間に存在の大きさを知らしめる。なぜ私ではなく、あの子が死なねばならなかったのか。私には答えを探すことはできない。ただあの子があたかもまだ生きているかのように、私は名を呼び続けている。

朝、あのことともに目覚め、私は今日一日、あのことともに生きようと思う。心の中にあふれてくる悲しい思いは飲み込む。模試、あの子が今生きていたら、私はどんなにか嬉しい明るい毎日だっただろうか。

それでも、妹の為に桜が咲いた。私もその花を喜ぼうと思う。

てんとうむしもうすぐ本試験

後5日で国公立大学の個別試験。私立大学は合格したのだけれど、入学手続きをしなかった。

5人枠だったけれど、悩んだ末に捨てた。不安は合格したことで吹っ切れた。

後が無い。国立一本に絞った。

悩んで悩んで・・・・きめた。たかが28万円だったけれどもったいないと思った。今、余計な支出は痛い。

最後は、本人に決めてもらった。つらいけれどこれが現実。




仕事でどうやらミスをやらかしたらしい。


もう処理も済んで後は確認作業が残っているだけなのだが。

もやもやと腑に落ちなさが残っている。まあ誰かが責任を取らねばならないのなら致し方なし。

今後二度と同じ轍は踏まない。


そう思って吹っ切った


てんとうむし夕食

仕事始めが、ドドンと重かった。精神病院の閉鎖病棟訪問2ケースだった。

病気に対して歯、何の偏見も持っていないし、恐怖もない。


しかし、環境にはいろいろと感じることがある。

生活保護を受けている人に対しての、無神経な発言は許しがたい


あなたの楽しみのために、私の税金を使われているんだからね。といわれて楽しみのおやつさえ買うことを我慢している姿を見ると、怒りがわいてくる


こんな無神経なことが、強者と弱者の立場の関係の中で行われるとやりきれない。

もう少し相手のつらさを、わかってあげられないのかな。


仕事から還って今日訴えられた「言葉」を思い出して、切なくなって、おいしい夕食を作りたくなった。

せめて胃袋を満たして心を収めたかったのかな。


話を聞いていて、私もまた痛んだのだと思う。

カウンセラーだって人間だよ。クライエントの痛みを、よそ事とは思えない


てんとうむし三が日は終わった


昨日から世界史の受験勉強に付き合っている。

センター試験を二週間後に控えてそうまとめ。2000年をものすごいスピードで駆け抜ける。

娘がトピックを教科書に沿ってがーっと解説してゆく。


父親と、母親と、兄が質問をしたり、分析を求めたりそれぞれのpcを使って資料を補強したり、ものすごい活気にあふれた世界史のレクチャーになった。なんだか大学の研究室の雰囲気を思い出す。

二日間びっしりと休憩は食事とお風呂だけ。後は休みなし。


よくもまあこれだけ広く深く歴史を駆け上ったものだ。こんな楽しいやりかたで、苦手だった科目の受験勉強の仕上げができたのはうれしいことだと思う。


あと二週間。今までやってきたことに自信を持って、楽しく心の整理をして欲しい。


てんとうむし買い物三昧

 普段買わないようなものを、ええ栄ままよ・・・と買う

娘には若者用のブテイックの福袋を買う。シックな店を選んだのでそれなりにまともなものが入っていた。

和物の店で小さな袋を買う。京都のお店。デパートで本高砂屋のお菓子の詰め合わせを買う。

フランフランでキッチン用品のラッキーバスケットを購入。ルクルーゼでお鍋と食器のラッキーバックを買った。

ルクルーゼは夫からの落とし玉だった。


素直にうれしかった。自分では買う気にはなれなかった。

きっとおいしい料理ができるだろうと思うよ



自分のためにお金を使うって、気が重いことだな


てんとうむし新しい年


去年は頑張りすぎた

今年は自分にできることを吟味して引き受けよう


何でもかんでも「いいですよ」ということはもうやめた

私にしかできないことなど早々ないと分かったから


もっとおき楽に生きようと思った


旅に出たいな

ふらりと

友達からよく  今○○にいます

というメールをもらうことがあった。今度は私もそれをやってみようか


自分らしいということを大切にしようと思った

新しい年


いい言葉だ・・・・そのままに私も生きよう


新しい生き方を、新しい気持ちで。

たとえそれが昨日の私であっても、新しい私がそこにいるように  願う


気持ちをやわらかく  いらだたずに生きる

今年の願い

てんとうむし2009年


新しいことを引き受けた。何とかこなしてきた。自分らしく生きた。それだけでもう十分だと思った。

やりたいことはやろうと思って、研修生のトレーナーとsvを引き受けた。


何とか遣り通してきたと思う。

私に何ができるかと立ち止まることはしなかった。とにかく今できる最善を尽くしてそれでだめだったら身を引こうと思った。来る年、新たに研修を持つことになるだろう。そこでまた自分を見つめることになるだろう。


それが、自分にとってよいことなのか、悪いことなのかは分からないけれど、私はその生き方しかできないとわかった。誠実であることでしか自分を役立てることができない。


新しい年が来たら、私はまた同じように懸命に自分を燃やして生きるだろう。それでいいのだとやっとこの年になって分かったのだから。


今年、私は限界ぎりぎりまで生きたと思う。


助けてくれたみんなに感謝します。ありがとうございます。

うり坊やっとかける

ずいぶん長い間放置してしまった。この場所を作ったとき娘が高校受験の真っ只中だった。

息が詰まりそうで、ここに一息つきに来た。

今その子が今度は大学受験だ。ふと思い出してまたここにやってきた。


さて、この三年間で私たちは何か成長したのだろうか。私の仕事がジワジワと増えて、遊ぶ時間がなくなった。

勉強に当てる時間もなくなって大学院をやめた


少しずつ自分のカウンセリングの成果が見えてきた。

自殺願望から抜け出そうにも抜け出せなかった人がやっと自分を生きる気持ちになった

やっと私も夜中の警察からの電話の不安がなくなった


時間が流れてゆく中で私は自分がこの年月を生きていたことが不思議でならない

ぶーぶーやっとここに書けるようになった


自分の時間fがまるでなくなってしまい、居場所もなくなってしまった。家にいつも誰かがいる状況は耐えがたく圧迫感がある。幸いにして娘が日中以内からその部屋に居候をしている。自分が安心していても良い篭れる場所が無いことがこんなにも苦しいことだとは思わなかった。

人間は群れる生き物だけれど、孤独もまた必要なのだなとしみじみ分かった。