どんなに強い人でも自分が理想とする状態を思い浮かべると、その隔たりの大きさに愕然とするのです。
そのためにしなければならないことは、自分というものをまずよく知らないとその隔たりの距離すら正確に測ることは出来ないというわけです。
今まではただ我武者羅にやって強かった人、運良く身体的に恵まれて特に深く自分を見直さなくてもある程度出来た人は特に行き詰まると、現状をクルクルと繰り返す停滞状態に陥ったりするのです。
よくある話です。
それを克服する方法は細かくいうとたくさんあるでしょう。
でも、大きく分かれるとしたら2つです。
一つの方法、思考を使い自分を理解する手法です。
自分の強み、弱みをトータルに、ある意味科学的に分析するのです。
問題は分析という手法は常に分解して、他と比較して理解していく作業なので、ザワついた感情が付きまといます。
もう一つの方法は、諦めることです。
それはネガティブに諦めるのではなく、
ポジティブに諦めるという感じです。
それは時には"受け入れる"という言葉にも変化します。
受け止める、のではないのです。受け止める、、はたまに拒絶に変わります。
つまり、自分を受け入れるということは、やさしい気持ちで自分を観察するということで、仮に欠点があったとしても性急に直すということではないのです。
自分の欠点に見えるその状態を、そのシチュエーションも含めて気長に眺める続けるのです。
お察しの通り、ここの合気道 無元塾でやっていることは、この二つ目の手法です。
成田先生の不思議な現象の技に関して、私がテクニカルな切り口での質問をすると必ず答えはNOでした。
そして、常に帰ってきた答えは、"境地"に至ること、というでした。
その都度何かはぐらかされた気持ちになる、、という繰り返しです。
では、悟らなければならないのか?というそれこそネガティブな諦め感が漂うのです。
でも今では何となくわかるのです。
正確に言い表すのは難しいのですが、境地の側面的な解釈、、先程も書きましたポジティブな楽観的な諦めなんだということ、、
こういう考え方が根底にあるからこそ、
「絶望するとは笑止なこと、自分がどれだけ行き詰まっていても、世の中が動いているのだから、総体に見れば刻一刻状況は変化し、自分の状況も変化ている」
というような言葉を成田先生は平井稔先生からのメモ書きを示してくれました。
でも好転すれば良いけれど、暗転したらどうするのか、、
そんな愚かな質問までしたかもしれません。
その答えは、"覚悟"しなさい、ということでした。
言うまでもなく覚悟するということは、全ての責任を自分が取るということ。
そしてそのことを"入身"というのです。
そんな覚悟がないので、自分も含めてほとんどの人は腰の引けた判断しかできないのだということです。
今更ながら、覚悟という字は、
覚も悟も、両方"サトル"と読むことに気付いた次第です。
プロセスとしては、すべての人が多かれ少なかれ、前半の手法で悩み、後半の手法に到達するべく彷徨うのです。
そして繰り返しですが、成田伝合気道は後半のエッセンスを中心帰納という言葉と質感で習うのです。
熊本ではそういうことをお伝えしたいと考えている次第です。
今回、覚悟を持って熊本の開催を企画していただいた渡辺さんに、覚悟を持って同意させていただいた次第です。
熊本のみならず、九州地方の方もご興味のある方、是非ともどうぞ。
令和6年8月24日(土)
①11:00~13:00
②14:00~16:00
8月25日(日)
③09:30~11:30
開催場所:
①ナースパワーアリーナ(熊本市総合体育館)武道場
詳細情報とお申し込みはこちらから
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https://mugenjyuku8-aiki.jimdo.com/
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