「眠れる女子」
あらすじはこちらから。第一話はこちらから。前回の話はこちらから
時計の針が重なって3本重なって、また分かれていった。私の中でたくさんのことが崩れた日から次の日へと、寝静まった世の中は歩みを進めていた。
私は寝返りを打つことしかできなかった。
眠れない。そして、眠らない。
その日の朝まで感じていた眠気は、どこかへ飛んでいた。
この数日、何が起きていたのか。
考えても、考えても、手がかりもまともに無い状況では、分かることには限界があった。
私は行っていたと思っていたが、金曜から私が学校に行っていなかったこと。
猪俣先輩の連絡先を知らないこと。
猪俣先輩からもらったと思っていた柊の花を、本当は恭哉が持ってきたということ。
だから、猪俣先輩と付き合っていたという事実も、嘘である可能性が高いこと。
これらが、分かることの全部だった。
けれど金曜からの数日間、私が普通に生活していると勘違いしている間、私は何をしていたというのかということと、なぜ私が勘違いしていたのかということは、いっこうに分からなかった。
また寝返りを打った。
眠って、忘れられればいいのに。
そう言えば、と気付いた。薬を飲んでいなかった。
しかし、もう薬どころの話ではなかった。そもそも、薬を飲んで叶ったはずのことが、嘘だったんだと気付いたのだから。
結局あの薬、嘘だったのかな。
でも、夢みたいな話だったな。
夢。
はっとする。
私が見ていた現実が、もし夢だったとしたら。
私が、学校に行っていると思っている間、実際は、家で寝ていたとしたら。そして、その夢を、現実だと思い込んでいたならば。
嘘のような話。
だが、そんなことあり得ないとは思わなかった。すでにあり得ないことばかりが私を襲っていた。あり得ないことも大真面目に起きている可能性はある。
でも、夢を見ていたなら夢だと気付かないだろうかと思ったが、ここ数日の現実と勘違いするような夢を思い返すと、気付かないこともあり得た。実際、薬を飲んでからの夢は、途中で夢だと気付いたり、変なところで目を覚ましたりしなければ、夢か現実か、区別ができなかった。
ここ数日、学校から帰ってくると、毎日昼寝をしていることに気付いた。
金曜日から、「学校から帰ってくると」ベッドで死んだように眠っていた。そう考えていた。それが間違いで、金曜日から、「学校に行かずに」ベッドで死んだように眠っていたのではないかと思った。つまり、昼寝を夕方していたのではなく、朝からずっとしていたわけだ。
それなら、帰宅後の昼寝から起きたのだという勘違いとつじつまが合う。朝から見ている夢の世界を、現実の世界だと思って、そのまま夢の世界で昼寝をしたのに、現実の世界で昼寝をしたと勘違いし、実際に起きた時、さも昼寝から起きたように感じる。そして、夕飯を母と食べ、何事も無かったように寝る。
自分でも驚くような推理だった。それしか無いようにも思えた。欠けたピースが、埋まり始めるように感じた。
それでも、その推理は一度ストップした。夕飯の時はそれでつじつまが合う。けれど、朝は説明がつかない。母と、毎朝顔を合わせていたのは確実だったからだ。
もしも朝も起きずに夢を見ていて、母と顔を合わせなかったら、母は私のことをきっと起こしに来た。それが無かったということは、毎朝起きて、母と顔を合わせ、母の出勤を見送ったのは、夢ではなかったということだ。
では、私はどうやって、そしていつの間に再びベッドに戻っていたのか。私はどこからどこまで起きていたのか。
私は、夕方昼寝から起きると、ちゃんと制服に着替えていた。ということは、朝に制服に着替えて、母を送り出したのは夢ではない。
そこから何をしたかをよく思い出してみた。
しかし、どう思い出しても、普通に学校に行った記憶しかない。つまり、現実のことは何も覚えていない。
机の上に、外からこぼれてくる光にうっすら照らされる柊の花が目に入った。
あ。
柊の花をポストに入れたという恭哉の言葉を思い出した。
ポストは、私しか開けない仕事だ。学校に行っていないとしたら、学校から家に帰ってきてポストを開けるわけがない。ということは、朝、私がポストを開けて柊の花を取っていたということだ。
でも。
自分がポストから柊の花を取った記憶なんてなかった。
けれど、柊の花を私がポストから出したことは、事実だ。もしポストに入った柊を取っていないなら、同じく取り忘れた新聞がポストに入っているはずだ。
現実のことを何も覚えていないということが、逆に、それを証明しているのでは。あまりの眠気で、母を見送った後は、ポストから柊の花を取ったことを覚えていないのでは。そういう方向に考え方を変えてみた。ポストをチェックする癖はもう無意識に近いものだから、多少の眠気でもやってしまうだろうし。
そうすると、それを裏付けることを見つけた。数日の間で、どんどんひどくなった眠気だ。歯を磨いたことを忘れたこともあった。デートのことで舞い上がっているかと思っていたが、眠気のせいかもしれないと考えると、そんな風にも思えた。
他の日の柊も、ポストに入れたのかは分からなかったが、少なくとも、メッセージカードを付けた柊の花を取った日曜の朝は、自分の推理も当たっている。
記憶は無くとも、自分がポストから柊の花を取ったということは、確からしかった。
だから、自分はポストまでは実際に学校に行っていたことになる。
また、ピースがはまっていった。
押さえられない衝動にかられて、ベッドを飛び出すと、机に座った。そして、机の電気をつけ、ノートを開いた。それから、頭を整理するために、ノートに自分が考える一日の流れを時系列に書き並べ始めた。
無理矢理すぎると思われていた推理に、当たっていると言わざるを得なくさせる事実がポンポン落ちてきて、この数日間の全容が浮かび上がった。
「ポストから柊の花を出す」と書いた次の行に、「ベッドで二度寝」と書いたが、そこから分かったことはどう考えてもポストに行った後に、家の中に戻っていることだった。私は、そのふたつの行の間に、「部屋に戻る」と書き足した。
だからか。
夢の世界で、猪俣先輩が自分に柊をくれたのは、朝にポストで取った柊の花の印象が強くて、夢の中に出てきたのではないか、と思った。
確かに変な状況だった。教えてもいないのに猪俣先輩が自分の好きな花を知っているなんて。
恋に夢中になりすぎて、夢の中の違和感に気付かなかったのか。
もしかしたら、柊は、私が夢を見ていることを必死に教えようとしていたのかもしれないと思ったが、今さらそう思ったところで意味もない。胸が、ただ苦しくなるだけだった。
思えば、あの恐ろしい眠気は、薬を2錠飲み始めてからみるみる強くなっていった。
何もかも、あの薬か。自業自得か。
ノートを見た。そこに私の金曜からの本当の1日が浮かび上がっていた。
そこから、嬉しいことなんてひとつも出なかった。
ただ、色んなことが消えていくだけだった。
薬を飲んで夢を見て、次の日にその夢を二度寝の中で叶える。そんな、夢の中に逃げ込んだ生活をしていた自分が、馬鹿らしかった。
頭おかしいんじゃないの?
ノートの、「二度寝」と「夕方起きる」と書いた間には、大きく「夢を見ている」と書いていた。
現実も見ないで、夢見てただけじゃない。
自分で思い描いた告白のシーンを現実と勘違いして、幸せな気分に浸っていた自分が哀れだった。
あるわけのないデートを待ちこがれて勝手にウキウキして、準備をしていた自分がむなしかった。
実際は誰ともキスしていない唇を、大切そうに何回も触っていた自分がみじめだった。
ばっかじゃない。
それでも、そんな馬鹿で、哀れで、むなしくて、みじめで、救いようのない自分が、どこまでも愛おしく感じて、もっと悲しくなった。
自分の現実が書かれたノートのページを破った。捨てようと思った手を止めた。そのページをくしゃくしゃになるまで抱きしめた。
ごめんね。
ごめん。
その日は、眠らなかったのか、眠れなかったのか、分からなかった。
―――――
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私は寝返りを打つことしかできなかった。
眠れない。そして、眠らない。
その日の朝まで感じていた眠気は、どこかへ飛んでいた。
この数日、何が起きていたのか。
考えても、考えても、手がかりもまともに無い状況では、分かることには限界があった。
私は行っていたと思っていたが、金曜から私が学校に行っていなかったこと。
猪俣先輩の連絡先を知らないこと。
猪俣先輩からもらったと思っていた柊の花を、本当は恭哉が持ってきたということ。
だから、猪俣先輩と付き合っていたという事実も、嘘である可能性が高いこと。
これらが、分かることの全部だった。
けれど金曜からの数日間、私が普通に生活していると勘違いしている間、私は何をしていたというのかということと、なぜ私が勘違いしていたのかということは、いっこうに分からなかった。
また寝返りを打った。
眠って、忘れられればいいのに。
そう言えば、と気付いた。薬を飲んでいなかった。
しかし、もう薬どころの話ではなかった。そもそも、薬を飲んで叶ったはずのことが、嘘だったんだと気付いたのだから。
結局あの薬、嘘だったのかな。
でも、夢みたいな話だったな。
夢。
はっとする。
私が見ていた現実が、もし夢だったとしたら。
私が、学校に行っていると思っている間、実際は、家で寝ていたとしたら。そして、その夢を、現実だと思い込んでいたならば。
嘘のような話。
だが、そんなことあり得ないとは思わなかった。すでにあり得ないことばかりが私を襲っていた。あり得ないことも大真面目に起きている可能性はある。
でも、夢を見ていたなら夢だと気付かないだろうかと思ったが、ここ数日の現実と勘違いするような夢を思い返すと、気付かないこともあり得た。実際、薬を飲んでからの夢は、途中で夢だと気付いたり、変なところで目を覚ましたりしなければ、夢か現実か、区別ができなかった。
ここ数日、学校から帰ってくると、毎日昼寝をしていることに気付いた。
金曜日から、「学校から帰ってくると」ベッドで死んだように眠っていた。そう考えていた。それが間違いで、金曜日から、「学校に行かずに」ベッドで死んだように眠っていたのではないかと思った。つまり、昼寝を夕方していたのではなく、朝からずっとしていたわけだ。
それなら、帰宅後の昼寝から起きたのだという勘違いとつじつまが合う。朝から見ている夢の世界を、現実の世界だと思って、そのまま夢の世界で昼寝をしたのに、現実の世界で昼寝をしたと勘違いし、実際に起きた時、さも昼寝から起きたように感じる。そして、夕飯を母と食べ、何事も無かったように寝る。
自分でも驚くような推理だった。それしか無いようにも思えた。欠けたピースが、埋まり始めるように感じた。
それでも、その推理は一度ストップした。夕飯の時はそれでつじつまが合う。けれど、朝は説明がつかない。母と、毎朝顔を合わせていたのは確実だったからだ。
もしも朝も起きずに夢を見ていて、母と顔を合わせなかったら、母は私のことをきっと起こしに来た。それが無かったということは、毎朝起きて、母と顔を合わせ、母の出勤を見送ったのは、夢ではなかったということだ。
では、私はどうやって、そしていつの間に再びベッドに戻っていたのか。私はどこからどこまで起きていたのか。
私は、夕方昼寝から起きると、ちゃんと制服に着替えていた。ということは、朝に制服に着替えて、母を送り出したのは夢ではない。
そこから何をしたかをよく思い出してみた。
しかし、どう思い出しても、普通に学校に行った記憶しかない。つまり、現実のことは何も覚えていない。
机の上に、外からこぼれてくる光にうっすら照らされる柊の花が目に入った。
あ。
柊の花をポストに入れたという恭哉の言葉を思い出した。
ポストは、私しか開けない仕事だ。学校に行っていないとしたら、学校から家に帰ってきてポストを開けるわけがない。ということは、朝、私がポストを開けて柊の花を取っていたということだ。
でも。
自分がポストから柊の花を取った記憶なんてなかった。
けれど、柊の花を私がポストから出したことは、事実だ。もしポストに入った柊を取っていないなら、同じく取り忘れた新聞がポストに入っているはずだ。
現実のことを何も覚えていないということが、逆に、それを証明しているのでは。あまりの眠気で、母を見送った後は、ポストから柊の花を取ったことを覚えていないのでは。そういう方向に考え方を変えてみた。ポストをチェックする癖はもう無意識に近いものだから、多少の眠気でもやってしまうだろうし。
そうすると、それを裏付けることを見つけた。数日の間で、どんどんひどくなった眠気だ。歯を磨いたことを忘れたこともあった。デートのことで舞い上がっているかと思っていたが、眠気のせいかもしれないと考えると、そんな風にも思えた。
他の日の柊も、ポストに入れたのかは分からなかったが、少なくとも、メッセージカードを付けた柊の花を取った日曜の朝は、自分の推理も当たっている。
記憶は無くとも、自分がポストから柊の花を取ったということは、確からしかった。
だから、自分はポストまでは実際に学校に行っていたことになる。
また、ピースがはまっていった。
押さえられない衝動にかられて、ベッドを飛び出すと、机に座った。そして、机の電気をつけ、ノートを開いた。それから、頭を整理するために、ノートに自分が考える一日の流れを時系列に書き並べ始めた。
無理矢理すぎると思われていた推理に、当たっていると言わざるを得なくさせる事実がポンポン落ちてきて、この数日間の全容が浮かび上がった。
「ポストから柊の花を出す」と書いた次の行に、「ベッドで二度寝」と書いたが、そこから分かったことはどう考えてもポストに行った後に、家の中に戻っていることだった。私は、そのふたつの行の間に、「部屋に戻る」と書き足した。
だからか。
夢の世界で、猪俣先輩が自分に柊をくれたのは、朝にポストで取った柊の花の印象が強くて、夢の中に出てきたのではないか、と思った。
確かに変な状況だった。教えてもいないのに猪俣先輩が自分の好きな花を知っているなんて。
恋に夢中になりすぎて、夢の中の違和感に気付かなかったのか。
もしかしたら、柊は、私が夢を見ていることを必死に教えようとしていたのかもしれないと思ったが、今さらそう思ったところで意味もない。胸が、ただ苦しくなるだけだった。
思えば、あの恐ろしい眠気は、薬を2錠飲み始めてからみるみる強くなっていった。
何もかも、あの薬か。自業自得か。
ノートを見た。そこに私の金曜からの本当の1日が浮かび上がっていた。
そこから、嬉しいことなんてひとつも出なかった。
ただ、色んなことが消えていくだけだった。
薬を飲んで夢を見て、次の日にその夢を二度寝の中で叶える。そんな、夢の中に逃げ込んだ生活をしていた自分が、馬鹿らしかった。
頭おかしいんじゃないの?
ノートの、「二度寝」と「夕方起きる」と書いた間には、大きく「夢を見ている」と書いていた。
現実も見ないで、夢見てただけじゃない。
自分で思い描いた告白のシーンを現実と勘違いして、幸せな気分に浸っていた自分が哀れだった。
あるわけのないデートを待ちこがれて勝手にウキウキして、準備をしていた自分がむなしかった。
実際は誰ともキスしていない唇を、大切そうに何回も触っていた自分がみじめだった。
ばっかじゃない。
それでも、そんな馬鹿で、哀れで、むなしくて、みじめで、救いようのない自分が、どこまでも愛おしく感じて、もっと悲しくなった。
自分の現実が書かれたノートのページを破った。捨てようと思った手を止めた。そのページをくしゃくしゃになるまで抱きしめた。
ごめんね。
ごめん。
その日は、眠らなかったのか、眠れなかったのか、分からなかった。
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