せめて、真崎らしく。 -46ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。




ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です









随分久しぶりの更新みたいです

かれこれ1ヶ月ぶりになるみたいです







この1ヶ月間なにをしていたかと聞かれたら



高さ8mのジャンプ台から飛び降りたりしてました














「why」ってあるじゃないですか

「なぜ?」ってやつです





これがすごく大切だということを

学び始めて4ヶ月ほど経ちました







なぜ、「why」が大切なのか




地上8mの場所で震えながら

それを体感できたので



そのお話をしようかと思います














話をする前に

この話で度々登場する方々がいるので


先に紹介しときます





・マサさん(篠田真宏さん)
尊敬するトレーナーさん
牧師さんでもあります



・SHINさん(吉田真也さん)
来年からお世話になる会社の社長さん
マサさんの元でずっと学んでる方
名前ローマ字で書くのは多分かっこいいからです







8mから飛んだのは

マサさんがトレーナーをしている
野外研修のコンテンツのためです




話せば長いのですが


真崎は
この野外研修に参加したくてしたくて仕方ありませんでした




なので

この研修でどんな事をするのか
行く前からわりと知ってました



8m上からジャンプ

も知ってました






「まじかい」



と思ってました




高所恐怖症だからです

高所恐怖症(重度)だからです










いざ研修が始まり

いざ野外キャンプ場へ行き

いざ8mのポールを目にし

いざ飛び降りる研修の時間が近付くと






すごく

帰りたくなりました








この研修は


高さ8mのジャンプ台にのぼって

ジャンプ台から1~2m?くらい前方に吊り下げられたバーに向かって



ジャンプ




バー掴めたらハッピーな感じのやつです

サーカスの空中ブランコ的なイメージでいくと分かりやすいです








ジャンプの本番前


内心テンション下がりまくってる真崎の心境を知ってか知らずか




SHINさんが

こんな声をかけてくれました









「むっちゃん、バー掴めたらハワイ連れてってあげるよー(^^)」









頑張ろうって思いました







そして

自分が飛ぶ番が回ってきました




命綱に繋がれながら

マサさんに聞かれました






「目標は?」









真崎

「バー掴んだら、SHINさんがハワイ連れてってくれるので、バー掴みまーす\(^o^)/」










後から聞いたんですけど



その瞬間


マサさんの顔色が変わったらしいです

SHINさんは内心凍りついたそうです







そして

8m上を目指して
ポールを登り始めたんですけど




半分ほど登ると

身体が動かなくなりした





真崎は


高所恐怖症だからです





怖くて動けなくて

涙がポロポロ出てきて

過呼吸みたいに息が荒くなって




情けない格好で固まってる真崎に


下にいるマサさんから
怒声が飛んできました









「お前は、なんのためにそこにいるんだ!?ハワイのためか!?」












パニックになりながら

そんな声が耳に入った時





思いました


「あ、ハワイちゃうわ」















「なんのために頑張るんだ!?」









そのマサさんの言葉で


ポールを登る自分と

これからの人生を生きる自分とが



カチッと重なりました










「なんのために頑張る?」
















「子ども」


って言葉が

ポロって出てきました





去年初めて「教師」を体験して

3人のクソ生意気で大好きな生徒たちを担当して

「こんな子どもたちの為に頑張りたい」と思って

SHINさんとこで子ども教育関わらせてもらえることなって





今いろいろ頑張ろうと思えるのも



「子どもを幸せにしたい」

「子どもを護りたい」




という想いが

真崎の中に大きく存在してるからみたいでした





「まじかい」

と思ってた





この研修の意味を


この時悟りました











大切なものを護るために

自分の使命とせん事を成し遂げるために



人生の中で

恐怖と葛藤しながらも




「一歩踏み出さなければならない」




そんな時が

来るんだと思います









自分を守るために逃げること


つまり「飛ばない」こともできると思います









もし




自分が飛ぶ

飛ばなければいけない



その理由
つまり「why」



それが「ハワイ」だったら






飛べなかったです



冗談抜きで上で気絶してたかもしれないです

ほぼ過呼吸状態だったので












結果から言うと

飛びました




飛んだというよりは

「落下した」に近い有様でしたが

飛びました








たかが研修かもしれしれないですが



この恐怖から逃げたら

自分は子どもからも逃げる



そう本気で思いました










終わってから
いろいろ感じたことはあったんですけど








「これが「why」かぁ」








というのが

1番大きかったです










ハワイの下りは

学びを深めるナイスフックになりました






あとでSHINさんは

マサさんに随分しぼられたと聞きました




ハワイで釣るなんてとんでもない社長だ

みたいな感じだったらしいです





SHINさんにはSHINさんの意図や想いがあったので


それをふざけて言ってしまった真崎がALLごめんなさいなのですが





ま、いいやって感じです















「why」





就活でもよく出てきます




「なぜその大学・学部なのですか?」

「なぜその活動を頑張ったのですか?」

「なぜ働くのですか?」

「なぜ自社で働きたいのですか?」






「what」
なにをするか

「how」
どのようにするか





それを答えられる人は多いと思います



「学生団体の代表しました」

「◯◯人規模のイベントを主催しました」

「アメリカに長期留学して経営学を学びました」

「ひとりで世界一周しました」










howやwhatは

人と被るそうです





一方で


「why」は



誰とも被らない


その人にしかない情熱の根源だそうです










今真崎が所属している教育NPO




「教育NPOに所属して、子どもに学習支援をしている」





組織内での役割に差はあれど


この「what」「how」の部分は

所属するメンバーに共通するものです










だけど



それをやる理由

根底にある各人の「why」は





きっと全然違います







それぞれの持つ情熱

「why」に突き動かされて



この場を共にしているのだと思います












それぞれにしかない「why」を



それぞれが必ず持っている







最近すごく

そう思います








自分とまったく同じ経験をしている人は

この世にいないからです







その経験を以て得た価値観や信条は


その人だけにしかない


とても尊いものだと思うからです








「how」「what」「why」の話は

わりと有名だと思うので



この話を聞いたことがある人は

たくさんいるんじゃないかと思います








ただ





自分だけが持つ

本当の「why」に気付くのって



人によって

すごく時間かかったりするみたいです








「whyっぽいもの」を見つけて

その方向に進もうとしてしまう時もあります






真崎の就活はそれに近かったです




「whyっぽいもの」の連続でした




「why」を各会社に合わせようとしてしまっていたからです


なんだかんだで内定欲しかったからです










今回の研修で気付きました





「whyっぽいもの」では



人は頑張り抜くことが


多分できないです











「ハワイ」では飛べず


「子ども」では飛べたからです












それぞれの持つ

その人にしかない「why」に気付き



そこに自分のエネルギーを全力で注いでいく








それが






「自分らしく輝いた生き方」






なのかなあと










切に


真崎は思いました














余談ですが






マサさんやSHINさんは

「why」を本当に大切にしている方々で




その人すら気付かない

その人の「why」を見ている方々です






推しメンなので



特に大学生の方とか

是非出会ってほしいなーと思います






facebookとか勝手に申請していいと思います



許可は得てないです

でもいいと思います













長くなりました







最後に






「書く」「発信する」という行為も


真崎の「why」から来る「how」「what」なので





これからまた


頑張って書いていきます

いつか本も出します












買って下さい



真崎







ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です









朝起きたら

声が中年男性になっていました






「あ」

といったら

「ア”」


ってなる
アレです





加えて

咳が止まりません




コンコン


とか


ケホッケホッ


とか




なんかそういう
かわいらしいのだったら良かったんですけど




なんせ

中年男性なんで




ゥオッッホゥゲハッゴフゥッ


ゲハッゲハァッゲハァァアーモウ!


(アーモウ!=「あーもう!」)







なるわけで





もうびっくりするぐらい


かわいくないです









認めたくないですが



どうやら


久方ぶりの風邪フラグです






ただ何回熱測っても

「34.9」

から数字上がっていかないので




たぶん大丈夫です


すっごい低体温です





体温計壊れてない?


とかすっごい愚問です









突如やってきた体調不良の原因は


自分でも重々承知してます







先週ベッドで寝てないです







忙しいとかじゃなく



完全に



自己管理 fly away

要領 over the rainbow



な真崎が悪いです






自己管理が苦手で

要領が悪い




一応書いておきます












「「コミュニケーション能力」は座学では磨けません」



という記事を
以前に書いたのですが





その研修が

先日終わりました








その研修準備と同時進行で




先週は



リーダーシップに関する

5日間のプログラムを受講していました





5月に受講して

自分の進路と将来を大きく変える事になった





なんというか





ものすごいプログラムを


大阪で再受講する形でした







そこで1日中学び


夜に研修準備を進めていたのですが







ものっそい


葛藤しました







自分は自分

人は人



相手は変えられない


相手をコントロールすることはできない







分かってたつもりでいましたが









「コミュニケーション」に答えはないから


真崎が答えを教えるみたいな


そんな形にしない







気をつけているつもりでいましたが









途中で


自分がつくったモノを見返して





思いました








もしかしたら



そんな真崎が誰よりも








「人を変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい変えたい」














そんな意識を


持ってたのかもしれないです





めっちゃ思いました









一度完成した研修を

第三者に見てもらった時




言われたのが






「結局これって真崎の願望の押しつけじゃない?」






でした











ショックを受けて




情けなくなって




涙が出てきて




放心して












震えるその手で





重松清を読みました


















「みんなおかしいことやってるんですよ、間違ってるんですよ、だから指導するんじゃないですか。それが教師の仕事じゃないんですか?学校はなんのためにあるんですか?どんなふうにやっていもいいっていうんなら、教師なんていらないじゃないですか。…」















『ビタースイート・ホーム』


という短編のお話の一節です







偏食をする生徒

戦争の絵を書く生徒

自分で学校の準備をしない生徒

感情表現のない無機質な日記を書く生徒





そんな生徒に対して




若くて

教育熱心"っぽい"

女性教員は




「それはおかしい」

「それは間違っている」

「正しく直さないといけない」




そんな関わりを

生徒と保護者にし続け





その結果



保護者主導による

生徒の授業ボイコットがおき



その教師は

その夜に退職届を出します





その時に



主人公夫婦の前で

まくしたてるように吐いた台詞が



上記のものです











なんというか



すごいタイミングで

この話を読んだものだなと



自分でも驚きました











世の中に「正しい」とされている事があるように






ひとりひとりの中にも


その人の「正義」があります


その人が持つ「正義」があります







時にそれが




世の中の「正しい」とは


少し違うものであったとしても








その人にとっては



「正しい」



のだと思います










リーダーシップ研修でも学びました




ひとは


そのひとが持つ「正義」を


それが「正しい」ということを






究極言えば






自分が「正しい」ということを



自分の存在が「正しい」ということを







認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて
認めてほしくて









仕方ないらしいです










そうじゃないと




生きていけないらしいです














真崎の中にも

譲れない「正義」があります






聞こえはいいかもしれないですが


「相手の気持ちを考える」


ということです









だから




自分勝手な人を

どうしても許す事ができなかったりします





自分勝手になってしまう自分を

どうしようもなく許せなくなる時があるます








相手の事を考えずに


自分の「正義」を押しつけることは






真崎の中で


「悪」


になっているんだと思います








それなのに


答えはないなんて言いながら






いつの間にか





「相手の気持ちになりなさい」


「教師の願望を生徒に押しつけるのはやめなさい」







そんな願望を


そんな真崎の「正義」を




研修受講者に押しつけようとしていた








その矛盾に気づいた時





すごくすごく



苦しくなりました
























2日間の研修が終わりました








大学生8名



来週から

期間限定の


「先生」


になる皆さん







お兄ちゃんみたいな人もいれば

兄貴みたいな人もいます



友達みたいな人もいれば

オカンみたいな人もいます






キャラクターも

バックグラウンドも

肩書きも

関心領域も

授業スタイルも

コミュニケーションスタイルも







おおいにバラバラで





おおいに個性的な8名です










真崎は


身内を褒めるのが




白々しくて

嘘くさくて

内輪の滑稽さがあったりして



あまり好きではないのですが








本当に



素晴らしい8名が参加してくださった








2日間を通して


心からそう感じました












リーダーシッププログラムの講師で


真崎がこよなく尊敬するファシリテーター



篠田真宏さん



プログラムの中で教えてくれました













「ファシリテーターの役目は、プレイヤーを信じて、隣で応援することです」














今回

学生教師8名に参加していただく

学習支援事業





もちろん



この組織・事業の目指すゴールは


スタッフ教師共々共有しています








研修を皮切りに





今から一緒に


しゃかりきに頑張る事になります


しゃかりきに支え合っていく事になります








その中で



去年からずっと

この事業に関わってきて



且つ今回は

マネージャーの立場で関わる真崎が







もしかしたら


教師の皆さんに





「自分の「正義」を押しつけたくなる」






そんな時が


来るっちゃ来るかもしれません













だけど



なんというか







皆さま素晴らしいです



想いも持ってはります









やり方はそれぞれ全然違っても






同じゴールを



本気で一緒に目指せると確信しています








なので


こういう時こそ








「信じて、隣で応援する」








なんだと思います




















そんな感じで




リーダーシップ研修

×

団体の研修

×

重松清










学びの深い1週間になりました







起きた瞬間

中年男性声になってた真崎が

リビングでブログを打っていると




腰が痛くて仕事をお休みした

リアル中年男性の父が

外から帰ってきたので






今日は久々に




中年同士


父と自宅でまったりしようかと思います










咳15回/分




絶不調です





真崎





ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です













暑い毎日が続きますが



こんな暑い日には


やっぱりあの人







稲川淳二











じゃなく



重松清です








重松清の
「ナイフ」
という小説を読んでいます



短編はあまり好きではないのですが


「ナイフ」

という題名に惹かれて
購入に踏み切りました

(BOOK OFFで¥350)




今日は天気が悪いので



少し


真面目に
重いことでも書こうかと思います















今2話目を読んでいるのですが





「いじめ」


の、話です

どちらも




重松さんの心理描写は

本当にすごいです





「いじめ」


と呼ぶものではないかもしれませんが






女子集団による


表向きはトモダチ

でも本人に分かるところで悪口を言ったり
わざわざ作戦を立ててまで
その人の「ひとりぼっち」を演出する

陰湿で粘り気を帯びた
たったひとりに「疎外」をつきつけるもの





男子集団による


「キモイ」「死ね」など
目の前で大声で悪口
いわゆる「ばい菌回し」といった遊び

歪んだ娯楽のために
たったひとりに「異物」のレッテルを貼り付けるもの





ひと通り体験してきたので


小説に出てくる

「ハブ」にされた女の子の気持ちは




結構


共感したりします









特に

自分では気付かなかったけど
重松さんの文章を通して

「あ、確かにそうだったわ」

となったところがありました










いじめられてる側の気持ちって



「悲しい」

「辛い」

「怖い」




よりも







「恥ずかしい」








だったりします




真崎はそうでした








すごく恥ずかしいんです




悪口を言われるよりも

悪口を言われてる所を
誰かに見られる方が嫌です



ひとりぼっちにされるよりも

ひとりぼっちのところを
誰かに見られる方が嫌です





いじめの当事者はもちろん

第三者による



「あの子、いじめられてるの?」

「ハブられてるらしい」

「大丈夫なん?」

「かわいそー」

「さびしそー」





そんな声や目線が


嫌で嫌で嫌で

恥ずかしくて仕方なかったりします







同級生はもちろん



先生や親になんか

絶対知られたくないです






だから


平気なふりします



どんなに心が痛くても

笑顔は絶やさず貼り付けていたり



誰かに心配されたら

セリフを読み上げるみたいに


「え~?全然大丈夫やで~?」


なんて言ったりします





辛かったら


誰かに話せば

誰かに助けを求めれば


いいかもしれないんですけど







恥ずかしいから


知られたくないから




ひとりで抱えます










「自分にも"プライド"があるから」





この感情を



中学生の女の子が


「プライド」


と呼ぶところも





重松さんの

粋な表現だなと思います












恥ずかしいから


誰にも言わずに

ひとりで抱える






思うんですけど




これは



「プライドを守る」





ではなく





「見栄を張る」





です


たぶん









「見栄を張る」

って

もっと違う状況で使われる表現かと思います



久々の同窓会のために
無理して高い服買って行ったり



収入が減って生活が苦しくなっても
生活水準を下げられずに

無理して高い部屋に住んだり
高い料理を食べたり



仕事や恋愛や人間関係
本当は辛い事がたくさんあるけど

○○はいいねすごいね幸せそうだねって言われたいから

無理して
周りには良い感じだと話したり
TwitterやFacebookやSNSにはポジティブな書き込みばかりしてみたり





真崎が実際に見てきた

これらの事って



「見栄を張る」


だと思うんです





ぜんぶ



「無理して」



です








そして


最初に書いた

いじめられてる側の心理





「恥ずかしいから 言わない」






同じことだと思います





「見栄を張る」


です










「見栄を張る」


そんな自分を突き動かす




その根底にあるものは



「不安」と「恐怖」



だと思います







へルタースケルターの感想にも書きましたが




リリコが

自分を讃え、敬い、祭り上げる群衆に対して

抱いていた感情は




最初から最後まで



「不安」と「恐怖」



だったと思います






『綺麗じゃない私なんて誰も見てくれない』







他人の目を気にして


他人の目を恐れて


他人の評価が「自分の価値」だと思って


他人の評価に震えて








自分の価値を

他人から認められていたいから





「見栄を張る」



のだと、思います






他人からの評価に対する


「不安」と「恐怖」




この感情が




高い服を買わせ

高い家に住まわせ

高い料理を食べ

ポジティブを演じさせ




助けを求める声を


出させなくしているのだと思います






自分の行動だけど


全部受動態です



















「死ぬくらいなら、学校をやめなさい」

「死ぬくらいなら、会社をやめなさい」









6歳の時から始まった

真崎の長い長い長い学生生活の中で




唯一覚えている


教師の言葉です






彼が国語の授業を担当するクラスにも

彼が担任するクラスにも




真崎がいた事は


一度もないです





テスト前の期間に

分からないところを
彼に質問しに行くという友達についていって



その時の

たった1時間ほどしか

関わることがなかった方です





その時に

彼が書きためていたコラム集を

たまたまいただきました





その中の

「いじめ」に関するコラムに

その言葉がありました









「死ぬくらいなら、学校をやめなさい」

「死ぬくらいなら、会社をやめなさい」









帰りのバスで読みながら


すごく泣いたのを覚えています












「プライドを守る」





真崎は


こういう事だと思うんです








「プライド」って




他人からの影響に関わらず




最初から



誰もが持ってるものだと思うんです








『プライド』の訳が



「誇り」であり

「尊厳」であるなら






たぶん


プライドってのは






「あなた、尊いよ」






って事だと思うんです











「プライドを守る」




というのは





「自分を守る」





だと思います







だから



「プライドを守る」ために






『逃げていい』


『逃げろ』





って事なんだと思います


その先生が伝えた事








高いブランドのコートを着たまま


大海の真ん中に投げ出されたら




脱ぎ捨てると思うんです、コート


脱いで必死で泳ぐと思うんです







人の命を前に


その人の尊さを前に





「見栄」は



本当にちっぽけなものだと思います







そんな



「見栄を張る」ために、戦う





のではなく






「プライドを守る」ために




見栄を捨てて、逃げる







これができたら





たぶんもっと





生きやすくなるんだと思います














「逃げる」



って


思ってる以上に

難しいことだったりします





だから




周りが 「逃がす」






これも


すごく大切なんだと思います













昨晩の帰り道
「ナイフ」を読んでから



今朝まで


ずっともやもやしていたことを



ようやく言葉にできました






「プライド」という言葉を使って


真崎をここまでもやもやさせる






重松清は


罪な男です








完全に今



逃げてはいけない仕事を前に


現実逃避でブログを打ってる真崎が


堂々と主張してみました











ごめんなさい(各位)



真崎