せめて、真崎らしく。 -4ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。




「そんな人に子どもを預けたいと誰が思う?」



という言葉が

1年半前、辻堂の1室で突きつけられて




感情に任せてその行動を続けたい

でもその言葉を前に身動きが取れない




どうしようもない気持ちで泣きじゃくる私のそばにずっといてくれて飲みに連れ出してくれたのがりなママ





りなママのあの時の言葉は本当に重くて


SNSを通して「「自分を傷付けた人だから」という理由を持ち出してその人を傷つける」という行動に手を染めてしまいそうだった私を引き戻してくれた




あの時のあの言葉やりなママの存在がなかったら

もしその時その行動を続けていたら





なんせ「真面目」なワタクシ


たぶんもう子どもの前に戻ってこれなくなってたと思う







子どもは見てる


私の行いよりも
その奥にあるモノをしっかり見透かしてくる







おとな、だとか

せんせい、だとか

おや、だとか

しゃちょう、だとか

えらいひと、だとか






それ以前に





ちゃんと



「ひと」



としてこちらを見てる








だから


間違うことはあっても
迷うことはあっても




「子どもに顔向けできなくなる」


と思ってしまうような行動はしたくない





言うてしまえば、それだけが軸


誰がどうとか
とってもどうでもいい










「そんな人に誰が子どもを預けたいと思う?」



その言葉はもちろん


本質的なところに引き戻してくれる

大切な仲間がいることが、自分の誇り






感性とこころは濁らせず


今日も笑って子どもと向き合っていきませう





 
昨日のアクセス数が「777」




見てもらったと言うより
晒されたに近い形でも



なにやら運は私に味方している気配

( ̄ー ̄)




真崎






「暗殺教室」


ってゆう漫画に
めちゃくちゃハマってまして
  
  
物騒な名前だけど
ギャグ漫画かつ「教室」が舞台なだけにたくさんの「教育的要素」が散りばめられている
  
  
人間として
先生として

とても学ぶことが多い




5巻


もとい

7~8巻




クラスで1番貧弱そうな男子、渚くん



新任で残忍極まりない
恐怖で生徒を支配しようとする軍人
鷹岡先生とタイマンをはることになる



どう考えても無理ゲーな闘いで
渚は「暗殺」の才能を発揮して
見事な手際で勝利をつかみ、鷹岡を学校から追放することに成功





敗北と軍内の周囲の嘲笑という屈辱


憎悪に燃える鷹岡は
そのたぎらせた憎悪に任せて
最悪の行動に出る



3-Eが旅行できた沖縄で
生徒たちに毒を盛り
その特効薬と引き換えに渚への復讐を果たそうとする



鷹岡の前まで辿り着いた渚は
毛頭争い合うつもりもなく
鷹岡が感情的に怒鳴りつけるままに

土下座をして
踏まれた頭をすり付ける
 

「生意気言ってすみませんでした」




その姿を見た鷹岡は


満足気に

特効薬の入ったバッグを爆破する







その特効薬がなければ級友は助からない




一瞬で憎悪の気持ちをたぎらせる渚

ナイフを摑んで「殺してやる」と鷹岡に向き合う

鷹岡はそれを待ち望んでいた






 そんな渚のもとに


ウイルスに侵された級友寺坂から
スタンガンが投げつけられてそれが頭にあたる




大切な友人の寺坂の行動と言葉

担任の殺せんせーの言葉が

渚を憎悪の海から引きずり出す







「この男の言葉と寺坂くんの言葉

どちらに価値があるのか考えなさい」






冷静になった渚は



1度目に鷹岡を撃破した時と同じように

口角を上げた軽い笑顔で
鷹岡をスタンガンで撃破










ってゆう下り






今の私には

とっても大きな学びの箇所




鷹岡が特効薬を爆破した時の
「殺してやる」という感情


あれを渚は
「抱いちゃいけない殺意」と呼んだ







とても深いと思う



憎悪、復讐心に任せない






信じられる存在を信じる



惑わされずに







昨日のセミナーで言ってた


口角上げてると

脳が「楽しい」「幸せ」って勘違いするんだって



眉間にシワ寄せてると

筋肉がかたまって血流が悪くなって
ガンリスクが高まるんだって





渚じゃないけど


口角上げていよう




憎悪に任せて人を攻撃するのだけは違う








さーカテキョ!

生徒と楽しい時間を過ごすんだい♪( ´▽`)



真崎



「私は正しい」

「あなたは間違っている」

「私にはあなたを正す責任がある」
  
  
  
という、外的コントロール心理学


 


サークルの時とか
TFJの時とか
就職した時とか
子どもと関わってる時とか
家族との関わりとか




相手を変えるための行動を選んで

変えるのに必死で


その自分自身の言動を省みることが

果たしてあの時あったのかなと思う





省みて思うけど


外的コントロールって

誰も得しない感ハンパない




変えられようとする側も
変えようとする側も


ゴリゴリゴリゴリ

こころ磨り減ってる



そして、得てして良い方に好転しない







じゃあ


「外的コントローラー」は間違っている?





外的コントロールを変えよう


その関わりは外的コントロールではないのか

 



外的コントロールを使うことは間違っています


すべての行動はそれぞれの人の選択です


外的コントロールを辞めましょう









そういうのも好きじゃないなあ( ;´Д`)




小難しいこと考えずに

一旦感情ぶつけ合って
ぶわああああって出すもん出して

なんか冷静になった時に
やっとちょっとだけ相手のこと考えるための隙間ができたりして




そういうぶつかり方が
自分のスタンダードできちゃったところはあって



でもそれだと

「言えない人」はどうなるんだろ



てかそもそも

それ自分の正しさであり
コントロール下に置こうとしてることじゃないのか





などなど



日々学び(まとめる気力<睡魔)



真崎