せめて、真崎らしく。 -5ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。




例えば
  
  
周りには、不登校の経験をして今大学生をやっていたり社会人をしていたりなんやかんやイキイキ生きてる人たちがいたり
  
  
  
  
例えば
  
周りには「有名な大学」に行きながら、ここにきて「大切なのは「偏差値の高い学校」に行くことじゃなくて、自分の納得する道を進むことなんだ」と悟る人たちがきたり
  
  
  
そういう人たちがいることは
自分のガチガチの価値観を拡げてくれて
とってもとってもありがたくて
出会えて良かったって心から思う
  
  
  
  
そして自分の中に
新たな価値観が形成される
  
  

例えば
  
「学校に行くこと」は義務でも幸せの必須条件でもない
(義務教育と学校に行くことは別だと思ってる)
  


例えば 
  
有名な大学に行って有名な企業に勤めて安定を、なんてのが幸せな人生とは限らない
   

  
いろんな人生があっていい
  
いろんな選択肢があっていい
  
  
  
  
   
  
  

というところで、留めたい
  
  
  
私はこの考え方が「とても好き」というところで
  
  
  
  
  
  
  
どっかで思ってたのかも
  
  

「偏差値と世間体で学校を選ぶのは間違っている」
  
  
「有名な学校、有名な企業、安定、それを幸せだと思い込むことは間違っている」
  
  
  
  
例えば、そういうこと
  
  
  
  
  

不登校支援において
  
  
「学校には行っても行かなくてもいい」
  
  
というスタンスは
個人的に大切にしたいところ


  
  
  
  
  
  
  


「行かなくてもいんだよ」
  
    
  
中には
  
  
「行くもんじゃないよ」
  
  
  
  
という人も、いる
  
  
  
  
  
  
  
その言葉の奥には、なにがある?
  
  
  
  
相手の姿はその言葉の奥に映っている?

  
  
  
  

いいこと言ってる、ような気はする
  
  
相手を楽にすることもある、ような気はする
  
  
  
 
  
  
だけど、それすらもやっぱり  
  
  
その人の思う「正しいこと」に誘導しようとしてんじゃないの?
  
  
   
って
  
  
これは前から薄々感じていた違和感
  
  
  
  
  
どんな言葉をかけるのか
  
よりも
  

 
その目に相手の姿が映っているのか  
  
   
  
ってことの方が
1億万倍くらい大切なんじゃないのか
 
  
  
  
相手のこころを楽にしたいと思ってかけた言葉が
  
びっくりするぐらい相手を苦しめたなんてこともあった
  
  
  
  
  
 相手はなにを思ってる?
  
  
相手はどうしたいと思ってる?
  
  
  
  
それが、自分の「正しさ」に反することだったらどうする?
  
  
「そうじゃなくてこっちの方がきっとあなたにとっていいことだよ」と思うことだったらどうする?
  
  
  
  
「そんなこと思わないよ」
  
なんて思ってても
  
  
無意識の「正しさフィルター」は侮れない  
  
  
と、思った
  
  
  
  
  
  
苦しい思いをすること
  
傷つくこと
  
  
それすらもその人の権利
  
  
  
 
するべきは

「正しい方」に誘導することじゃない
  
  
  
 
 
  
ありきたりだけど
  
  
原点は、「聴くこと」
  
  
  
  
  
そこに立ち返ってまいりました
  
  
  
真崎
  




卓球



14歳の女の子のダブルスペア

なんとかちゃんとなんとかちゃんが
シングルス準決勝で対決してた




フルセット

デュース

デュース

デュース







なんとかちゃんが勝った




だから


なんとかちゃんが負けた








「悔しいです」







なんとかちゃんが、すごく泣いてる











そんな映像をシェアハウスの1室でぬくぬくしながら黙って見入る

元14歳の25歳  × 3








「なあ」

「うん」






「こういう涙、ええな」

「うん」



 




「こういう涙流したいな」


「うん」


 



まったく同じこと思ってたらしい













「負けてもいい」


って思いでやる勝負は
負けたあと笑えた



悔しいね

もっとやりたかったよね

でも楽しかったよね

って







勝ちたくて

勝ちたくて

勝ちたくて



どう考えてもこっちが格下やのに
差も開いてるのに
 

負ける気がしなかったあの試合





いつもよりボールが上がる

足が動く

なぜかサーブがよく決まる





追いついた


追い抜いた


追い抜かれた


追い抜いた







そういえば、その時も



デュース


デュース


デュース









そして





あっちから放たれたボールは

ネットの上にカツンと当たり



無情にも

こちらのコートにおちた







負けた











決勝戦で会場中が注目する中で

あんなに堂々と大泣きしたのは


25年間振り返っても

あの1度だけ









「あん時負けたけど楽しかったな」


みたいなこと言うんは

10年後くらいの酒飲む場にしよなて



負けた直後にそんな言葉出てくるような

そんな中途半端な勝負せんとこなて

 



そんな話をしたチームメイトに


肩抱かれて全体重預けて泣いた







悔しいって、あんなカオスなんや


とんでもないじゃじゃ馬やった





とんでもないじゃじゃ馬やったけど


とんでもなく純粋な奴やった








そう、うん



あの感覚










ビビるんじゃなくて


怖がるんじゃなくて


逃げるんじゃなくて


守るんじゃなくて


閉じるんじゃなくて


責めるんじゃなくて


止まるんじゃなくて


抜くんじゃなくて







勝とうが負けようが


手に入ろうが手に入らまいが







本気で泣けるような


そんな向き合い方をしたい




真崎