せめて、真崎らしく。 -38ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。



ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です












「「釜ヶ崎」を歩いてきます(前)」








歩いてきました


遅くなりましたが
報告記事になります











見た聞いた感じたことを書いていく前に




釜歩き中に出会ったおっちゃんが
こんな事を言っていました










「最低3年はここに住まな、ほんまの釜ヶ崎の底の底の底は分からへん。」











この言葉が残っていて
書くのを少し躊躇っていました







岡本さんという案内人の方がいて

街を一周歩きながら
いろんな話を聞かせてもらったのですが







たった2時間「いた」だけの自分が


知った顔でなにを書いたらええんやろ







って思ったからです















しかし書きます





「伝えて下さい」


っておっしゃっていたからです






できる限り
事実に相違なく
書いていこうとは思っていますが




ひとつの物事に対して
必要以上に誇大解釈する
悪癖がある真崎なので





どこが事実で

どこが真崎の解釈(妄想)か






見極めていただきながら
読んでいただけるとありがたいです




「Homedoor」の方々も


もし読んで下さっていて
なにか修正すべきところがあれば

お手数ですが
ご指摘いただけると助かります
随時手直ししてきます














長くなりました


本編です





$せめて、真崎らしく。







今回の釜歩きでは




釜ヶ崎に詳しくて
現地の日雇い労働者の方々とも交流のある
案内人の岡本さん


「Homedoor」スタッフ
まさかの高校の後輩だった
片野田さん


そして
真崎を含めた参加者4名



合計6名での
スタディツアーとなっていました










前回のブログにて





真崎が「釜ヶ崎」に興味を持った

一番最初のきっかけは





「大阪新世界に行ってみたい」






という願望だったと書いたのですが







実際


大阪新世界
通天閣のある場所は



釜ヶ崎とは
通り1つ隔てた

"浪速区"

に位置しており





通天閣やスパワールドなど
観光名所や遊ぶ場所のある浪速区には
いろんな場所から観光客も来るのですが



通り1つを挟んだ先にある西成区には


やっぱり

あんまり好きこのんで
人は来ないようです









前回来た時は


"浪速区"の方から眺めるだけだった
ずらりと並んだビジネスホテル





その中の1つに入らせていただきました







宿泊費はまちまちですが




安いところでは

1泊500円~1000円

みたいなところもあるそうです






今回入らせてもらって
見せていただいた部屋は


確か2000円くらいだったと思います



$せめて、真崎らしく。



(広さ約3畳)





最近では
日雇い労働が減少していることもあって


バックパッカー用の安宿や
生活保護受給者の居住マンションとして
用途を改めたりするところも多いそうです













「飛田新地」


という場所に行きました







飛田新地は

日本最大の「遊郭街」だそうです






表現が正しいのか分かりませんが






「料亭」として登録されてる「売春宿」が



ズラリと並んでいる場所でした





(1958年に「売春防止法」が施行され、売春が非合法となったため、「売春をするための店」ではなく「料理組合」として正式登録して、中で行われる行為は「料理を食べにきたお客さんと従業員の自由恋愛」という風にすることで誤魔化しているらしいです)









約140件もそういう店があって
5つある通りの1つを歩きました



どの店も

入口は大きく開かれていて
家の中が見えるようになっていました



入口にはふたり女性がいました



ひとりは客引きの中年女性

もうひとりは
いわゆる「ホステス」さんでした





女性が歩くには歓迎されない場所で
真崎自身あまり不躾な視線を向けないよう気をつけながら




やっぱり気になって


横目でちらちらと
1軒1軒中を確認して歩きました




胸の大きく開いた
様々な衣装を身にまとっていた
ホステスさんたちは





めちゃくちゃ綺麗でした


(綺麗な方が多いと有名だそうです)








真崎が「飛田新地」の存在を知ったのは




新世界へ行った直後




「西成区についてもっと知りたい」




と思って


ネットで情報収集をしている時でした










「飛田新地で働く女性にインタビューできました」



みたいな記事を発見して









西成区に



「売春宿の並ぶ場所」



がある、という事を知りました












「飛田新地」で検索すると






飛田新地で女性を買って
その行為の様子が生々しく描写された




クソ胸糞悪い


おっさん達のデレデレした記事が


いっぱい出てきました








やっぱり純粋に疑問なのが


「飛田新地の女性たちは、なぜここで働いているのか?」


ということでした












当然と言えば当然


その理由は様々で








インタビューに出てきた女性は

単に金稼ぎのため

(1年間で500万貯金ができたそう)







また違う記事に出てきた女性は




彼氏の借金を背負わされて

闇金業者に連れてこられたため










昔は


九州などの地方から

無理矢理連れてこられた女性も
多かったそうで







彼女たちが逃げられないように
飛田新地には大きな壁が設置されていて


今でも一部
その壁が残っている場所がありました












料金は

15分~20分で
10000円強くらいだそうで




「この料金って、実際ソープとか行くのと比べたら安いんですか??」





と真顔で聞いて


男性陣の間に
すごい気まずい空気が流れたんですけど








その時の意見では



「高い」



と言うことでした











実際に店でその行為にふける際






シャワーは浴びず





また





避妊具をつけない場合もあるそうです










それゆえに

HIVや梅毒に感染する女性もいて




昔は


梅毒にかかった女性たちを
隔離する部屋なんかもあったそうです





















ブログに全部書こうと思ったら



ちょっと大変な事だという事に気付きました



(文字数的に)










ここからは


真崎の感想を中心に書いていきます







ネットで情報とってくるだけなら
真崎のブログよりも
もっと詳しくいろいろ教えてくれるサイトはたくさんあります









でも




「百聞は一見にしかず」




です(どや顔)







第3回「釜歩き」


4月27日(土)に開催されるので
是非行ってみてください



イベントページ

http://www.facebook.com/events/126573464202118/









「飛田新地」の後




日雇い労働者の方が集まる
「三角公園」にお邪魔したり


1000個くらいベッドが設置されて
日雇い労働者の方が整理券をもらって利用できる
シェルターみたいなのを外から見たり


三角公園の外で
自作の詩を見せてくれた
イケイケ系のおっちゃんと出会ったり



$せめて、真崎らしく。


(おっちゃんの詩)






$せめて、真崎らしく。




(おっちゃんのトラック)


(「俺を信じん貝!!」と書いてる)


(イケてる)












釜ヶ崎に住んで40年
即興楽団Udje(ウジャ)で
太鼓を叩くおっちゃん宅でお話を聞いたり





$せめて、真崎らしく。



(太鼓のおっちゃんの井上さんと)





『あいりん労働福祉センター』
の中を見せてもらったり









「釜ヶ崎」をぐるりと一周


岡村さんにいろんな話を聞き
いろんな質問をさせてもらって


2時間の「釜歩き」が終了して








考えたのは






『「人権」と「貧困」』


『「表現」と「繋がり」』







そして







『自分はここにどう向き合っていくか』







です
















『「人権」と「貧困」』について







ここにいる
日雇い労働者の方々の




「人権」








しばしば



無視されてきた事だそうです










昔は


道に倒れている労働者の方を
警察の人が見かけた時に



手を差し伸べるではなく



「ムシロ」と呼ばれる

死体にかける藁布団のようなものを



その人にかけて立ち去る






みたいな事があったそうです












公ではあまり報道されていませんが



原発の開発の際に

多くの日雇い労働者の人が
現地に駆り出されて

被爆して亡くなられた方も
多くいたそうです






仕事を与えられて
仕事先の寮(「飯場」という)に入ると


日当から
「寮費」として多額の金を搾取され


そこに来た労働者の人たちが
外に出れない環境をつくり


半ば「タダ働き」のような状態で
酷使されていた日雇い労働者の方々もいました







警察の対応

劣悪な労働条件下での過酷な労働




ここに抵抗していくために

日雇い労働者の方々が起こした「暴動」





1961年に始まって

5年前の2008年までに


24回行われました








「貧困」につけこんで


生活保護を搾取するような
「貧困ビジネス」というものもあるそうで


生活保護をもらいながら
劣悪な生活状況に苦しむ方もいるそうです












「貧困」=「自業自得」





という認識は、あると思います













でも










そうじゃない事が


いっぱいあるんだと知りました










日雇い労働者

ホームレス





そうなる背景には


その人のせいだけではない





「社会構造」





という





大きすぎるものから

起因するものもあるのだと知りました












そんな「貧困」の中で





「人権」が無視されてきた








ということを知りました














『自分たちと同年代の中高生が



「ホームレスは社会のゴミだ。俺たちはゴミ掃除をしてやってるんだ。」



と言いながら



襲撃事件が起こってることを知りました。




寝ているおっちゃんたちの眼球を
ナイフでいきなりぐさっと刺す


灯油やガソリンをかけて、焼死させる



そんなひどい事件もありました』









「釜歩き」の


パンフレットに載ってた内容です








見ながら打ってる今も

怖くてめっちゃ震えます








前のブログにも書いたけど




真崎の中で


「ホームレス=危険・怖い」


みたいな認識は
正直ありました






飲料物を持っていたら
すごい勢いで盗られるとか


追剥で持ち物取られて
露店で売られるとか







どこまで嘘か本当か


正直まだ分からないけど









でも








釜ヶ崎に



たくさんの「社会の偏見」が



詰まっている









ということは、感じました









その偏見が




そこに住む方々が

「同じ人間である」

という認識を霞ませて




「人権」という概念を

その人たちから剥離させている









そんなことを



すごく感じました














『「表現」と「繋がり」』について







今回最も印象に残ったことです





釜ヶ崎は

昔から「芸能」が盛んだそうです




今回の「釜歩き」でも
昔ながらの「大衆演劇」が行われている
演劇場にも連れて行ってもらいました




$せめて、真崎らしく。





演劇という

ひとつの


「芸術」「表現」



があるわけですが








「「表現」は、この地に住む人たちにとって、非常に重要なことなのです」






案内人の岡本さんに
教えていただきました









上記にも書きましたが


今回の釜歩きの中で




「詩を書くおっちゃん」

「太鼓を叩くおっちゃん」




に出会いました









社会から弾かれて
「人権」を切り離されて
自己主張はまかり通らず


他者とのコミュニケーションも
わりと苦手だという






そのおっちゃんたちが





「芸術」

「表現」





を通して










「人と繋がる」








そうです








詩を書くおっちゃんは


仲間やよそから来た人に
自作の詩を見せてくれて
すごく素敵な顔を見せてくれました




太鼓のおっちゃんは

他にも楽器や音楽できる仲間と繋がって
即興演奏のコミュニティをつくって
いろんな場で演奏しているようでした













釜ヶ崎において





「孤独」





というものが


すごく大きな問題になるそうです







いろんな事情によって

自分の職場や家族との繋がりを切って
全国から日雇い労働者が集まってきていて





年間200人

餓死者や凍死者が出る中で





身よりも分からず
誰との繋がりも分からず
無縁仏となる





「孤独死」





たくさんあるらしいです












生活保護受給者は
家を出ずとも収入が入るので


最初に貼ったような部屋で
一日中外に出ずにテレビを見る


みたいな生活に

なる人はなるようなのですが














人との繋がりがなくなった時に





心を壊す人がいるらしいです
















「みんな、繋がりたいんですよ。








という

岡本さんの言葉が





自分の中に



すごく重く残っています












自分を「表現」することは




人と繋がる術なんだと思いました














太鼓のおっちゃんがやってる


「即興楽団UDje(ウジャ)」


のページです





イベントなどやってるそうなので

興味のある方は是非見てみて下さい




「即興楽団UDje(ウジャ)」


















最後に




『自分はここにどう向き合っていくか』




です












自分がいる場所とは
全然違った環境



一般的に「良くない」と言われる

貧困がはびこる環境
治安が悪いと言われる環境







そこに



ズカズカ入り込んでいって







たった2時間



そこにいただけの自分が











こんなブログを書くこと自体



すごくおこがましい事なんじゃないか










そう感じながら書いています











この"問題"に対して

自分にはなにができるのか







そもそも

「なにができるのか」

という発想自体が傲慢じゃないか








「知ること」「発信すること」で

自分自身が置かれている



「恵まれた環境にいる」



という



至極特殊な「罪悪感」を

振り払いたいだけじゃないか












釜ヶ崎からの帰りや

この記事を書く際





ものすごく葛藤しました











今回のことで知ったのが




表面の表面の表面の

薄っぺらい表皮部分のことくらいだから





まだ自分には

なにも見えていないから









なにかすべき事があるのか






だとすれば

本当に必要な支援とはなんなのか







全然分からなくて








分からないから



恐れているんだと思います











「知った顔するな」



「可哀そうな顔して立ち入ってくるな」








おっちゃん達に



そう思われることを、です














「釜歩き」が終わってから

スタッフの片野田さんと話している時




本当に無意識に

なんの悪気もなく







釜ヶ崎のことを





「スラム」





と呼んだ自分がいて










片野田さんが

少しだけ笑いながら







「自分の住んでいる町を「スラム」と呼ばれたら、どんな気持ちがするんでしょうね。」








と言って





ものすごく

鼓動が早くなったのを覚えています











岡本さん
片野田さんは



「今日のことを、是非伝えて下さい。」



と、おっしゃっていました










まだなにも分からないけど

少なくとも





行かなければ分からなかった



「勘違い」



が、たくさんあった事を知りました











「勘違い」

「知らない」






から生まれる






「悪意」

「人権侵害」






があることを知りました













今回のブログで伝えられるのは



多分これだけな気がします












あとは








「こんなブログを読んだところでなにも分からないので、「興味を持った」とか思うんだったら行って見てください。」






ということくらいです



「釜歩き」はこちらからです










真崎は


「貧困地域の教育」
「貧困地域の家庭」


に関心がありましたが







釜ヶ崎には




「家庭」




が、ほとんどありませんでした


子どもの姿もほとんど見ていません








ただ


児童館が区内に3つほどあって




「飛田新地」で
お母さんが働いている間に
預けられている


みたいな子ども達がいるそうです





ネットで調べたら


普通に一般人でも
お手伝いにいけるそうなので







関西にいる間に

一度行こうと思っています








興味がある方

一緒に行けると嬉しいです












長くなりましたが


以上が「釜歩き」の報告になります









最近いろんな意味で迷走中の


マクドナルドよりお届けしました






真崎





ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です










「釜歩き」


というイベントのお知らせを
たまたまTwitterで見つけて

5分後に参加ボタンを押しました











「釜歩き」



というのは




NPO法人「Homedoor」さん主催の

「釜ヶ崎スタディツアー」

のようなもののようです











「Homedoor」さんは



『ホームレス状態を生み出さないニホンをつくる』



ということを目指して






「ホームレス問題」

「生活保護受給者の自立支援」




といったことに取り組んでいらっしゃる

NPO法人です








真崎もあまり知識がないので

良かったらHPをご覧ください



「Homedoor」




















今回訪れる


「釜ヶ崎」


という場所







日雇い労働者やホームレス
生活保護受給者の数が


日本で一番多い街です





「治安が悪い」
「怖い」


など


良い噂はあまり聞かないこの地で








『貧困問題と向き合う街歩き』







というのが




この「釜歩き」だそうです















「釜歩き」というものに


真崎が参加を即決した理由から話します










すごく不謹慎な話もあり
気分を害する方もいるかもしれません




その地域に詳しい方や思い入れのある方
そのような方々の目には


もしかしたらとても

安直で偏見的に映り




「中途半端な知識経験で語ろうとするな」




と思われる部分もあるかもしれません







ここに対して
本当になにもしらない小娘の



単純に


感じてきたこと
考えてきたこと


です





こういう内容を軽率な気持ちで書くのは
なんだか自分でも嫌なので



そういう前提を持って読んでいただけると


すごく助かります







自分が見た・感じた・考えたということは


あくまでも自分主観の事実として
きちんと書いていこうと思います







多分



出だしが一番不謹慎です






その辺りをご理解いただきながら
読んでいただければと思います


















「大阪新世界」


という場所に行ってみたい











大学入学時くらいから
頭の片隅にあった願望でした


通天閣のある場所です








きっかけは




お笑い芸人

「矢野兵頭」の兵頭さんでした







真崎の大好きな番組
「ダウンタウンDX」にて



真崎の大好きな芸人
兵頭さんが






「大阪新世界」

について





こんな話をしていました











「あの場所は、めっちゃおもろい。」








「なにがおもろいって、もうあれやねん、意味分からんおっさんがいっぱいおんねん。」





「俺が新世界行った時に見たんは、自動販売機と自動販売機の間に挟まって寝てるおっさんやった。」




「「え!?」と思って俺がそのおっさん見てたら、突然そのおっさんが、カッと目開いて、「なに見とんじゃあああ!!!!」って怒鳴ってきてん。」



















「自動販売機と自動販売機の間に、おっさんが、挟まってる…??」











その時から

真崎の中で



「自動販売機と自動販売機の間の挟まれたおっさんを見るために、「大阪新世界」へ行きたい」



という気持ちが湧き






関東などから友達が来て


「大阪のおすすめスポットどこ??」


と聞かれたら








必ず






「「大阪新世界」行ったら、自動販売機と自動販売機の間に挟まれたおっさん見れんで。」













自分は見たことなくて


というかもはや自分は京都在住で
大阪のことはあまり知らない状態で




自分の憧れと願望を交えながら


みんなにオススメしていました












去年のゴールデンウィーク






関東から
インターン仲間が遊びに来た時に



「大阪案内して!」



と言われたので








「これはチャンス」



と思い








「自動販売機と自動~」の下りを説明し





真崎も彼女に同行し


一緒に「大阪新世界」へ行きました






(当時の記事:「通天閣の下でバトりました」













本当に恥ずかしい話ですが






真崎は


超絶世間知らずでした











「そこってどこの駅にあるん??」


友達に聞かれて






「えっと、「新今宮駅」やって。」


と答えると











その友達が




「えっ…」




という反応をしました















「そこって、「あいりん地区」っていう場所じゃないの??」

















「あいりん地区」



と聞いても

真崎にはまだピンときませんでした






「テレビで見たけど、日雇い労働者のホームレスがいっぱいいて、暴動とかも起きたり、「日本一のスラム」って呼ばれてた気がする。」











電車が駅についた時







友達が



「あれ、あの建物…」



と、少し恐れ混じりにつぶやいて










彼女の視線を辿った先にあったのは




『あいりん労働公共職業安定所』




という

コンクリートの建物でした










駅から出て

改めてその建物を見ると




その建物の下には


たくさんのホームレスの方々がいました





真崎は
その土地の「空気感」には疎く


初めて来る場所と
その雰囲気に


不謹慎ながら「興味津々」で


周りをキョロキョロしながら
歩いていたのですが








その友達は




「なんか嫌。早く行こう。」




という感じでした









綺麗とは言えない
ビジネスホテルが立ち並び


あるビジネスホテルの2階の窓から
おじさんが身を乗り出して
下にいる警官達に怒鳴り散らしていました








テレビでしか見たことのないような光景で



その映像がすごく頭に焼き付いています














真崎が所属している
Teach For JapanというNPOは


「教育格差の是正」


を目指して
学習支援事業などをしていて





「経済的な困難を抱えた家庭」



の多い地域での支援が
比較的多いのですが














上手く言えないのですが


且つ不謹慎かもしれませんが










『本当の"貧困"を見た』











この時思いました















その時から少し


「あいりん地区」


について調べるようになりました






その場所にも

なんとなく引っ張られる感覚があって




なにをするわけでもなく

「新今宮駅」に行って




駅から出ずに

ホームから町をぼーっと眺めたり





みたいな事もしてました














その地域の教育や家庭事情をご存知の方に
お話を聞いたところでは







「ここでは、"学習支援"なんてする以前に、困難な課題がたくさんある。」




「犬小屋で生活させられてる子ども、ボロボロの服で毎日学校に来る子ども、ヤクザの親に殺される子どももいる。」








あくまでも"聞いた話"なので
事実であるかの確証は真崎にありませんが







その話を聞いて




心が







ギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ







と締め付けられる感覚がありました















その地域出身の友達が身近にいます







その人から
詳しい話を聞いたことはありませんが








「この場所での学習支援を実現したい」








という想いを持っている









という話と


先程の子どもや家庭の話から










「日本の"貧困"について、自分自身もっと学ぶ必要がある」









そう強く感じました









「釜歩き」には


現地のホームレスの方々とも交流のある
案内人の方がついて下さっています





「あいりん地区」の噂は

人づたいやネットでいろいろ聞いています






缶コーヒー飲んで歩いてたら
ホームレスがすごい勢いで奪ってくる


身ぐるみ剥いできて
奪ったものを露店で売られる



みたいな









「噂」って

えてして




「悪意」
「誇張」
「好奇心」




が詰まってるので







聞いてしまうと
ちょっと怖いけど



でも事実は
自分の目で確かめないうちは
まじで信用ならんと痛感しているので






自分の目で見て

そこにいると交流して

よく知っている方のお話を聞きながら








いろいろと知り


いろいろと学び


いろいろと感じ









また夜に




「「釜ヶ崎」を歩いてきます(後)」

掲載できればと思っています












それとなく予習なうです




真崎






ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です














インタビュー記事

二人目です





人間と鳥の間みたいな人です











【桑原恭祐のお話です】







「誰やねん」



な方のために


最初に真崎から簡単に
彼の説明をします









関西では、かなりの有名人だと思います






その一方で



「は?桑原恭祐とかいた?」



という人もいる気がします








かくなる真崎も思ってました






普通に彼とは仲良しだけど



「桑原恭祐?誰?」



思ってました









大体の人が


これで分かります










$せめて、真崎らしく。








「ひよこ!!」

「ひよこやん\(^o^)/」

「ひよこさんのことかー♪」

「なんやひよこか」

「わーひよこー☆」

「恭祐wwだれwww」 ←真崎

「ひよこひよこ好きー♡♡」







て、多分なります




要はひよこです










ふわふわした話し方

いつ見てもどこかくせ毛な髪型

無駄に優しい声

無駄に優しい眼差し

趣味はカフェ巡り





癒し系男子と言ってしまえばそれまでですが



総じてひよこです











以前から書いているように

マサさんというトレーナーさんの元で
リーダーシップやチームビルディング
的な諸々を学ばせてもらっている真崎ですが




ひよこは


マサさんの弟子仲間です









ひよこが関西で有名な理由は



旅館全館貸切の交流イベント
300人規模の大就活イベント
梅酒バー店長
ラジオレギュラー出演
その他
その他
その他
その他
etc...






なんかよく分からない
すごそうな事いろいろしていて



なんかよく分からない求心力で
そこにたくさんの人が集まっているからです











学生時代にそれだけの功績を残し

つい先日お互い大学を卒業して





「ひよこ今なにやってんの?」





と聞いたら





「あ、今はただのひよこです^^」






すごくシュールな会話になります











卒業間近の3月1日

彼は内定をもらっていた会社を辞退して



今は「フリーター」をしています







真崎的に言えば


「やりたいこと素直にやっている人」


です






ふわふわしてるけど


意志の固い男(雄鶏)です










彼の話を聴いていて

浮かんできたキーワードは




「取り残されてる感」

「居場所」

「温める」

「繋がり」




でした









A4用紙10枚超え




壮大(≒長文)

なストーリーになりそうです











ただ






「孤独」を知っている彼だからこそ


伝わってくる「居場所」への想い










すごく



知ってほしいって思います
















■転校に次ぐ転校で心閉ざすひよこ








「お父さんの仕事の都合で、僕転勤族だったんですよ^^」







そういえば
どこで生まれたか聞きそびれたのですが




愛知→石川→広島



父の仕事で各地を転々とし
小学校入学時は広島にいたそうです





広島のど田舎
家は山のふもと

全校生徒は100人くらいの学校で
学年関係なくみんな仲良しだったそうです







「小3までは、超ハッピーでした^^」








小4に上がる時


ひよこは博多に引っ越しになりました








小4といえば


小3の時のクラスから変わらず
学年が持ち上がるわけで



ひよこが転校した時には


すでにクラスの仲が出来上がっていました






「博多での僕は超内気でした。うまくみんなに関わりにいけなくて、輪に入れなくて、友達もほとんどいなかったです。







内気な一方で

運動好きだったひよこは




ひとりで運動場に行き



ひたすら縄跳びの大技をしました





「後ろ二重とび交差とかできました^^」







ひとりぼっちで



「自分を見てほしい」

「注目されたい」



そんな想いも抱きながら


運動場でひとり
ひたすら縄跳びをビュンビュンする


そんな奇行に走るクラスメートに







「あいつ、なにしてるんだろう?」







他のクラスメートたちが
寄ってくるようになったそうです





それから
彼の友人事情は

次第に改善されていきました






「小4の終わりの時には、小5もこれでいける、頑張ろうって、そう思っていました。」














小5に上がる時


ひよこは大阪に引っ越しになりました











「小6で、人生諦めましたね^^」











大阪の学校に引っ越してからは



特定の友達以外はシャットダウン
クラスメイトのウェルカムな雰囲気にも
ずっと心閉ざしていたそうです



小学校時代のお楽しみである林間学校も
彼は仮病で欠席しました










「知らない人に対して、未知、というか、得体のしれない怖さがありました。人がワッて盛り上がっているところにいれなかったんです。」









そんな状態で小学生生活を終え


ひよこは中学生になります














■人間不信に拍車かかるひよこ









新しい環境への変化

人間関係の変化

違う小学校からくる生徒への恐怖







春になると


ひよこは体調を崩すようになりました








「「学校行きたくない行きたくない行きたくない」って思ってたら、仮病じゃなくて、本当に熱が出るようになったですよ。拒絶って熱出るんですね^^」







中1の最初の時は


玄関を出る時に吐き
教室でも吐くことがあったそうです








ひよこが

「人生で1番嫌」

と語る中2時代





例の如く
春の始業時に体調を崩し
初っ端で1週間学校を休み


学校に行くと


すでに「出来上がっていた」そうで







「「取り残されてる」って感じていました。この時、クラスメートも僕のことを無視したりするようになっていて、僕も、いろんなことを環境のせいにしていました。」








ひよこはテニス部に所属していました



あまり強くなかったけど
「みんなで頑張ろう!」という雰囲気で
同じところに向かっている感じが好きで
部員とは仲も良く




テニス部は彼にとって



「居場所」



でした






「でも、2年生になると後輩が入ってきて、その後輩がすごい上手かったんですよ。自分は先輩なのにそんなに上手くなくて、なんだか「居場所」が失われていった気がしました。」








クラスでも部活でも
居場所を失っていって


更に彼を追い詰めたのが



「伸びない身長」



でした(わりと重要)









当時153cmくらいから伸びなくて

周りは成長期だからどんどん伸びる中
ずっと背の順は1番前で







「「取り残されている感」でした。周りは伸びているのにって。それが自分の中でずっと、すごい劣等感だったんです。」









中3では
中2の時よりもいいクラスにめぐまれ


当初よりも晴れやかな気持ちで
中学卒業を迎えられたそうですが








「ずっと、不安に支配されていました。」




「本当は、クラスメートの輪に入りたかったし、フツウに友達がほしかったけど、話かけられなかったんです。人に対して、「相手にしてくれない」っていうことへの不安があって、すごく疎外感を覚えていました。」








「人間不信でした^^」



「「信じない」と決めていました^^(満面の笑みで)」















■葛藤を乗り越え波に乗り出すひよこ








当時ひよこは

自分が長男家系云々という理由から



「自分はすごく特別な人間」



という感覚が強くあったそうで






とにかく周りと同じが嫌だから
高校も「普通科」は嫌だと思い



「国際教養科」


という学科への進学を決めました









「今でもすごく覚えています。」


「入学式の時は雨で、僕遅刻していったんです。」






「で、教室の戸あけたら」











そこには



教室一面の「女子」がいました









「窓際に、心細そうな男子が5人だけいました。」











本気で間違えたと思い
教室を確かめるもやっぱりここで





「しまった...」

「ここで過ごしていくのか...」









頭に変な汗をかいたそうです













クラスでは


たった5人しかいない男性陣は
当然の流れの如く仲良くなり




「ちょっと男子!ちゃんと掃除しなさいよ!」


どこのクラスにも×5はいそうな
気の強い系パワフル女子が


×30


という状態だったそうです






女子に対しては

「悪口言ってるんじゃないか…??」

という不安と恐怖感があったり





また




クラスで携帯電話を持っていなかったのが
ひよこひとりだった


という事実が露呈された出来事があり





「人と違う事が嬉しい」



だったはずなのに




「また自分だけ…っていう、「取り残されている感」がありました。人と違うことが、嬉しいのか怖いのか分からなくなりました。」


「人と違うのが嫌で国際教養科にきたはずのに、「なんのために、ここに来たんだろう」と思うようになりました。」















そんなひよこの人生が




高2くらいから

少しずつ



快方に向かいはじました






中学と同じく
テニス部に入っていたひよこは


経験者ということもあり
初心者もいた周りの部員に比べて
どんどん上達を見せていました




且つ






「女子部員の先輩方に可愛がられていたんです^^」






持ち前の愛くるしさ故なのか

やつ(悪意込)は女子部員に可愛がられ



1つ年上の彼女ができました










その彼女さんの


「女の子は、話を聴いてくれるだけで嬉しいんだよ。」


という言葉を受け







今までのひよこにとって
他者とのコミュニケーションは


「自分が話さなきゃ!!」


というものだったけど





「話さなくていいんだ!!」

「聴くだけでいいんだ!!」




そう思ってから

クラスの女子とも
うまくコミュニケーションがとれるようになり

(=9割聞き役に徹する)






ひとりずつ


クラスの女子を味方につけていきました


(悪意)








テニスでも

地方予選を勝ち抜いて初本選出場




そしてこのタイミングで訪れた

待望の成長期




「身長がついに160cmを超えたんですよ^^これだけですっごい自信になりました^^」







高1の時点から


「自分に受験勉強は無理だから、指定校推薦に逃げよう\(^o^)/」


と思っていたひよこは




早々に関学への進学が決まり

残った高校生活を謳歌しました










「高1の時は、体育祭も文化祭も欠席したんです。」


「でも最後の体育祭では、ダンスづくりに参加したり、応援旗づくりなんかにもがっつり関わっていきました。」


「その応援旗が表彰されたのがすごく嬉しかったです^^」









かつてないほどに良い状態で

ひよこは高校を卒業して




ここから


波乱の大学生活が始まります
















■サークルを追放されるひよこ







わりとウキウキした気分で

ひよこの大学生活は始まりました






ゼミのメンバーも仲良し

春の定番イベント「新歓めぐり」も
楽しみつくし





元々大学でもテニスをやろうとしていたひよこは




「全国いこーぜ!」




的な


かなりガチな方のテニスサークルに
入部を決めました









「この時の自分は、変に自信がついていたんです。」


「すごく「自分自分!!」ってなっていた時期で、テニスの全国大会も「絶対自分がいく!!!」と、目標に掲げていました。」








ガチなサークルとはいえ
テニス初心者の部員ももちろんいて


できる人たちが初心者の指導にあたる中で






ひよこは



「自分が上手くなる」



ということしか考えていなかったそうです







"大学4年間の間に、全国大会に出場する"






この目標は

2年生の夏に達成されました







テニスサークルの聖地と呼ばれている
千葉の「白子」という場所で


念願の全国大会出場を果たし
しかも予選を勝ち抜いて本選出場までして






試合をやりきって


関西に帰ってきた彼は






「目標がなくなって、次に向かうところがないって感じました。」












そんな状態で迎えた2年生の秋


ひよこの代が
サークルの運営スタッフになる時が来ました








「その時、すごく違和感を感じました。」







運営スタッフは
会長、副会長、その他もろもろの
なにかしらの役職につく中で



HP係に立候補したひよこは
多数決で落選



「もうここしか空いてないよ」



そう言われて



一番下っ端の役職


の、「補佐」になりました







この時の空気感

言葉で書くのは難しいけど





自分と他のメンバー(20人くらい)との間に




どうしようもないほど


「壁」があるのを感じたそうです










「ここからが、本当に地獄の1年でした。」









ひよこ自身
「原則参加」
というサークルの文化に息苦しさを感じていて


同じメンバーしかいない空間もつまらなくて






"違う場所で友達をつくりたい"



そう思いつつも






"ここにいなきゃいけない"



という空気感におさえつけられ








役職的にも
周りの空気的にも


「いても役に立たない」


ということを
ひしひしと感じながら


「それでもいなきゃいけない」





『必要とされていないのに、いかなきゃいけない』




という状態が
1年間続きました









「同期とも距離ができていて、「何を考えているのか分からない」と直接言われていました。」








3年生になってすぐの
新入生歓迎キャンプ本番中


夜の会議にて

ひとりが手を挙げて
こう言ったそうです





「みんな見ないフリしてたけどさ、しょーみこいつ、なんもしてないやん」


「いてもいなくても変わらんのに、なんでおるん?」













「このキャンプ、そして夏の合宿が終わって、運営スタッフの引き継ぎが終わった時に、サークルを辞めさせられました。」









お前がこのままサークルにいると
後輩に悪影響だ







同期にそう言われて


ひよこはサークルをクビになりました













「しかも同じ時期に、バイトもクビになったんです。」






飲食関係のお店で働きながら

キッチンにいても作業が遅く
仕事も上手くいかないことが多くて




「桑原くんが店にいる日は大変だなあ」




なんて
同僚から陰口もたたかれて








その末に


「エプロンを返せ」


と言われたそうです













この一連の出来事が

大学3年生の夏に起きました






小中高時代の話から
ひよこが言っていたのは




「勉強」「テニス」


この2つが

自分の存在価値を
感じさせてくれるものだった





ということでした









この時点で


「テニス」を失い





「勉強」の方も


大学になってから
今までの勉強の仕方では評価されず





「自分の存在価値」


だった

2大軸を一気に失ったひよこは







「自分の存在がない、と思いました。」





「目前に就活を控えていて、やることすべて失って「なんとかしなきゃ!」と思って応募したインターンにも全部落ちました。アピールできることなんてなにもなかったですから。ここでもまた、「取り残されている感」を、強く感じていました。」









『バイトでもサークルでも必要とされなかった人間が、会社で必要とされるわけがない。』と思いました。」










就職できずに
卒業後フリーターになったり


就活疲れで自殺する人がいたり




そんなニュースを見て





「自分もこうなるのか」





そう思っていたそうです

















■ショコラカフェと出会ったひよこ








「ひよこ」


と聞くと




「ショコラカフェ」


が浮かぶ人も多いかと思います






「ショコラカフェ」を
簡単に説明する自信が

残念ながら
真崎にもひよこにもなかったので




認識的には


「交流イベント」
「いろんなワークショップ」


をするところだと思ってくれて大丈夫です








3年生の秋


くすぶりまくっていたひよこは


たまたま誘われた関学の朝活に
たまたま早起きできたから参加して





その朝活の横で
たまたま行われていたのが



「ショコラカフェ」の


スタッフミーティングでした








その話し合いの様子を見ていて

すごく惹き込まれる感覚があったそうです










「話している人たちが、すごく本気だったのが伝わったんです。熱すぎて、最初はのけぞっていました。」



「でも、なんとなく聞いていると、そのメンバーの人たちと自分が"なんか似てる"って思ったんです。過去になにかしらすごく落ち込むことがあって。それでも、立ち上がって今頑張ろうとしていて、後輩に対してなにか残そうと一生懸命になっていました。」









隣で聞いていたひよこに
スタッフが気付いて声をかけました



そして

少し話したのち



いきなり


「スタッフやってみーへん??」


と言われたひよこは








即答で「はい」と言ったそうです


(自分でも何故かよく分からなかったそうです)







ここから
ミーティングに参加するようになったのですが




彼にとって
そこはとても




"居心地の良い空間"




でした









「"自分の存在を受け止めてくれている"っていう感覚があって、それがめっちゃ良かったんです。ずっと前から一緒にいたかのような親近感がありました。」



「あとは、すごく新しかったですね。"参加者のために"ってみんなが言ってて、「こんなにも人を思える人がいるんだ!!」っていう驚きがありました。」












彼にとって


ショコラカフェが
どんどん大切な場所になっていきました








そこからの生活は

8割がショコラカフェで
就活も空いた時間で少しずつやっていました







「就活は楽しかったです^^テニスも勉強もなくなって、空っぽだった自分にとって、もはや「なにかある」だけで嬉しかったんです^^笑」


「人事にも「なんか眠ってそう...」と言われて、選考も上手く進んだりしてました。3月の時点で内定ももらっていました。













2月



先輩と開催する

最後のショコラカフェがありました











「ワンピースの『2年後、シャボンディ諸島で』って分かりますか??2年後に、それぞれがパワーアップした状態でまた会おうって言って、一旦仲間が離れ離れになって、それぞれの場所で修業をするんです。」



「ショコラカフェの最後もまさにそんな感じで、それを見て、「これからもショコラカフェを続けていきたい」って自然と思えたんです。」











先輩がいなくなって
ひとりからのスタートでしたが




それでもやっていくと決めて





この1年

ショコラカフェの空間をつくり続けてきました







$せめて、真崎らしく。















■マサさんとの出会いからの今









細々と就活を続けていたひよこは


飄々としていながらも
3社くらいから内定をもらっていて






それでも続けてきた結果




6月13日


自分が唯一「行きたい」と思えた会社に
内定をもらいました






「その会社の社長が、「温かい繋がりの輪を広げていきたい」と言っていて、もうその言葉だけで決めました。僕がやりたいことと一緒だって思ったんです。」











無事就活も終え

いろんな活動に精を出していたひよこは







8月






マサさんの大学生向けプログラム



『ドリスト』



を受講しました










「マサさんとの出会いは、僕にとって本当にターニングポイントでした。」









真崎もこの『ドリスト』を
2回受講している身として



ここでの学びを
ここで簡潔に書く自信はさらさらないので



なんかもう、省きます










2度のドリスト受講
「Gift」というプログラム
野外研修
そしてSHINさんの「FACE」






これらの中で学びを重ね



自分自身と向き合うということを重ね









ひよこの中に





見えてきたものがありました













「今までたくさんの不安、取り残されている感、必要とされない・ここにいていいのか分からない怖さを抱いて生きてきました。」





「でも、ショコラカフェで感じてた、『ここにいていいんだ』っていう感覚。それを、マサさんのもとで学んで、仲間と一緒にいる中で、すごく感じました。」















『ひよこも、温める番が来たな。』












「10月のドリストで、マサさんに言われた時に、"自分はここなんだ!!"って思いました。」











ショコラカフェで

先輩からたくさん温めてもらって





離れ離れになっている今でも

心の中にあると感じられる




「繋がり」










場を共にするのもそうだし



そうじゃなくても






「ここに繋がりが在るなあ」



って信じられるような空気感










「自分がやるべきことって、ここにあるんじゃないかって思ったんです。」










「最近「根っこ」っていう言葉が好きなんです。」






「その人それぞれにしかない想い「why」っていうのを今学んでいるんですけど、それが、僕にとっては、「根っこ」なんです。」





「その「why」、それぞれの想いが、それぞれの「根っこ」の部分が繋がっていくのって、すごく温かいんです。」












その時に


入社を決めた会社で
社長が語っていた



「温かい繋がり」







これが

どうしようもなく





ひよこのつくりたい


「温かい繋がり」







ではないことに




ひよこは気付きました












2月頃

その部分で葛藤していたひよこに





その気持ちを見透かすかの如く



マサさんが言いました











「ひよこは4月からも大阪にいる気がする。」


「本当にやりたいのは、こっちなんじゃない??」















「それで、決めました^^」






「僕は、みんなが繋がる温かい「居場所」をつくって、みんなの「why」を見つけたり、そこに生きていくためのお手伝いをしていこうと思います^^」







$せめて、真崎らしく。




(ショコラカフェ×マサさん)















そして


ひよこはフリーターになりました









フリーターだけど



なぜか梅田の1等地に
無料でオフィスを与えられ





そこに拠点を構えながら


今日もみんなの居場所をつくっています











ひよこがやりたいのは





とどのつまり


多分こういうことです







$せめて、真崎らしく。











$せめて、真崎らしく。









今から




ひよこがつくる勉強会


「ROOTS」


に参加してきます







真崎