せめて、真崎らしく。 -28ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。



ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です






約2か月半ぶり
ものすごく久しぶりの更新です


ものすごく久しぶりすぎて
「真崎です」と書いてから
5分ぐらい無意味にそわそわして
お腹痛くなったのでトイレ行って
すっきりして帰ってきてなうです







これからまた
ぼちぼち書いていこうかと思ってます




気分屋で衝動的な性分で


「毎日書きます」とか
「こういう事書いていきます」とか
「誰かのために書きます」とか


宣言したところで
1週間でブレる気しかしないので
書きたい時に書きたいこと書きたいだけ書いていこうかと思ってます









ちょっと最近の話をします



近況報告というよりは
近況を通して今まで形成してきた価値観や自己像がいったん崩壊した報告ができればと思います









この2か月間


新しい環境に身を置いてきました






自分がものすごく求めていた

"他者の心に寄り添う"という仕事で



おかげ様で

他者の心と向き合う前に
自分の心と吐くほど向かい合わされました






・行きすぎた自信
・自分が正しい
・相手が間違っている
・傲慢
・他者否定的
・自己愛への執着
・気遣いができない
・他人に興味がない
・その他
・その他
・その他





中にはブログにも挙げて

「こういう人ではいたくないなあ」

と思っていた






上記項目


すべてが今の自分だとご指摘受けました







$せめて、真崎らしく。



(わりと拗ねた)







そう思ってブログを読み返してみると
確かにそういう人が書いた文章だと感じて
しばらく読めないぐらい悶絶してました




総じて


「真崎正しいです」
「真崎いい事言ってます」


しか伝わらない文章でした
お恥ずかしい限りです














お恥ずかしいついでに
もう全開で恥をさらしにかかると




自分はわりと

立派な人間だと思っていました


(顔を伏せながら)




学歴経歴などではなく
例えば「志」みたいなところです







よく



アンチ「自分のために」

私は「誰かのために」



みたいな事言ってました





子どもが幸せになってほしい
子どもが笑顔でいてほしい
親御さんを助けたい
書く事で誰かの心を救いたい
ひとりぼっちの孤独に寄り添いたい






いつだって



「誰かのために」



と思って

学習支援活動も職業選びも
それらを軸に行ってきたつもりでした














なんというか


自分ってそんなに
いい人でもできた人でもない
まったくもって高尚な人間でない





そう気付かされた時に




「誰かのために」

そう思ってやってきた今までの行動は



結局
どう考えても



「だってそれが楽しいからやりたいもん」



みたいな
落としどころはどうしようもなく自分本位なところに行き着く事に気付きました








過去の自分の経験
特にネガティブな経験
また現在置かれている環境から



「だから(特に自分と似た境遇にある)~~な人に対して××なことをしていきたい!」



というものは




志として響きも立派で
過去現在から未来へと一筋に繋がるロジックは美しくて非の打ちどころもない







けれど





それを最大のモチベーションにできる程

自分は素敵な人間ではなかったようで






自分の行動を裏付けるものは
もっと本能的で人間的な



欲求
願望
衝動




「だってそれが楽しいからやりたいもん」





それに突き動かされてきたのだと

妙に納得してる自分がいます







自分に対しても
他人に対しても


大切なのは

「自己表現できること」

ということを
自分は変わらず思っていて




自分がやりたいこと
自分が楽しいことをする


それも1つの自己表現で





その一方で人間は



人の役に立ちたいとか
人に貢献したいとか
人と健全に交わりたいとか


そういう欲求持ってる
そういうとこに喜び見出していく
そこに向かって行動していく


そういう傾向がある生き物だと
最近またすごく感じるので






自己表現と他者貢献って


やっぱどっかで繋がるもんだと思っています








なので






あんまり立派じゃないとこも


そういうもんかなあって感じです










とまあ




これが分かったところで
実際自分がやっていく事が
大きく変わるわけではなく


変わらず仕事したり
変わらず発信し続けたり
変わらず人と逢い続けたり



みたいな感じです








ただ良い悪いではなく


プシュウ


となった感じです





具体的な例を言うなら
ブログの雰囲気がちょっと緩くなるとか
なんかそういう変化があるかもです



「伝えたい」から書くのではなく

「書きたい」から書く



みたいな

すごくどうでもいい報告です
プシュウです








性格的なところで
完全に「難あり」が判明したので

なおすとこは
ちょっとずつなおしていきます






これからも仲良くして下さい (懇願)



真崎





ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です







研修@名古屋なうです

毎週木曜日はお休みなので
ゆっくりブログを打っております













中1の夏





終礼が終わったあとに
部活に行こうとした私に




「真崎、職員室まで」




若くてノリの良い男の担任が
すごく心妙な顔をして
私の顔を見ずにそう言いました







クラスメイトの前で言われたので
みんなが私に好奇の目を向けていました


「怒られるのかな」
「こいつなにしたんだろ」
「わくわく」


という声が聞こえてきそうでした






その時点で
私の心臓は早鐘のように
バクバクバクバク鳴っていました



「なんか悪いことしたっけ」

「てかみんなにいろいろ思われてる」







担任の後に続いて
向かっていった先にあったのは



職員室ではなくて


「生徒指導室」でした







担任といっしょに中に入ると


中にはすでに

担任に負けず劣らず神妙な顔をした
学年主任の姿がありました







彼の前に座ると

学年主任が
開口一番くちにしたのが







「真崎は、人のペットボトルとって勝手に飲み物を飲むか?」







でした









頭の中に
たくさん「??」浮かんだ私に


学年主任は
この質問を続けて言いました








「真崎は、人のノートにペンで勝手に落書きをするか??」















そこからはあまり記憶がなく


学年主任が延々と話し
時々こちらに投げかけられる



「こういう時に人はどう思うのかな」

「相手の気持ちを考えるのは大切やろ」



的な事に対して

思考停止した頭で
ハイだのなんだの
適当に言ってただけだったと思います






すごく記憶に残っているのは

バレーボール部の顧問だった学年主任が
突如紙にバレーコートの絵を描きだして
そこに6人の選手を書いて



みんなでボールを繋ぐ
その支え合いが大切なんだ



的な事を言っていて







放心してその絵を眺めながら



「何を言ってるんだこのおっさん」

「てか学年主任の話に黙って相槌だけ打ってる担任は一体なんなの」



みたいな事を
確か思っていました







結局その謎の時間は
最後まで謎なまま2時間も続いて



終わってから部活に行くと



「むっちゃんどうだった!?」
「なんだったの!?」
「大丈夫だった!?」



言葉とは裏腹に
顔には好奇を貼り付けた部員に囲まれ






「あぁなんか人の飲み物勝手に飲むなとか人のノートに勝手に落書きするなとかなんかそういうこと言われただけやったわー笑笑」





少しでも油断したら
涙腺が決壊しそうな状態を
ギリギリのところで堪えて


なんでもなかった
なんとも思ってない


みたいな顔で
部員には茶化して報告しました






その日家に帰ってからも
ずっと頭は真っ白で


でもずっと心臓はバクバクしていて
気を抜いたら泣き崩れそうで
っていう状態はずっと続きました












後日聞いたのは




「真崎さんに、いじめられている」




という事を
先生方に言った友人がいた



という事でした









その人を仮にKとして


Kは小学校の時から
同じ「グループ」にいた人で


小学校5~6年という
真崎が人生で一番嫌だった時期に
何回もトラブルになった人で


Kは
その「グループ」のリーダー的な人で
一方でハブにされる事もあって


お互いハブにしたりされたりで
中学生になってからは
小学生の時ほど関わりもなくなり


でも普通に話したりはして
ふざけ合ったりもしていた





という関係の人でした








Kが先生に言ったことを
私が知ってるのを分かってたのかは
分かりませんが


その後もKは
普通に私に接してきていたし


Kに対する
拭われない不信感をひた隠しながら
私も普通に接していました













今でも


この時のことはよく分かりません






Kがなぜ先生に言ったのか
どういう気持ちで言ったのか


飲み物やノートのふざけ合いは
正直お互い様だったのに


内心ではつらかったのか
私の方が度が過ぎていたのか


それとも
言い方は悪いけど「ハメられた」のか
小学生の時の延長が行われたのか


Kからの話を先生が過大解釈し
必要以上に深刻な感じにしたのか








なにが真実かも分からない


誰に聞いていいかも分からない







私は「いじめをしていた」のか




そうじゃないと叫びたいけど
でもKが「いじめられた」と言ったなら
その時点で私は『加害者』なのか



Kだって同じことしてるんですよ
私も同じことされてるんですよ


「いじめられた」
って言った者勝ちですか


悪いのは
いつだって言われた方ですか


私も「いじめられた」って
言えば良かったんですか















あの頃のような負の感情や葛藤を

今はもう自分の中に
残してはいません


















この出来事は真崎に








「いじめって、なんですのん」








という大きな疑問について
今も考えさせてくれています









「いじめ自殺」は

起きる度にニュースで
大きく取り上げられます



やれ加害者生徒が悪い
やれ学校や担任が悪い
やれ保護者の教育が悪い




そういうニュースを見る度に
私は「二重の苦しさ」を覚えるのですが








最悪な想像だと分かっていても

ふと考えてしまうこと






もしあの時



"真崎さんからのいじめ"を苦にして
Kが命を絶ってしまう事があったら




真崎はきっと
誰からどう見ても




『加害者』




になるんだろうなあ






ってことで









Kだって同じことしてるんですよ
私も同じことされてるんですよ


「いじめられた」
って言った者勝ちですか


悪いのは
いつだって言われた方ですか


私も「いじめられた」って
言えば良かったんですか









もしそうなったら



きっと自分は

心の中で
こんな絶叫してた気がします













ここから書くことは


正直すごく
書くのが怖いやつです


見る人によっては
気分を害すると思うので
その辺りはすいません











この記事の中で
なにが言いたいかと言えば

別に誰かをディスったり
自己擁護したいわけではなく






「いじめは、あってはならない」



なんて言葉はよく聞くし
それ自体には同感でしかないですが








『いじめ』






その3文字の単語からは

真実なんてなにも見えないです









真実なんてなにも見せないくせに



世間一般的に言われる
マスコミで祭のように騒がれる


その『いじめ』という言葉は






あまりにも安易に




「被害者」と「加害者」




という関係の中に

当事者たちをぶち込んでいく気がします









その言葉の響きほど
単純なものではきっとなくて



誰かが「いじめ」と思った時点で
「いじめ」だと言った時点で

そこに「いじめ」が成立するなら








「いじめは、あってはならないもの」



という向き合い方は








個人的には


クソナンセンスだと思うわけで











なにか自分に
答えがあるわけでもなく






「いじめは、あってはないない」






「けど、あってしまうもの」







として

向き合う前提部分を
変えていく必要がある




というところまでしか

自分の考えは至ってないわけで












社会問題だ


教育の責任だ


子どもの心の闇だ







などと言われて

他責の応酬となる








『いじめ』
















「って、なんですのん」















そんな疑問は





まだしばらく

解消しない気がします








真崎





ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です
 










題名の近況報告は






〇お仕事決まりました

 →不登校支援みたいなのです



〇横浜ありがとうございました

 →関西の実家に戻ります






です









近況報告としては以上なので


下記は暇な人だけ
読んでいただければと思います


テスト勉強とかある人は
テスト勉強した方がいいと思います












以下詳細です








〇お仕事決まりました





退職してから1か月ぐらい
ずっと家でくすぶっていましたが


6月末になってようやく
ちゃんと転職活動をする気力が湧き


最初に受けた企業に内定をもらい
2週間半ほどで転職活動終了しました


去年2年間
わりとしんどかった就活は
一体なんだったのかと思いました








お仕事は「不登校支援」です





不登校の小中学生の人や
そのご家庭が対象で

その方たちのお話を聴いたり
"社会復帰"のお手伝いをする


みたいな事するみたいです










うまく言葉として繋げられないですが



「子ども」

「親子」

「家庭」

「人間関係の改善」

「人の心」



に関わることがしたいというのは
ずっと思っていました








ただ
自分自身の知識や経験の少なさから



「で、何をすればいいのか?」



というところは
正直まだ全然見えておらず





人と逢って話し
いろんな仕事を紹介してもらい
講演会などに出向き
HPで情報をあさり








その結果





行き着いた道の1つが


「不登校支援」でした











正直言えば






自分自身
不登校の経験はなく


小中高校生活の中で
身近に不登校になった友人も
あまりおらず





自分が率直に思うのは



「不登校で、なにがアカンねやろ」



なわけで








「不登校支援」という言葉だけで
不快に感じてしまう人もいたり


「真崎のしたいことって、それ本当に必要?本当に子どもはそれ求めてんの?」
という言葉をもらったり


「真崎は"依存"に敏感反応するけど、結局誰かに依存されたいんじゃないの?」
という言葉をもらったり







ない頭で
いろいろ考えるわけです




「本当に必要なことなのか」


「自分の独りよがりじゃないのか」


「自分は依存されたいのか」



















行き着いた結論は

少々乱暴なんですけど
語弊を恐れず言うならば








「知るか」








になりました









やっぱり
自分も含めて

人の心とか気持ちとかって
ウザいぐらい複雑なもんで



感受性が鋭いとか
観察力分析力があるとか

なんかそういう諸能力で
いち側面は見えることがあったとしても









そう易々と





違う人間の心が

自分自身の心が





理解できてたまるか



理解されてたまるか











と思うわけで(ひねくれ系末っ子)








どれだけ独りよがりだとしても


結局自分は
自分自身の経験と学びから感じてる





「人は独りぼっちじゃ生きていけない」

「人は違う」






というざっくりした信念を持って



そこで生き辛さを感じている
"ような気がする"人たちに対して


なにが正解で
なにが不正解かも分からない
ざっくりしたものと向き合っていきたい





としか


今は言えないし思えないと
強く感じております









そんな感じで




長い長いくすぶり期間を経て

来週の研修から始業です











余談ですが




「依存されたいのか」

という質問に対して



「依存させたくて人と関わるくらいなら誰とも関わりたくない」

というのが
率直に出てきた気持ちで








最終面接の時に
代表の方がおっしゃっていたのが



『この仕事をやる上で非常に大切なのが、相手との距離感です。相手をこちら側に依存させるようなことは、してはいけない。』




でした








あくまでも
『第3の関係性』の中で



つかず離れず

目の前の生徒さんや親御さんと
関わっていこうと思います














〇横浜ありがとうございました





大阪配属になったので

今日で横浜生活は終わりです
(約2か月)





母からしても

「ちょww賃貸の初期費用www」

みたいな感じで
非常に申し訳ない感じになっていますが




とりあえず

いちど実家に戻る予定です








「希望の勤務地はありますか?」

と聞かれ



「なんとなく自分は大阪な気がします」

と即答した自分を
一発ぐらいは殴りたくはなりますが







結果





宅配業者さんたちに



「2か月、なんですね。笑」



と言われながら(≒苦笑されながら)
さっきすべての荷物を
搬出完了しました









住んでいる地域的にも


周りの人間関係的にも


関東の涼しい気候的にも


横浜の街が醸す
ロマンチックムード的にも


便座と便壺と便座カバーが
何故か少しずつかみ合っていない
いびつな形のトイレ以外は
なんの不満もない家的にも





この短期間で離れるには
非常に惜しいことこの上ないのですが







やはり




大好きな関西と
愛しの関西人たちと
なんだかんだ大切な家族の引力には




相変わらず

めっちゃ惹きつけられてしまうわけで









今日の夜行バスで

ウキウキしながら関西凱旋します





関西の皆さん

ふたたびよろしくお願いします








$せめて、真崎らしく。


(©テレビ大阪)










以上、近況報告でした







最後に家をピカピカにしたくて
頑張って掃除してるのですが


コロコロをかけてもかけても
10分後には髪の毛散らばってる
怪奇現象と闘い続けています





真崎